第61話
「ダヴィト、あのね……」
わたくしは彼の冷たい鎧に身を預けて語ります。わたくしのところに暗殺者が来たこと。それはお母様の手の者だったこと。
彼の身から殺気が漏れます。わたくしを包む彼の腕に力が籠り、空気が凍りました。恐怖などの感情がないはずの、わたくしの支配下にある霊たちまでが身を震わせたように思います。
「大丈夫、わたくしは無傷だし、もう復讐もしたわ。後始末はお爺さまがやってくれているし」
彼は一歩後ろに下がると、灰色の視線がわたくしの頭から足元までを往復します。溜息を一つ。
「御身ご無事で幸いでした」
そして再びわたくしを抱きしめてくださいます。むふー。
無事でなければ王家の者たちを弑さねばならなかった。そうぼそりと呟くのが耳に入ります。
「大丈夫よ。だけどね。言われた通りに離宮にいたのに殺されかけたのですもの。もう幽閉されてあげる必要はないかなって」
「ええ、姫の仰る通りです」
「それでね、わたくし折角だからダヴィトの力になりたくて」
彼は眉を顰め、首を垂れました。
「姫君の御手を煩わせる、至らぬ騎士で申し訳ございません」
わたくしは彼の頭を下から上へと押し上げます。
「ダヴィトは素敵な騎士様だわ! これはわたくしの我儘なのよ!」
「しかし……」
そう言い合っていると聞こえよがしな咳払いの音が響きます。
「仲睦まじく結構なことですな」
「なんだ、いたのか」
「いたとも!」
そうでした。ノートラント伯と彼の部下の方たちもいらっしゃるのでした。
「姫を連れてきてくれたこと感謝する。帰っていいぞ」
「帰りたいような有様だけどねえ……」
振り返って平原に整列する骨を見渡されてから続けます。
「一応、王都を出てすぐ城とは連絡を取っているのでね。そこで付いていくように命じられてはいるんだ」
なるほど、お目付役ということですわね。確かに随行の騎士たちが王都側に走っては戻り、食糧や手紙などを運ばれていました。
「であれば、その仕事をとっとと解任させねばな」
ダヴィトはそう言ってわたくしの前に跪きます。
「我が姫、彼らはエーガーラントの死したる同胞で、彼の地を取り戻すために立ち上がった。そういう認識で宜しいでしょうか」
わたくしは頷き、思わずふふと笑みを浮かべました。
「ダヴィトは彼らを人と扱ってくださるのですね」
「姫のそばにいれば、当然そうもなりましょう」
「ありがとう。そう、彼らはわたくしの声に応じて立ち上がってくれたのです。戦士であった方もいれば市井に生きていた方々もいるし、老いも若きもいるわ。皆が戦いの術を知る訳ではありませんけど、それでも死を恐れることなく進んでくれますわ」
「感謝いたします。彼らの能力について教えていただけますか?」
わたくしは骸骨兵についてお話ししました。わたくし、霊体の使役が得意ですが、骨についても詳しいんですのよ。霊廟の死体は全て骨でしたしね。
ダヴィトは説明を聞いて満足そうに頷きました。
「万の援軍より心強い。今夜中に全て決着させましょう」
「今夜中だと?」
ノートラント伯が呆れたように仰います。
「ラド、これほどの軍がいて時間を掛ける必要があろうか。拙速は巧遅に勝るぞ」
「それにしても着いた当日に夜襲か?」
「無論理由はある。まず敵に遠隔視かそれに類する加護の持ち主がいて、俺は監視されている」
なるほど、ヘドヴィカみたいな方があちらにいますのね。
「何をやってマークされたんだ……」
「ちょっと敵の部隊を多めに斬ったくらいだ。大したことはない。それより何よりも気になるのは姫の体調だ」
ダヴィトはわたくしの手を取りました。彼の手の熱がわたくしにじわりと染み入ります。
「手が冷たい」
「そ、それは今ダヴィトの鎧を触ったからですもの」
「失礼」
ダヴィトの手が今度はわたくしの額に触れます。なななにを。頬に血が集まり、顔が紅くなっていくのを感じます。
「血色が良いのにやはり体温が低い。これほどの大規模魔術、どれだけ魔力を使われたのか。魔力枯渇におそらく生命力まで魔力に変換されましたね?」
彼は外衣を脱ぐと、わたくしの身体に巻きつけはじめました。
「あたたかい……」
「何よりです」
「でも、わたくしこの術式は現世の外の存在たちから力を借りているの。だからそこまで無理はしていないのよ」
ため息が二つ。
「いかな霊王とて、これほどの大魔術を行使する力を借りて対価がないはずもないでしょう。生命力の減衰がその対価でしょうかね」
ぐぬぬ、なんてこと。魔術の知識なんてないくせに正解されてますの。
「さあ、急ぎましょうか。ラド、プシュミスル殿下に先触れを頼めるか?」
「心得た」