第47話
「スラヴァちゃんはどうするかね?」
耳元でカイェターンお爺さまが囁きます。
「無論、抗戦しますわ」
ヘドヴィカが尋ねました。
「カイェターン様が出られる訳にはいきませんか?」
「無論、いつでも出られるようにしてある。じゃが王家の血を引くもの同士の争いに介入できぬよう縛られているのじゃ」
最悪でもスラヴァちゃんの保護だけはできるようにはしておくがの。お爺さまはそう続けました。
なるほど、お爺さまはかつての英雄であった故に、墓所の封印以外にも数々の制約が課せられているのでしょう。
フランチェスカさまが仰います。
「さて、屋根に取りつかれているなら階下の方が安全ですね。いざという時に脱出する可能性もありますし。最も安全なのはどこかしら?」
玄関に近い側の主階段は避けて、逆側から階下へと降ります。
「貯蔵庫は堅牢ですけど……」
「地下室は選択肢としてはありですね。逃げ場がないですが」
「そこに隠れるようなことがあれば、儂が助けに出ようぞ」
「となると食堂ですね」
一階で貯蔵庫からも近く、霊たちが立ち回れる大きさの部屋。
そう言えばあそこに彼らの骨を置いてあるのです。いざ移動することになったらそれらを持ち出さねばなりませんし。
食堂に入ると、ヘドヴィカの手の洋燈の光を反射して、白刃が煌めきました。
「……!」
既に屋敷に侵入されていたようです。
斬られたのはヘドヴィカ。彼女の肩口から心臓の真上を通る軌道で刃が振るわれ……それは何も斬ることなく通り抜けました。
魔術的な付与がなされてもいない刃で霊を断つことはできません。
驚愕した顔の男、一旦距離を取ろうと後方に跳躍し、その身体が不自然に宙に縫い止められました。
霊たちが手を彼の方に向けています。騒霊です。不可視の力場が彼の身体を捻り、押し殺したような苦悶の声が上がりました。
「がっ……! ば……化け物め……!」
フランチェスカさまが嫋やかな手を彼の首に添え、わたくしの方に視線をやりました。わたくしは頷きます。
彼女が優しい動きで首を撫でると、そこの部分に皺ができ、草が枯れるように萎れて変色していきました。そしてついには首がぽろりと落ちます。
死の手か、生命吸収か。
騒霊が解除され、彼の身体も地面に落ちました。その体格に相応しくない、軽い音が響きます。
「ありがとうございます、皆様。このままこの部屋を拠点といたしましょう」
さっそく椅子やテーブルが大勢の騒霊によって宙に浮き、敵の侵入を防ぐように積み上げられます。
壁際の洋燈も幾つかが灯され、衝立を置いて外に光が漏れないように。
「失礼致します。姫様。おや、そちらにも襲撃が?」
そう言って入ってきたのはシェベスチアーンです。
「ええ、そちらは?」
「姫様の部屋に侵入してきた二人を殺したところで、屋上にいた者は逃げ出しまして、こちらに合流した次第。死体はこちらに?」
わたくしが頷くと、全身が奇妙な方向に曲がった死体が二つ運ばれてきて積み上げられました。
錆びた鉄のような臭いが一瞬漂いました。外傷はあまりないように見えますが、これらの死体は出血もしているのでしょう。
「姫様、御気分は悪くなったりしておられませんか?」
わたくしは目を瞑って溜息のような深呼吸を一つ。
「大丈夫。全く不快で無いとまでは言わないけど、わたくしは冷静よ」
闇に沈むような三体の死体を前に、イザークが運んできた椅子に座って見下ろします。
「彼らは身分のわかるようなものを身につけていますか?」
先ほどは二階に残っていた王の霊の一人が、今食堂で倒した者の検分を始めます。
シェベスチアーンが首を横に振りました。
「上で倒した二名に関しては、誰も紋章のようなものは身につけていませんし、剣はそう質の悪いものではありませんが数打ちのものでした。服装などはレドニーツェ王国で一般的なもので、王都で購入できるものでしょう」
つまり、仮にツォレルンなど異国の密偵だとしても、簡単にこの地で買い揃えられるものを身につけている。足のつかないようにしているということでしょう。
検分していた王の霊もまたそれを肯定します。
今ここで死んだ者も上の二人と同様ということでしょう。
「では尋問を始めます。みなさまにはその間の警戒を」
霊たちは頷きました。
「霊王の字を以って、我ヤロスラヴァが命じる。今まさにその命を落とした者の魂よ。ここに顕現せよ」
死体から白い靄のようなものがたちのぼりました。
わたくしは咳払いを一つ。魔力を込めて一言。
「王の前である。跪け」