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第64話

 馬鹿と言いながらもそれでもどことなく嬉しそうなダヴィトの横顔から目を離して、わたくしは正面を見ます。

 砦が迫ってきているからです。

 エーガーラントの砦の壁はツォレルン帝国側に厚く高く、こちらレドニーツェ側が低く造られています。

 こうして高い位置から覗けば、砦の中にはツォレルンの兵士たちがこちらを見て右往左往しているのと、砦のいたる所に巨大な石や土嚢、木材といった建材が積まれているのが見えます。


「なるほど、戦を急ぐ理由が分かりますわね」


 もう冬になるというのに戦っているのは、冬を越す前に砦を改修されてしまうからであると。そうしたらこの地からツォレルンを追い出すのは難しくなるでしょうし、王都を攻めるための拠点とされてしまうでしょう。


 わたくしは魔力を集中させます。


 松明の立ち並ぶ城壁の上、鎧を着込んだ指揮官がこちらに剣をむけて周囲の兵に声を張り上げています。

 兵たちの手には弓、あるいは魔術杖。


「姫、攻撃が来ます」


 端的なダヴィトの声にわたくしは頷きました。


「打てーっ!」


 相手の指揮官の声。

 無数の矢が、魔術によって創られた炎が岩がこちらに向けて放たれます。


防御壁プロテクション!」


 わたくしは死霊術ではない魔術、いわゆる防御の魔術を唱えました。

 カイェターンお爺さまに教わっていたものです。


 決して得手な術式ではありません。それでも激突のこの数秒、わたくしとダヴィトの身を護ってくれれば充分。

 こちらに向かう矢は弾かれ、骸骨巨人の頭に向かうものはそのままに。

 矢や炎では骸骨に有効打となり得ません。魔術で飛ばされた岩が巨人の肩の辺りにぶつかり、白い骨の欠片や粉を降らせました。


 そう、大質量による打撃には少し弱い。投石機カタパルトがこちらに向けられているのが見えます。


 でも、もう、遅い。


「突撃!」


 巨人が歩きから走りに変わり、ぐんと壁に押し付けられるような圧力。床が、クッションが跳ねます。

 矢や魔術が飛んできますが、もはや勢いは止められません。


 巨人の腰ほどの高さの城壁。そこの上部を足裏で蹴りました。轟音と衝撃、そして悲鳴。わたくしも馬車の中で倒れてころころと転がります。

 急いで身を起こせば、城壁に大穴が開き、煉瓦が雪崩を起こしています。

 わたくしはその側に右手を差し出すよう巨人に指示しました。


 ダヴィトが振り向き、こちらに声をかけている様子ですが城壁の崩れる音で聞こえません。そして彼は巨人の掌から城壁の崩れていない部分に飛び乗り、駆け出しました。


 巨人がバランスを崩します。さすがに分厚い壁を蹴り崩したのです。脚の骨が折れました。わたくしはダヴィトの迷惑にならないよう、巨人の両手で馬車を抱え込み、わざと逆の壁に倒れ込みました。


…………


 怖い。……怖い怖い怖い!


 俺は内心で悲鳴を上げる。

 骸骨兵を融合させ、巨大な骸骨兵として城壁に突っ込ませるという姫の案にして素晴らしき能力。


『身長を10倍にするためには体積を1000倍にする必要がありますわ。さらに頑丈にするために2000体の骨を使った巨大骸骨兵を作りましょう』


 姫はこともなげにそう言ったのだ。霊王とはこれほどの力があるのかと思ったものだ。


 でもなあ。手の上に乗って進軍するのはちょっと想定外だっていうか。


 考えてみたまえ。なるほど俺が踏む骨の太さは抱えられない程に太い丸太のようなものだ。別に俺は高所が苦手という訳でもない。

 だが三階建ての屋上くらいの高さでその地面が大きく揺れるんだよなあ!

 柱のような親指に綱を掛けて、それを握っているのが文字通りの命綱である。


 俺は恐怖を押し殺し、泰然とした素振りで前の砦を見つめる。

 姫にもそう言ったが下を見ると恐ろしい光景だからである。さらに言えば姫と違って俺には床がないからな。

 ただ、かつて俺もいたことのあるエーガーラントの城がツォレルン軍に占領されているのを見れば憤りで恐怖心は消えていく。


 矢や魔術が飛来し、姫がそれを防御魔術で弾いた。

 姫が言う。


「突撃!」


 ぬおおおおおお! 揺れが!


 巨人の蹴り破った城壁。姫の意に従い、巨人がそこに俺が乗る掌を差し伸べる。


「姫様! 行って参ります!」


 俺はそう叫び骨の上から城壁の上に飛び降りた。

 揺れない床最高!


 だが足元に罅が走る。いかん。俺は城壁伝いに走って骨の巨人から遠ざかる。ツォレルンの兵たちも巻き込まれなかったものたちが逃げる。ある程度逃げたところで、巨人は姫の馬車を抱きかかえながら城壁に飛び込んだ。

 石組の壁が砂のように崩れていく。

 巨人の骨も無事ではない。明らかに折れたり罅が入っているが、もう充分すぎるほどにその役目を果たしていた。巨人が破った城壁から、人間サイズの骸骨たちが砦に侵入してくる。その奥には逸物男が掲げる旗に俺の紋章が見えた。


 良し、せいぜい暴れるとしよう。

 右手は……綱を握りしめていたのでまだ痺れている。

 俺は数日前に奪った上等な剣を左手で抜いた。そして逃げ惑うツォレルンの兵を数名血祭りに上げる。

 そして剣を掲げた。


「我こそ第三十八代黒騎士ダヴィト・フェダークなり! ツォレルンの騎士ども! 黒騎士の座を自国に取り戻したくば掛かってくるが良い!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 揺れない床最高!
[一言] 黒騎士でも高いところは怖い。
[良い点] ダヴィトも内心では、結構わちゃわちゃしているのですねw 親しみが湧く!
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