第4話
襤褸布を纏った白骨死体がカタカタと全身の骨を揺らすように笑います。
布は長い長い年月の間に風化して色褪せていますが、元は最高級の仕立てであったのでしょう。そして全身を色褪せぬ宝飾品で飾っています。金の宝冠、魔術媒体であるメダリオンを下げたネックレス、全ての白骨化した指に輝く輝石の指輪、そして手にするのは巨大な魔石の埋め込まれた長杖……。全ては彼の副葬品だったもの。
偉大なる大魔術師の不死者、即ち屍王です。
彼は床に転がった歯を拾って嵌め込むと、愉快げにただの穴となった眼窩をこちらに向けて言いました。
「ふひょひょ、スラヴァちゃんおはよう」
「……おはようございます、お爺さま」
わたくしがお爺さまと呼ぶこの白骨死体はカイェターン・レドニーツェ。この霊廟に祀られていることからも分かる通り、歴とした王族であり、それはわたくしと血縁であることを示します。
わたくしから見て六世の祖、現王はわたくしの父ですから、五代前の王の弟であったということです。
実際のところお爺さまではないのですが、と言うかお爺さまのお爺さまのお爺さまの弟君のことを示す呼び名があるのかは分かりませんし。
「今日はどうしたんだい?」
「お昼まで、昨日のお勉強の続きをしていただいても宜しいでしょうか?」
「ふひょ、勿論だとも!」
くるりと身体を回して墓石に腰掛けられます。
墓石に座るのは不敬と怒られる所業でしょうが、自分の墓石なら良いのでしょうかね。
わたくしは地面にブランケットを敷いて、その上に腰を下ろしました。カイェターンお爺さまが、どなたかの副葬品の中にあったという東方の漆塗りの箱膳の上に、羽ペンとペン壺、ノートを広げて文机代わりに。
「では四大属性魔術の基礎から行こうかのう!」
そう言ってお爺さまが指をくるりと回すと、わたくしの周囲に十ほどの焔が橙色に浮かび上がります。
無数の棺と墓石が並ぶ霊廟が鈍く照らされました。
カイェターン・レドニーツェと言えば伝説の大魔術師です。騎士たちと共に王国を襲来した黒竜を滅ぼし、隣国との戦を勝利に導き……幼い頃に読んだ絵物語の主人公です。
まさかこうして霊廟の中で屍王として存在しているとは知らなかったのですけどね。
あ、彼はわたくしの死霊魔術によって復活したと言うわけではないのです。単に魔術を極めるというなかで屍王として現世に留まり続けるという道を選ばれたのでしょう。
「……消火……点火」
意識を集中し、手提げ燈の火を消したり灯したりしてみせます。
「うむ、良いぞ。スラヴァちゃんの祝福、霊王は死霊術に関しては他の追随を許さぬ、わしなんぞより遥かに優れた才を有しておる。じゃが他の系統にはその才が及ばぬ特化型の祝福」
わたくしが火属性の術式を使い、次は水属性の水作成、水浄化と使っていく間に、お爺さまはひっきりなしに話し続けます。
「とは言え、魔力を扱える才であれば各系統の基礎くらいは扱えるようになるものじゃ。そしてそれだけでも、いざという時に生きていけるかどうかが変わってくるものじゃよ。……わしはもう死んでるんじゃがな! ひょひょひょ!」
不死者ジョークです。
まあ……うん。最初は面白かったんですけどね。もう八年間似たようなネタを聞かされ続けているので正直申しまして辛いところです。
空気浄化、微風と風属性まで使い終えると、お爺さまは杯を四つ取り出し、その中の一方に金貨を入れ、杯を伏せてくるくると回します。
「どれじゃね?」
「金属探知:金……こちら?」
わたくしは右から二番目の杯を指差します。
お爺さまが杯を開けると、左端の杯から金貨が現れました。……むう。
「スラヴァちゃんは地属性が少々苦手じゃの。もう一度行くぞよ」
そう言って再び杯を伏せてくるくると回します。
わたくしが魔術を発動させようと魔力を集中させると、お爺さまが骨だけの掌をこちらに向けて発動を止めさせます。
「スラヴァちゃんは魔術を使おうという意識が強すぎるんじゃ。魔法がちょっと使えるくらいの祝福であれば集中が何よりも肝要。だがわしやスラヴァちゃんのような、同じ時代に二人生まれぬような魔術の才を持つものはそうではない。もっと呼吸するように、意識せずとも魔術を使わねばならん」
わたくしの才は霊王、お爺さまは大魔導。いわゆる唯一無二と呼ばれる祝福であり、特に大魔導に関してはこの数百年現れたことがないと……。
「あの、お爺さま? ふと気になったのですが、ひょっとして大魔導が現れないのってお爺さまが現世に留まり続けているからでは?」
「そうじゃな!」
お爺さまは胸を張って答えます。
……もしかするとお爺さまを昇天させた方が世の為になるのかもしれません。
わたくしが眉を顰めたのに気づいたか、お爺さまが頭を振ります。
「わし、良い屍王!」
本当かなあ。大魔導が霊廟にずっと籠っているのはどうなのかしら?
「それより、スラヴァちゃんがわしと会った時のことを思い出すんじゃ。お主は探知、あるいは広範囲の探査まで無意識でできたはずじゃ」
そうでしょうか。わたくしは過去へと思いを馳せます。