第53話
さて、スラヴァちゃんは行ってしもうた。
儂がぐるりと首を巡らせれば、近衛たちの腰が引ける。
ふむ。
「コレで良いかの」
つるりと顔を撫でれば骨は隠れ、生前の"いけおじ"な儂の顔が見えるように幻影を掛ける。
近衛を率いる者が言う。
「ご……ご配慮感謝します」
「うむ、こんなところで立ち話もなんじゃ。王城にでも招いてくれたまえ」
そういうことになった。
王城の構造は儂の生前の頃とそうは変わらん。増築された部分もあるが、それは中枢ではないしの。ただ、内装や調度品は大分変わっている。
まあ当然であろうが。儂は花の活けられた瓶をじっくりと観察する。ふーむ、磁器がここまで白く、そしてここまで多様な色付けができるようになっているのかと感心するものじゃ。
「さて、我が兄の末裔にして、我が弟子スラヴァの父よ。改めて儂がカイェターン・レドニーツェである。気さくに話して貰って構わんぞ」
通された応接室、向かいに座った王にそう切り出す。飲み物を用意した侍従も去り、部屋にいるのは儂と王と近衛の長しかおらぬ。
だが儂の言葉を不敬と捉えたか部屋の隅から殺気が漏れる。影の護衛であろうか。
「オンドジェイ・レドニーツェである。まずは我が娘ヤロスラヴァを救ってくれたこと感謝する」
「感謝は不要ぞ。あの子は我が血縁でもある故に」
「うむ、この事件の説明をしてくれるとか?」
王は杯に手を伸ばすが、儂はそもそも飲めぬでな。杯には触れずに言葉を紡ぐ。
「うむ。そもそも儂は北の離宮のさらに北、封印されし霊廟にいたが、数年前にスラヴァちゃんがやってきての。そこにいた霊たちと共に彼女の世話をしていたというわけじゃ」
「封印とは……」
やはり失伝しておるか。ここ百年以上の間、霊廟を訪れるものはおらんかったからな。
「儂が死を超越し、屍王となった時、兄の子、当時の王が儂を霊廟に封印したのよ。故にあの霊廟は使われなくなり、今は別の場所に王家の霊廟があるはずじゃな?」
王は頷き肯定する。
「封印は正直、儂の力ならいつでも破ることができるものだった。じゃが、現世のことに介入するには過ぎた力であるからの。当時の王と契約を、誓約を結んだのじゃ」
「しかし貴方はスラヴァを助けるために封印を破った」
「うむ。王族が弑されんとする時、それが儂に助けを求め、そしてそれが王族同士の争いでなければ封印を解いて介入して良い。そう取り決めたのじゃ」
王は少々安堵した様子を見せた。儂は首を横に振る。
「ここでの王族の定義は我が兄の直系であるかということよ。王位継承権を持つかと捉えても良い」
王は立ち上がった。
「……まさか」
「スラヴァちゃんに暗殺者を仕向けたのはお主の妻じゃ」
「しょ、証拠は」
「暗殺者への尋問と自白である。残念ながらもう殺したので証拠は出せぬが、暗殺者はボーヘムの司祭に命じられたと言い、その司祭も殺した」
「王妃の生家か……」
王は崩れるように腰を席に落とした。
たまらずと言うように近衛の者が口を挟む。
「それを信じろと……」
「不敬である」
儂が魔力を発すれば、近衛の者が膝をつき、壁の裏で悲鳴が上がった。
「王族の言葉に口を挟み、不信を口にできるとはずいぶんと王の権威も下がったものだな? 儂の兄であればこれで一族郎党処刑したものじゃが」
儂は魔力を霧散させる。
「……申し訳……ございません」
近衛の者は息も絶え絶えにそう言った。
「オンドジェイ王よ。どうするね」
「公的には王妃が病気を患ったことにして妻を蟄居させ……」
儂は溜息をつく。どうにも年老いた感じがするわい。実際、年老いてはいるのじゃがな。
「甘いのう。これが時代の移り変わりというものか?」
「王妃を処刑せよと?」
儂は首を横に振る。
「スラヴァちゃんがなぜこの王都を立ったと思っている」
「……ここにいたらまた暗殺者を仕向けられる、不和を呼びかねぬからでは?」
「違う。復讐が終わったからじゃよ」
王はがたりとテーブルに手をついた。杯が倒れ、酒が溢れる。
「王妃はまだ死んではおらん。じゃが直に死ぬ。そこに猶予を与えたのは王よ、お主への情がある故じゃ」
王が顔を上げた。
「別れの言葉を告げる時間を与えたということよ。……あの子には儂や霊たちが王族としての教育を施してはいる。じゃがどうも当世の気質とは異なっておるやもしれんな」
応えはない。
「王妃の元へ向かうと良かろう」
「……はい」
「儂はここの宝物庫に籠る。王城の護りの結界を壊してしまったからの。それを作り直さねばならぬ。暫し滞在してからスラヴァちゃんの元に向かうでな。それまでの間は話くらい付き合おうぞ」
儂はそう言って席を立ち、宝物庫へと向かった。
あの騎士はどうなったかのー。まあ戦場で勝手にくたばるような者ではあるまいが。