第6話
北の離宮に幽閉されて最初の頃は、お父さまやお母さまがやってきて、かつて魔王を名乗った人物の悪行についてや、彼が霊王の祝福を有していたこと、他にも死者を現世に呼び戻す力を持つものが忌まれる理由となった歴史を教えてくださいました。
兄さまや姉さまたちもやってきては慰めてくれたり、そっと見つめて去って行ったりもしました。
しかし、段々と来る回数は減っていき、そして一年も経つと遂には訪もなくなったのです。
使用人たちもです。
最初は、わたくしの乳母や以前から仕えてくれている使用人たちが充てがわれていたこともあり、みながわたくしに同情的でした。
しかし北の離宮を担当する使用人たちが変わっていき、お父さまたちが来なくなってくるにつれ、わたくしへの扱いがぞんざいとなっていったのです。
まずはわたくしに悪意ある言葉を投げつけるものが出てくるという形でした。
魔王、呪われた子、無教養、婚約も破棄された、陛下たちから見捨てられた、お前を愛する者などいない……。
当時は涙で枕を濡らしたものです。しかし、後になって思えばそれはまだ良かったのです。悪意ある言葉をぶつけるとは、わたくしを見ていてくれるということですから。
次にわたくしの言葉が無視されるようになり、服が届けられなくなり、着付けが行われなくなり、食事の回数が減り……。
わたくしの部屋に使用人が寄り付かなくなり、離宮に寄り付かなくなり……。
終いには朝晩の二回、離宮の玄関に食事と水が届けられるだけになりました。
陛下はツォレルンの皇太子殿下に、わたくしを生き長らえさせると約束されていましたが、それを守る気はあるのでしょうか?
それとも王家に責がかからぬ形で自然に死んで欲しいと思っているのでしょうか?
近衛兵たちも離宮におらず、遠巻きに監視するのみ。例えばわたくしが食器のナイフで喉を突いたとして、助けられる距離にはいないでしょう。
退屈が、孤独が、寂寥が精神を蝕んだとき、わたくしは幻聴を覚えるようになったのです。
それはパーティー会場での声を顰めたざわめきのように。その内容は聞き取れないのですが、遠くでひそひそ、ひそひそと言葉が交わされていきます。
無論、誰もいません。
わたくしは自らの正気が失われたのかと思いつつも、屋敷の中を歩き回ります。声の元を捜して。
おそらく、この頃の振る舞いにより、わたくしが狂気に堕ちたと判断されたように思います。
屋敷中の扉という扉、引き出しも戸棚も全て開けてぐるぐると屋敷中を歩き回っていたので。
そうしてわたくしは、北の方が声が大きくなり、屋敷の外側から聞こえていることに。耳を澄ますのではなく、体内の奥深く、別のところに意識を集中する方がよく聞こえるとわかったのです。
そう、それはつまるところ魔力であり、わたくしが知覚していたのは霊なるものの気配だったのです。
使用人が置き忘れていった外套を被り、目立たぬように外に出て……そしてわたくしは霊廟を発見したのです。今は封じられた王家の霊廟を。
近づくにつれ、声が大きくなっていきます。
『子供が歩いているわ』
『きっと余らの子孫ぞ』
中に入り、真っ暗であることに気づいて引き返し、手提げ燈を掲げて再び中へ。
しかしてその行く先は、固く閉ざされた、取っ手すらない扉につき当たります。
「どうして! ……どうして誰もいないの! どうして行き止まりなの!」
わたくしの目から涙が溢れます。胸が熱くなり、何かがだくだくとわたくしの中から流れ出していくのを感じます。
そしてはっきりとは聴こえていなかったざわめきが、無数の声となって脳内に流れてきました。
『泣かないで』
『泣くでない、子よ』
『あなたが私たちの子孫なら』
『汝が余らの血を引くのなら』
『この扉を開ける資格がある』
『わたしたちの声を聞けるなら』
『この扉に手を当てよ』
『そして讃えなさい、初代王の名を』
『名乗れ、汝が名を』
『そして命じよ』
『開け、死の門と』
わたくしは目元を拭うと、手提げ燈を地面に置き、壁へとにじりよりました。
そして扉の中央に嵌められていた宝玉に手を当て、声を放ちます。
「偉大なる開祖ルドヴィークの末裔たるヤロスラヴァ・レドニーツェの名において命ずる。開け、死の門」
扉が、長く放置されていた扉が埃を落としながら動き始めます。
そして暗闇の中、無数の霧のような白い影が立ち並び、こちらを見つめています。
その奥から呵呵と笑い声が響きます。
「ひょひょひょひょ、よくぞここへと辿り着いた! 歓迎するぞ、わしらが孫娘ヤロスラヴァよ!」
それは骨の玉座に坐す白骨死体でした。
わたくしの口が呆然と開きます。
「わしは大魔導カイェターン! 汝の祖先にして屍王であるぞ!」