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第59話

 王都の門でも一悶着というか、門番の方たちが逃げ出してしまったのですがどういたしましょうか。

 そう思っていると後ろから馬が凄い勢いで追いかけてきました。


「あ、いた! じゃない、いらっしゃった! ヤロスラヴァ姫様!」


「おや、ヴィートさん」


 ヴィートさんが馬上から声を掛けてきました。

 そう言えば挨拶もなしに出てしまいましたわ。


「い、今ガシュバル様が参りますので、ここでお待ちいただけますか!」


「わかりましたわ」


 ガシュバル、ノートラント伯爵ですわね。ヴィートさんは伯を呼ぶために馬首を返しました。

 ちょっと馬車の中でうとうととしていると、視界が眩しくなって目が醒めます。ああ、夜明けですわ。


「おはようございます。殿下。申し訳ございません、淑女の寝起きに声をかける無礼をお許し下さい」


 馬車の窓には伯の姿がありました。

 まあ、いつからいらしたのかしら? でも深く寝た訳でもないしそうは待たせていないでしょう。


「ええ、構いませんわ。この馬車にカーテンがないのは伯のせいではなくってよ」


 ドレス用の生地なんかも持ってきているはずだから、後でカーテンを用意しましょう。


「色々と伺いたいことがございますが……ダヴィトの、殿下の騎士のところに向かうおつもりですか?」


 わたくしは頷きます。


「そうね、迷惑かもしれないけど……」


「今は何をして……ああ、門番の兵が逃げたんですね。捕まえてきましょう」


 伯はそう仰ると一緒にいらした配下の方々に兵を連れてこさせ、開門させてくれました。助かりますわ。


 そうして、馬車は走り出します。わたくしの向かいにはノートラント伯。昨夜あった出来事を説明していきます。


「なるほど、王妃殿下が……王都を立たれるのも悪くない選択に思います」


「ただ逃げ出したようなものだけど」


「いや、戦場の状況にもよりますけどね。先ほど迷惑かもと仰っていましたが、殿下は高位の魔術師です。戦場で迷惑ということはありえません」


「そうかしら?」


「ただ、殿下が御不快に感じられることは多々あるでしょう。無数の死、品性に劣る兵たち、不味い食事」


「死はわたくしにとって親しいものです。食生活の貧しさは、わたくしがイザークを召喚できるようになるまで常にあったものですから慣れていますわ。品性は……頑張ります」


 ノートラント伯は馬車の中を探すように視線を動かされます。


「そう言えばそのイザーク氏はじめ殿下の従者たちはどうされました?」


「少しでも魔力を回復し、蓄えるために具現化を切っていますの。馬車はカイェターンお爺さまの魔力ですし、今わたくしはほとんど魔力を使っていませんわ」


「なるほど。それでは私が食事を用意しましょう。私というか私の部下が、ですし、イザーク氏ほど美味くはいかんでしょうが」


「まあ!」


 馬車の前後にはヴィートさんをはじめ、ノートラント伯の従者や騎士が同行してくれています。

 こうしてわたくしは数日をかけてエーガーラント領へと入ったのでした。

 エーガーラントが近くなった頃、偵察に出ている方とノートラント伯が話しをされ、その顔が翳ります。


「なにか問題が?」


 伯はわたくしに向き直り、しばし沈痛な面持ちでこちらを見つめると、おもむろに口を開かれました。


「隠しても仕方ありません。この先の平原に無数の白骨死体が晒されているとの報告です」


「……それは同胞の死体がツォレルン帝国の手でということでしょうか」


「ええ」


「なぜ、……そのようなことを」


「エーガーラントの残された民を恐怖で支配するため、あるいは我々の軍の戦意を削ぐためでしょうか。姫殿下。ここは貴女の来るべき場所ではなかった」


 わたくしはしばし目を瞑り考えます。磔や串刺し、そういうのが多くなされていた時代はあった。カイェターンお爺さまやその上の世代の王たちにとっては当然のことであったと聞いています。

 ですがそれは今の戦のならいとして相応しくはない。ダヴィトたちはそのような残虐な者たちを相手取っているのかと。そしてわたくしは……。


「いえ、それであればこそ霊王として、あるいはレドニーツェの王家に連なる者として赴く必要があります。馬車を進めなさい」


「仰せのままに」


 馬車は少し進んで止まりました。ここにいても負の気配を強く感じます。


「これは酷いな……」


 ノートラント伯が呟かれました。ヴィートさんが顔を青褪めさせて「うっ」と唸り、背後へと駆けていきました。

わたくしは馬車より降りて平原に目をやります。


 そこには無数の柱が、杭が打たれ、そこに白骨が纏わりつくように放置されていました。

 橈骨とうこつ尺骨しゃっこつ、腕の骨の間に釘が挟まっているのは磔刑に処された者でしょうか。骨盤が折れているものは串刺しにされた者でしょうか。小さな骨は子供のものでしょうか。


 怒りが、悲しみが流れ込んできます。


「無念ですか?」


 地の草は黒々としています。それは腐肉を浴びたゆえか。怨念がわたくしの目に映るゆえか。


「許してください」


 ぽつりと呟きます。


「あなたたちが死ぬ時に、王都で安穏と暮らしていたことを」


「それは姫の責任ではありません!」


 ノートラント伯が叫びます。ダヴィトがいたとしてもそう言ってくれたでしょう。ですが、それはわたくしの罪としてこの身に刻まねば。

 わたくしは前へと歩みを進めます。


「許してください」


 跪き、小さな白い頭蓋骨を拾います。


「あなたたちの死を、あなたたちの怨みを利用せんとしていることを」


 灰色の冷たい空を見上げ、天まで届けとばかりに叫びます。


「今! 貴方たちの! 死後の平穏を祈れぬわたくしを許せ!」


 魔力を解放しました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] よっしゃあ! やっちまえ! 外道には外法じゃあ!
[一言] そうなりますよね。 スラヴァちゃんが辛いと思った上での使役であることが、死者の救いにならんことを。 (*´ー`*) 戦地での霊王。チートすぎる。
[一言] このための伏線! 愚行に走る敵方に誅罰を。
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