第46話
ξ˚⊿˚)ξ予約投稿忘れ切腹。ぐぬぬ。
ゆさゆさ。
「姫様、姫様」
ゆさゆさゆさ。
「ヤロスラヴァ様、お休みのところ失礼致します」
ゆさゆさゆさ、と身体が揺れます。
目を開けると、真っ暗な部屋の中で洋燈の灯りに照らされたヘドヴィカの透けた霊体が見えました。恐怖物語的な光景です。
「……ヘドヴィカ?」
「深夜に申し訳ございません。火急の事態でございます。北の離宮に兵が迫ってきています」
「……へー…………ふぇっ!」
わたくしは飛び起きました。
ヘドヴィカは壁の向こうを見つめていいます。
「正規の兵ではありませんね、恐らくは暗殺を生業とする者。武装していますが金属の鎧を纏わない者が、視認できている限りで六、いや七……」
わたくしは眠気覚ましに顔をくしくしと擦りながら立ち上がり考えます。
お父さま? 高位の貴族? ツォレルン帝国? わたくしを捕らえようとしているのか、それとも殺そうとしているのか。
いや、考えるべきはそこではないわ。まずはどうやって生き延びるのか。
「降伏か離宮に立て篭もるか避難するか、どれが良いかしら」
降伏は無いわ。正面から攻められているならともかく夜襲ですもの。
身体がぶるりと震えます。寒い。晩秋の夜気が、布団から抜け出たわたくしの体温を奪っていきます。
「姫さまが霊たちを召喚していただければ、この程度の手勢であれば離宮に朝まで籠ることは容易です。ただ、その先がどうかは……」
ヘドヴィカがわたくしに厚手のガウンを羽織らせ、前をぴっちりとしめてからフード付きのマントをさらに被せます。
これが例えばツォレルンの暗殺者であれば、朝になって王国の正規兵たちが追い払ってくれるはずです。ですがお父さまの命だった場合は朝になっても状況は改善しないかもしれません。
「避難するのであれば霊廟でしょうか」
あそこの入り口は王家の血を引くものにしか開けられない術式が掛けられていますし、カイェターンお爺さまもいます。
問題は、籠城する形になってしまい、出口がないことと、その道中、敵のなかを突破せねばならないことでしょう。
「ダヴィト……」
わたくしは机のそばに行き、そこにあったお守りを手に取りました。
魔術的な護符ではありません。彼が戦へと出発する直前に、互いの髪を少し切って交換したものです。
彼であれば立ち塞がる全ての敵を斬り倒すのでしょう。
わたくしは……霊王として立つしかない。ダヴィト、わたくしに力を……。
「霊王の字を以って我、ヤロスラヴァが命ずる。起きよ、我に従う霊たちよ」
魔力が迸り、霊たちが具現化を始めます。洋燈の光が遮られるように、幾つもの影が現れました。
机の上に転がっている鼠の骨が魔力にぴくりと反応します。
「スラヴァちゃん?」
わたくしはこくりと頷くと、みなに向かって語りかけます。
「おはようございます、皆様。ヘドヴィカの言によると、複数の武装した人間がここに迫っていると」
急ぎなので淑女の礼も省略して早速用件を伝えます。
ざわり、と冷たい怒気が溢れます。幾人かの霊が窓際に寄ってカーテンの隙間から外を確認しました。
「彼らがこの屋敷に侵入する、あるいはわたくしに武力を行使しようとした場合、その撃退を願います」
彼らは頷くことで肯定を示しました。
「敵はどこの手の者です?」
霊の一人がヘドヴィカに尋ねました。彼女は首を横に振ります。
「不明です。正規の兵であることを示す鎧などは有していません。ですが、ごろつきと言うには動きが洗練されています」
「暗殺者か諜報か?」
はらり、と黒い縄が窓の外で降ろされました。闇の中、警戒していなければ決して見えないような色です。おそらくは屋根の上にも敵がいるのでしょう。
霊たちの幾人かは静かに戦いの構えを取りました。残りの霊たちはわたくしのために静かに扉を開け、部屋から出ていきます。
カイェターンお爺さまの鼠がととと、とわたくしの腕から肩の上へと移動しました。
フランチェスカ女王の霊がわたくしの腰に手を当て、部屋の外へと誘います。
構えを取るうちの一人、シェベスチアーンが静かな声でわたくしに尋ねます。
「生かして捕らえますかな?」
ふむ。尋問し、所属を吐かせようという意味でしょうか。
「殺しなさい。王族に刃を向けたのでどうせ死罪でしょう?」
「は」
わたくしは廊下に出て、彼らへと振り返りました。シェベスチアーンの瞳がこちらへと向けられています。
カーテンの向こう、窓がカタカタと動いています。
「尋問だって殺してからすれば良いわ。後で死体を持ってきてね」
「御意にございます」
わたくしはそうして部屋から離れました。ヘドヴィカにより扉が静かに閉められます。
ええ、わたくしだって怒っているのですわ。