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第62話

 ノートラント伯に仕える騎士の方が伝令として先に向かいました。ヴィートさんたちはここで食事の用意をしてくださいました。この後は夜襲の予定ですのでね。早めにお夕飯です。

 パンとシチューの簡単な料理ですが、ダヴィトの相好が緩んでいます。


「戦場の飯は不味いんですよ。パンも干し肉も硬く、スープは塩の味しかしない。人心地つけた気がします」


 そう言いながらダヴィトが地面に棒で戦場の図を描き、わたくしたちは作戦を考えます。

 彼は頭を掻きました。


「本当は姫には後ろで待っていて欲しいのですが……」


「仕方ありませんわ。術者であるわたくしがいるかいないかで、骸骨兵たちの能力は大きく変わりますもの」


 そう言ってもダヴィトは唸り続けます。


「わたくしを護ってくださるのでしょう? 騎士様」


「勿論です! ……仕方ないか。どう考えてもこの作戦が強すぎる」


 ノートラント伯が呆れたように続けます。


「というかこれは作戦ですらないだろう、私は人生で初めてツォレルンに同情するね」


「敵への情けは無用だ。だがまあ言いたい事は分かる。……ヤロスラヴァ、我が姫。お願いします」


「もちろんよ」


 わたくしが立ち上がると、ダヴィトはエスコートするようにわたくしの手を取ってくださいます。

 わたくしたちは平原に立ち並ぶ骸骨兵の前に立ちました。


「わたくしたちの話を聞いていたかしら」


 カタカタと無数の骨が鳴ります。それはわたくしの言葉を肯定しているかのように。


「戦いの経験のある方以外が対象です。よろしくて?」


 カタカタと、骨格の優れた方たちが一度離れます。


「では、みなさん。手を取り合いなさい。融合」


 骨と骨が重なり合い、その身が崩れては再構築されてその大きさを増していきます。

 十の全身骨格が集まって一本の骨に。それが重なり合って一体の白骨の巨人に。


創造クリエイト骸骨巨人スケルトンジャイアント


 見上げる高さはレドニーツェの離宮の屋根より、王城の城壁よりも高くなっていきます。白く巨大な髑髏。頭だけでもわたくしの身の丈よりも大きいでしょう。

 千の人骨による巨大な骨格が跪きます。衝撃で地が揺れました。


 死体や霊を操る魔術師に特徴的であるとも言える術式です。屍肉を縫い集めたゴーレム、下級霊を寄せ集めた怨霊の塊、そして骨を巨人に、あるいは別の形に再構築する。

 お爺さまによる二台の骨の馬車もそうですわね。


「さあ、兵たちよ、剣をとりなさい」


 先ほど横に退いてもらった兵たちが純白の剣を手にします。

 それもやはり骨を変化させて作った剣。数千の骸骨が一人の巨人と、武装した五百の兵になったのです。戦の準備が完了しました。


「準備できましたわ」


「……なんたる威容か」


「いやぁ……」


 わたくしが振り返って魔術の完成を告げると、ダヴィトは感嘆したように呟き、ノートラント伯は腰が退けている様子。

 ダヴィトが正気を取り戻させるためか、伯の肩を強めに叩きます。


「ラド、先に行って連絡してくれ。ツォレルンと当たる前に、うちの軍が逃げだしそうだ」


「そうだな……では姫君、御前失礼致します」


 彼らがいなくなり、ダヴィトがわたくしを馬車へと導きます。骨の馬はもういません。巨大骸骨の中に取り込んでしまいましたから。

 わたくしが車体に乗り込んで椅子に座ると、ダヴィトはわたくしの背中や頭の後ろにクッションやマントを詰めていきます。


「大丈夫よ」


「いえ、絶対に頭をぶつけますので。お気をつけください。あと舌を噛まぬよう」


「わたくしの騎士様は心配性だわ」


「それは当然です。ではよろしくお願いいたします」


 そう言って馬車から降りようとするダヴィトの袖を掴みました。


「待って」


「はい」


「あのね……ダヴィトも怪我をしては嫌よ」


 彼は嘆息します。


「勿論、そうであるように努めますが、これから戦場に赴くというのに怪我をしないと言い切るのは難しいですな」


 それは……分かっているのだけど。


「たとえ死しても貴女をお守りすると誓いますが」


「だめ!」


 意図せず大きな声が出ました。灰色の瞳が驚きに見開かれます。


「だめ、絶対に生きて」


「……御意」


 ダヴィトは噛み締めるようにそう言って、わたくしに首を垂れました。


「それで、あの、これ……」


 わたくしはずっと隠し持っていたものをダヴィトの手に置きます。


「これは?」


「あの、わたしはじめたばかりですごく下手なんだけど、それでもこういうのは気持ちが大事だってみんないうし……」


「刺繍?」


「あの、月桂冠とか鷲とか勝利を祈願するような刺繍を入れたかったんだけど全然そうは見えないっていうかそもそも時間もなくて」


 彼の顔に笑みが浮かびます。


「いえ、この緑の輪が月桂冠で、この茶色い楔のようなものが鷲ですよね、わかりますよ」


「嘘!」


「いや、嘘ではありませんよ。ここに俺のイニシャルもある。立派な刺繍です」


「ううん、下手なのは分かってるから。でも魔術は込めてるからちゃんと護符としての働きは……きゃっ!」


 ダヴィトに抱きしめられました。後頭部に置いたクッションが床に転がります。


「ありがとうございます。この御守りがあれば俺はもう無敵なので」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] いえ、この緑の輪が月桂冠で、この茶色い楔のようなものが鷲ですよね、わかりますよ   姫様ディスられてますよ?
[一言] さあ、決戦だ!
[良い点] ああ~。 こりゃダヴィトに、チート級のバフがかかりましたね。
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