第5話
神授の儀において、生と死に直接的に関わるような加護や才能が与えられることは極めて稀です。
生を与える、つまり傷や病を治癒する、場合によっては寿命すら延ばすような術が使える者は、単なる魔術師の才能よりも遥かに稀であり、聖者・聖女と祀り上げられて教会や王家に篤く遇されます。
そして死を与える者は忌まれやすい。殺し屋の手などと言われる加護であれば、狩人や傭兵として生きるには極めて有用な才であると言いますが、それであっても白眼視されると。
さらに、最も忌み嫌われるものは、生と死の境を仮初に越える業です。死者の霊を視、霊の声を聞くだけの才ならまだ良いのです。霊を呼び、使役し、死体を動かす。そうなってくると話が変わります。
あの日、わたくしが神授の儀を受けた八歳の誕生日。
「ヤロスラヴァ・レドニーツェの加護は霊王である!」
大聖堂の神像の前で枢機卿猊下が驚愕と恐れに震え、青褪めた表情で叫びました。
振り返ればお父さまも表情を強張らせ、お母さまは泣き崩れ、お姉さまは意識を失われ、お兄さまに抱き止められていました。
「なんたること……!」
「スラヴァが、よりによって霊王だなんて!」
霊王、それは加護の中でも最も悪名高いものです。
およそ五十年前、無数の霊を使役し、幾つもの村を町を滅ぼし、国を建て魔王を名乗った人物。その加護が霊王だったのですから。
まだそのことを知らなかったわたくしが不穏を感じつつも家族の元に戻り、伸ばした手が拒絶に力強く払われた時。
わたくしの世界は変わってしまったのです。
……………
そして王城に戻りすぐのことでした。
わたくしの婚約者であるマティアス殿下。彼は父である皇太子殿下の外遊に同行なさり、今回わたくしが神より祝福を賜ることを寿ぎにきてくださっていたのです。
わたくしが彼に霊王という祝福を得たと告げると、彼の様子が一変したのです。
マティアス殿下の手が突き出されるようにわたくしの肩を押します。
わたくしは床へと倒れ込みました。
「っ……!」
足首がずきりと痛みました。どうやら捻ってしまったようです。
「霊王……よりによって霊王だと!?」
マティアス殿下が叫びます。
彼はレドニーツェの隣国、ツォレルン帝国の皇太子殿下の次男にして皇位継承権七位の方。とは言え、現帝が退かれれば継承権は二位となられ、大国の将来を担われる方です。
わたくしより三歳上の彼は元より体格に差があるのですが、床へと倒れ込んで見上げるわたくしからはとても大きく、恐ろしく見えました。
彼の整った顔が憤怒に赤く染まっています。
「ふざけるな! ……今この場で叩き斬ってやろうか!」
殿下が腰のサーベルに手をかけ、わたくしは最早なにがなんだか解らず謝罪します。
「も、申し訳ありません……!」
「やめよ、マティアス」
皇太子殿下、マティアス殿下のお父さまが彼を諌められます。
「しかし父上!」
「仮にも婚約者である女性に働くべき振舞いではないぞ。……気持ちは分かるがな」
皇太子殿下の表情も冷たいものでした。
「困ったことになりましたな、レドニーツェの王よ」
「は……」
項垂れ、頭を下げようとするお父さまを皇太子殿下は止めさせます。
「謝罪をしてはなりません。これも神の与えし祝福なのですから」
そうです。謝ることは神への不敬です。
しかし、神の祝福に貴賎はなく、全てが素晴らしい価値あるもの。そう言っていたお父さまの、お母さまの言葉は建前に過ぎず、嘘であったと知りました。
「マティアス、斬ってはならぬ。彼女が死ねば世界には新たなる霊王が生まれるだけなのだから」
「……はい、父上。しかし、魔王を妻とする訳にはいきません」
マティアス殿下がそう口にされました。
「魔王……わたくしは魔王などでは……」
しかしその言葉は誰にも聞き入れられることはなく。
お父さまも皇太子殿下も頷かれ、マティアス殿下がわたくしに指を突きつけて高らかに宣いました。
「ヤロスラヴァ・レドニーツェ、汝との婚約を破棄する!」
わたくしが呆然としていると、お父さまが返事をなさいます。
「マティアス殿下。婚約の破棄、承りました。ヤロスラヴァは幽閉し、魔術などを学ばせることなく生き長らえさせることで、この地で霊王を管理したく思います」
「それが賢明でしょうな」
わたくしはその言葉に衝撃を受け、意識が遠のいていきました。
そして次に目を覚ましたのは、北の離宮のベッドの上だったのです。