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第39話

 俺の狩ったドラゴンの話に姫は頬を上気させ、賞賛してくれた。

 そしてその後にデザートと茶を喫して、素晴らしき食事でもてなされた祝宴は終わった。

 随分と時間がかかった。日が暮れる頃にラドとヴィートはこの屋敷を辞去していく。


「では明日以降、こちらに食材や生地など運ばせていただきます。ヴィートをつけますので、必要なものあれば言っていただければ、可能な限り急いで用立てますので」


「ご苦労をおかけします」


 ラドの言葉に姫は頭を下げようとし、ラドはそれを止めて、手にした小袋を示した。

 霊廟の副葬品であった古い金貨や宝石のうち、特に歴史的や魔術的な価値はない、換金しても問題ないものとして渡されたものである。


「王族がそう軽く頭を下げるべきではありませんね。お代も過分にいただいているのです。『大義である』とでも言っていただければ十分ですよ」


「た……、大義である。伯の厚意に感謝を」


 ラドは気障ったらしく紳士の礼をとって言う。


「光栄の極みにございます」


 そうして彼らは去っていった。馬車の音が遠ざかって行くのを名残惜しそうに聞いていたヤロスラヴァ姫は、振り返って俺を見上げる。


「ダヴィト」


「は」


「ありがとう」


 俺は跪き、彼女と視線を合わせる。蒼空の青き瞳が水面のように揺れた。俺はポケットからチーフを差し出す。

 姫は両の目尻を順に軽く押さえると、俺にそれを返した。


「俺こそ我が姫に感謝の言葉を言わねばなりません。素晴らしき叙勲式、素晴らしき宝剣、拍車、そして祝宴と用意していただきました」


 彼女は緩く首を振る。


「そう言うことではないの。ただ、貴方がこの離宮の扉を叩いてくれた日から、わたくしは幸せよ。それにありがとうって言ったの」


「それなら俺もです。姫にお会いしてから、幸せを感じています」


 彼女は笑みを浮かべた。


「何よりですわ」


 俺は屋敷の客間をお借りしてその日は早めに眠らせていただいた。

 翌朝である。まだ日も明け切らぬような時間、昨日と同様に使用人がやってきたが、違うところが一点。びくびくと震えながらやってくる女の横には騎士の姿があった。


「ほう」


 俺は感嘆の声をあげ、腰の剣の位置を確認する。

 騎士は、先日の決闘でも立ち合いを務めていただいた、近衛の長であった。離宮の門の手前、彼らは朝霧の中立ち止まって声を掛ける。


「そこにおわすは黒騎士、フェダーク卿か!」


「是。ダヴィト・フェダークである。よくぞいらした近衛の長、ズィクムント卿」


「北の離宮に入っても宜しいか?」


「ヤロスラヴァ殿下にお会いすると言うのであれば許可できない」


 まだ眠っておられるだろうし、起きていたとしても姫にこの時間に会わせるような無礼は働かせられない。

 彼は頷く。


「無論だとも。ただ、せっかく貴公が迎えてくれたのだ。少し話したい。……ここで戻れ」


 最後の言葉は使用人に向かって言うと、女はぺこりと頭を下げて逃げるようにその場を後にした。

 ズィクムント卿は使用人の押していた台車を押しながら門を抜け、玄関をくぐる。


「昨日の昼にノートラント伯から手紙が届いていてな。貴公がヤロスラヴァ殿下の騎士となったと」


 ふむ、ラドめ。こっそりタレ込んでいたか。まあ、王家と対立したい訳ではない。連絡は必要ではある。

 俺は頷く。


「遍歴の黒騎士卿がその旅を終えたことに寿ぎを」


「寿ぎ、感謝する」


 そう返答すれば、彼は苦笑した。


「近衛の長として言わせてもらえれば、貴公ほどの男には王や王家に仕えてほしかったがな。だが汝が忠義は北の離宮の主にのみ向けられているのだろう?」


「我が忠義はヤロスラヴァ姫に、そして全ての善なる生者と死者を護ると誓った」


「死者……死者か。やはり姫君は霊王なのだな」


「無論」


 ズィクムント卿は僅かに視線を上に逸らせた。それは過去を回想であるようでもあり後悔しているような仕草でもあった。

 彼は続きの言葉は言わず、台車をこちらへと押し出した。

 台車の上には水の湛えられた盥に加え、金属覆いが二つ、明らかに昨日より食事の量が多いことを示す。それ以外にも小箱やら何やら置かれていた。


「これは?」


「本来、姫が受け取るべきものを使用人たちが着服し、なすべきことをなしていなかったということだ。調査はまだこれからということになるが、差し当たって身嗜みなど調えるものをまずはお持ちした」


 さっと覆いをとれば昨日より明らかに多い食事量、そして品数。小箱を開ければ螺鈿細工の櫛や手鏡、化粧の道具などが入っていた。


「ふむ」


 こういったものには疎い自分ではあるが、それでも良きものであるようには見える。

 ズィクムント卿は懐から一つの封書を取り出した。上質な純白の紙に王の印による封蝋。

 彼はそれを台車の上に置いた。


「陛下から手紙を預かっている。差し支えなければ殿下に渡してくれ」


「随分と下手に出るな?」


 彼は溜息をついた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 使用人たち最低だな( ˘ω˘ )
[良い点] うーん。 陛下の下手に出る態度がこれまでの行いを悔いてのものならいいのですが、なーんか嫌な予感がしますね。 またダヴィトおこかな?
[一言] 下手に出るのは理由があるのでしょうね。
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