第49話
空は暗いのに、真昼のような明るさで照らされた王城。
そしてわたくしの前に突如として魔法円が展開します。床に広がるこの紋様は……おそらく転移?
現れたのはご老人。彫りの深い顔立ちに白い髪とおひげを伸ばされて、宝冠で髪を束ねる姿は初めて見るものですが……。
「カイェターンお爺さま?」
魔力で判りますわ。周囲には地水火風の四属性を示すものか、四色の宝玉が宙に浮き、衛星のようにお爺さまの周囲をゆっくりと回っています。
「ひょひょ。うむ、お爺さまじゃよ」
周囲の霊たちも驚いた様子はありません。「おお、懐かしい姿だな」などと言う方も。
お爺さまは手にしていた長大な魔術杖を左脇に抱えると、右手をわたくしの頭に伸ばしました。
「良く頑張ったのう」
掌の肉の感触を感じました。老いて乾いた肌がわたくしの髪を撫でていきます。単純な視覚のみを騙す幻影の術式とは異なる、遥かに高度な術式なのでしょう。
「わたくし、ほとんど何もしていませんわ」
「いや、スラヴァちゃんのこの八年のことよ。さあ、後は任せるが良い」
お爺さまは撫でていた右手を差し出します。まるでエスコートするように差し出されたそこにわたくしが手を載せると、軽やかな足取りで歩き始めました。
わたくしたちがぞろぞろと……ぞろぞろと? 足音がするのはわたくしとカイェターンお爺さまだけですが、玄関から外に出ると、光の棒が屋敷を取り囲むよう、無数に円形に立ち並んでいるのが見えました。
「檻……?」
「鳥籠の術式を範囲拡大したものじゃよ。誰も、逃さぬようにな」
頭上で音がしました。離宮の屋上に登っていた暗殺者が、屋根を蹴って飛び掛かってきたのです。
わたくしはお爺さまの裾を引きましたが、お爺さまは振り返ることすらなく。
––ばちん。
暗殺者の方が空中で何かにぶつかったように身体が止まります。そこに黄色い宝玉が近づいていき……身体が白く染まっていきます。
「あ……ぁ……」
ぴしぴしと身体がひび割れていき、白い粉となって崩れ落ちました。服がばさりと地面に落ちます。
肌が感じるざらりとした感覚。
「塩……?」
お爺さまが頷きます。
なんとまあ、全体に鳥籠、自身に防御結界を維持した状態かつ無詠唱で肉を塩に?
もちろん残り三つの宝玉も同レベルの魔術がかかっていると思うと、理解の及ばない高みにいる魔力ですわ。
カイェターンお爺さまはわたくしから手を外して魔術杖を突き出します。
「籠よ、縮め」
魔法の鳥籠はわたくしたちや建物、木々をすり抜けて小さくなります。
それはわたくしの部屋くらいの大きさになり、中には暗殺をしに来たであろう人と、夜に屋敷の周囲で見回りをしていたのでしょうか、いつもずっと窓から見える王国兵の鎧を身につけた人たち。
「解放せよ魔王! 邪悪なる死霊術師よ!」
捕らえられた中に、なにやら元気そうな人がいます。
「司祭さま……?」
身を隠すフード付きの外套を脱ぎ捨てて叫んだのは、煌びやかな司祭の服と聖印を首から下げた男性でした。
「ボーヘムの司祭さまかしら?」
彼の顔が驚きに歪みました。
「面妖な。こ、心を読むか魔王!」
「あなたはわたくしが読心術士ではなく、霊王であると存じているのではなくて?」
「くっ、司祭を捕らえるとは王族とて許されんぞ!」
大いなる神を唯一の神として奉ずる信仰は人間領域全体のもの。レドニーツェなどの弱小国家の王族よりも、教皇猊下は世俗においてもはるかに権力があります。
「そうですわね。でも、わたくしに直接危害を加えんとしているのですもの。話は別でしょう。えーと……正当防衛ですわ」
彼の手には短剣、宝石で飾られたそれは武器というより魔術の媒体でしょう。
なるほど、わたくしを討伐するのに魔祓い系統の加護をお持ちの方がいらしたのではないでしょうか。
彼は練り上げていたのであろう魔力を解放します。
「黙るがいい、神よ! 我に加護を! 死者退散!」
魔力の波が放出されました。
アンデッドや霊体を追い返す魔術です。高位の術者が使用すれば低級霊などは退散ではなく消滅させることすら可能。
つまり成功率は術者の力量とアンデッドの格によって決まる訳で……。
わたくしは背後を振り返ります。うん、みんないますね。
ヘドヴィカが言いました。
「ちょっとぴりっとしました」
はい。
「ば、バカな!」
「ここにいる霊たち、みなさん齢数百年ですので……」
「さらに言えば、そこに霊王の加護じゃぞ」
もちろん、お爺さまは小揺るぎもしておられません。お爺さまは続けます。
「ま、捕らえるも何もな。そもそもお主ら、生きて帰れはせぬのだから許すも何もないわい」
お爺さまがそう言うと、彼らはびくりと身を震わせました。鎧を着た兵士の方が言います。
「あ、あの! 俺はただの見張りの兵で、殿下を殺そうなどとは……!」
「お主がこやつらと共謀しているかどうかは知らんし興味もない。じゃが、どのみち敵襲に気付くこともなく、王族を危機に晒した兵など処刑以外あり得んわ」
お爺さまが袖でわたくしの視線を遮りました。
「弁明は冥府で行うとよかろ」
紅の宝玉が飛んでいき、遮られた視界の向こうで閃光と爆炎が起こりました。





