第40話
ズィクムント卿は言う。
「昨日、貴公やノートラント伯が使者に言った通りだよ。本来ならば私も含め、近衛も使用人も皆、処刑されて然るべきだ。ただ流石にそれをされてしまうと、この城から人がいなくなってしまう」
「もちろん、卿らの処刑を望んでああ言ったのではありません。ですが、あの使者は礼を失していました。あれが王の本意ならば和解の道は無いでしょう」
姫が許しても俺が許しはしない。そう意図を込めて睨むが、彼は頷く。
「分かっている。王や私たちは妃殿下の忘却の加護の術中にあった。それが貴公の発言によりだんだんと記憶を取り戻し、混乱しているさなかであったのだ。それ故にあのような無礼な使者を送ってしまった。その謝罪も含めてこの手紙には記されているはずだ」
ふむ、忘却か。強力な力持つ加護であるが……。
外部から思い出させることは可能であり、俺がヤロスラヴァ姫の名を出したことによって、陛下たちが記憶を取り戻したということか。
「理解はできる。だがそちらに一方的に都合の良い表現だな。現状、そちらは忘れていたのだから仕方ない。誰も罰さぬと言っているに等しい」
「……そうだ」
卿の表情には苦渋が浮かぶ。本意ではないが、それを呑まさねばならぬという使命か。
結局のところ、彼らにとっての問題はなんだ?
「……王妃殿下か」
責任問題を問い出し、この件を公にしたら、王妃が必ず罪に問われるということになるからか。
ヤロスラヴァ姫への冷遇が仮に罪に問われなかったとしても、国王陛下を筆頭に、国家の中枢に精神操作に値する行為を無断で行ったとなれば死罪は免れまい。たとえ、無意識による能力の暴走で本人の意図ではなかったとしても。
「ヤロスラヴァ殿下には必ずや伝えておこう」
「感謝する」
近衛の長が、地位もなき俺に頭を下げた。
彼自身は高潔にして精錬な騎士であろうがな……。
「彼女の騎士となった俺から一つ」
「承ろう」
「我が姫が陛下や妃殿下を赦すか赦さぬか、どう思っていらっしゃるか。俺は彼女に仕える身でその御心を推し量ることはすまい。だが御身を護る者としては、謁見の間で、王城の内で再会することは許可できぬ」
「卿は王城を敵地と考えるか」
「当然であろう」
「承知した。陛下には伝えておく」
そう言って彼は踵を返した。
…………
「まあ、お父さまからお手紙が」
わたくしは朝、身支度を整えてダヴィトと挨拶した時に、彼から封書を受け取りました。
「ええ、近衛騎士団の団長が直々に。それと身嗜みの道具なども届いております」
イザークが厨房へと食材を運び、ヘドヴィカが鏡などを確認しています。
「毒や針などはないようですね」
暗殺……まあ、急に思い出されればそういう可能性も警戒しないといけないのですね。
ペーパーナイフなどというものはこの屋敷にはないので、ダヴィトがナイフで封を切ってくれました。同様に針などないか確認してから中の手紙を渡してくださいます。
「ありがとう」
わたくしはつらつらと読み進めます。
「んー……率直に謝罪と、一度会いたいと言うような話というか。でも……うーん。これはわたくしを馬鹿にしているのかしら」
「ほう?」
シェベスチアーンの眉がぴくりと動き、ダヴィトの目が細められました。
「なぜそう思われました?」
「だってこれ、まるで子供に話すような言葉で書かれているんですもの。わたくしはもう淑女と言って良いような歳ですのに」
社交界デビューはしていませんけどね。
わたくしは手紙をぺらりと彼らの方に向けました。
装飾性の欠けた大きく読みやすい文字、短い単語、平易で率直、詩的ではない言い回し。
ぷうと不満を露わにすれば、シェベスチアーンの緊張が緩められます。彼が言いました。
「なるほど、それは仕方ありますまい。殿下がこの離宮に幽閉された八歳より、教育を受けておられるとは思っていないからでしょう」
なるほど、確かにわたくしがカイェターンお爺さまから魔術を、その他の王族の方々からも礼儀作法や文字などを学んでいるとは思いませんわよね。
しかしダヴィトは表情を硬らせたままわたくしの前に跪きました。
「姫に申し上げたき儀がございます」
わたくしは彼の瞳を覗き込みました。灰色の瞳に苦悩が浮かびます。
「どうしたのかしら、ダヴィト、我が騎士。何か問題があるのかしら」
「はい。以前この話を聞いてより、姫にどう切り出すべきか悩んでおりました。そしてラド、ノートラント伯たちが離宮にいたためにお話できなかったことなのですが」
わたくしは首を傾げます。
「秘密にしなくてはならないということかしら」
彼は頷きます。
「なぜ陛下が御身をここに幽閉し、省みることがなかったか。その理由についてです」
わたくしは思わず立ち上がりました。
「それが……わかったというのですか」
「はい。決闘の後、陛下との話にて。それが嘘である可能性なども考えていましたが、これを届けた近衛騎士団長の口ぶりやその手紙からも考えて、ほぼ真実であるかという考えに至りました」





