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第54話

 王都より西へと向かい、旧エーガーラント領の手前でツォレルン帝国の先遣隊とぶつかった。戦いとなるが向こうは偵察のための兵だ。武装は軽装であり寡兵だった。

 俺が剣を抜くまでもなく、戦いは終わり、こちらはさしたる被害もなく、向こうは敗走する。そんなのが二度三度と続いていた。


 兵士たちは士気高揚しているが、騎士たちや熟練兵たちは逆だ。このあたりまで偵察に来られるほど、敵兵が多く我が国に入り込んでいることが分かったからである。


 夜。

 俺の天幕の外で、夜警の兵士たちが何人か頭を突き合わせて話している影が、松明の明かりに揺れて見える。


「俺のマリーちゃんを気絶するまでヤッたの誰だよクソが!」


 マリーちゃんとは娼婦の名であろう、娼婦は仮の名を付けるものであり、どこの娼館に行ってもマリーちゃんはいる。

 娼婦と猥談わいだんは軍隊に付き物というもの。この出兵においても後方に娼婦たちが仮宿を作り、男たちを迎えているのだ。


「誰がお前のだ!」


「へへへ、俺だよ俺。悪いな。俺の輝ける逸物(シャイニングパール)の加護がちょいと悪さしちまってな」


「はあ? なんでそんな奴が兵士やってんだ。女衒ぜげんでもやっていやがれよ!」


「お貴族様のお嬢さんをたぶらかしたのがバレて逃げてきたんだよ」


 息を呑む音。


「マジかよ」


「お貴族様のお嬢さんってのの具合はどうだったよ」


「へへ、聞きてえか」


 兵士たちの頭が寄る。


「……おい、貴様ら。猥談はそこまでだ」


 声をかければ跳び上がって驚かれた。


「くくくく黒騎士卿!」


「すいませんっしたぁ!」


「き、斬るのは勘弁してくだせえ!」


 最後のは夜中に俺が帯剣している故の言葉か。

 俺は剣を抜く。カイェターン殿に付与された魔力が闇の中に淡く輝く。


「ひぃっ⁉︎」


 兵たちの悲鳴。彼らは腰を抜かしたように倒れ、俺は剣を翻す。

 金属同士のぶつかる高い音。


 闇の中より飛来した矢が斬り飛ばされて地に落ちる。


「……え?」


「夜襲だ」


 足元で拍車を鳴らす。魔力の光が溢れて地面が淡く照らされていく。便利なものだ。


「そこの逸物男よ、笛を吹け」


「あ、あざっす。はい!」


 警笛が高らかに鳴り響き、兵たちを叩き起こした。


 戦いは夜半過ぎに始まり、夜明け前に終わった。

 奇襲前に気付いたこともあり、こちらの被害は少なく、奇襲をした側であるツォレルンの方が遥かに被害の多い形になった。もちろんこちらに死者も出たし、それに数倍する怪我人、そして天幕もいくつか焼け落ちた。だが怪我人は治癒術を使える従軍司祭が治すだろうし、糧食も無事だったようだ。

 猥談をしていた兵士たちも俺の後ろで槍を振っていたのを何度か視界の端に捉えていたが、無事生き延びている。


「黒騎士卿の兄貴!」

「兄貴あざます!」

「兄貴のおかげで無事でした!」


 兵士たちが並んで頭を下げる。


「……貴様らのような弟を持った覚えはないが」


「水臭ぇこと言わないで下せえ兄貴!」

「そうですよ兄貴! あ、飯用意しますね!」

「あ、それとも兄貴のために綺麗どころ連れてきましょうか!」


 俺は溜息を吐いた。


「女はいらん。飯は頼む」


 焚き火のそばに座り、ベーコンと芋の浮いたスープに硬いパンを浸していれば奴らが寄ってきて車座になる。


「うへへ、兄貴、失礼しやす」


 なぜここで食う、と思うがよく考えたら当然であった。

 焚き火は騎士ごとに一つずつ与えられている。だが俺以外の騎士は従騎士や盾持ち、従者など一門の者を連れて来ているので、火の周りに人が溢れているのだ。なるほど、遍歴の騎士であった頃のまま、一人で火に当たっていれば場所が空いているように見えるだろう。


「だいたい逸物男よ、おめー卿に女勧めるとか馬鹿か」

「おめーまで逸物男って呼ぶんじゃねーよ」

「いや、馬鹿だから逸物男で充分だ。騎士や士官は俺たちの行くのとは別の高級娼館があるんだよ」

「マジっすか黒騎士卿⁉︎」


「……本当だ」


 兵士なら当然知っていることだ。だがこいつは逃げてきたと言っていたから、兵士となったばかりで知らんのだろう。


「ちょっ、今度連れてって下さい!」

「馬鹿! 誰が逸物男を高級娼館に連れていくんだよ!」

「馬鹿! 黒騎士卿には姫様がいるんだから娼館なんて行くかよ!」

「姫様?」

「お前、知らないのかよ、この前の決闘を……」


 男が身振りも大きく、この前の俺とボハーチェク卿との決闘の話を語る。いつの間にかヤロスラヴァ姫の婚約者の座を賭けて決闘したことになっていたり、ボハーチェク卿が百人の部下を連れてきて、それを俺が一刀の下に叩き斬ったとかいう尾鰭がついているが……まあそんなものだろうか。

 俺が子供の頃に心躍らせた英雄譚もそうであったのかもしれぬ。


「凄えっすね、兄貴!」


 逸物男が目を輝かせてこちらを見る。


「今度ヤロスラヴァ姫に会わせて下さい!」


「絶対に断る」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 『輝ける逸物』 ほう? 真珠入りか……
[一言] 世が世なら(ノクターン作品なら)天下をも狙える逸物だ……!
[一言] そりゃあこんなナンパな奴は間違っても姫には会わせられませんがね。
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