第38話
「来客への対応、ありがとうございます」
食堂に戻ってきた二人にわたくしは頭を下げます。
「俺への礼は不要ですよ、我が姫」
むむむ。
「それでは……、ご苦労でした、我が騎士?」
ちょっと不慣れで笑ってしまう感じです。
「それにしても登城を断ってしまって良かったのですか?」
「……覗いていましたね?」
ノートラント伯の瞳が隣にいるヴィートさんに向かいます。
「や、ヤロスラヴァ殿下はこの部屋から出ておりません!」
彼はぶんぶんと首を振りながら言いました。ああ、なるほど魔術ですか。とダヴィトの唇が動きます。
わたくしは席を示し、二人を席につかせました。
ええ、イザークが肉のソースが煮詰まる美味しそうな匂いと音を立てて、祝宴の続きを主張していますので。
「さて、姫のお許しもなく登城をこちらで断ったのは申し訳ありません。先ほどラド……、ノートラント伯が言っていたように、使者が来るという使者を立てていないとは問題です。あの場では使者の作法を問題にしましたが、実際のところ陛下が取り急ぎ呼び出そうとしたのでしょう」
「でも、急ぎの用事なら仕方ないのではないかしら?」
それにはノートラント伯が答えます。
「それならば急使を送るのですよ。作法が異なります」
なるほど、わたくしは頷きました。
伯はどこか困ったような視線を向けました。
「陛下と殿下は親子であられますから、親しい仲であればもっと気さくに呼びだしても良いでしょうし、罪人として幽閉されているならもっと強権的に呼んでも良いでしょう。ですが殿下は……そのどちらでもない」
「そう……ですね」
わたくしは罪人ではない。加護を理由に罪に問うたらそれは王国が教会から破門されるような問題となりますから。そして幽閉されて八年、最後に家族と会ってからもう六年か七年か……。とても親しい仲とは言えないでしょう。
ダヴィトが続けます。
「俺からも一つ。先日、イザーク殿が王城の中心部には霊除けの結界が張られていると言っていました」
「おう、言ったぜ」
イザークがそう言いながら料理を手に入ってきます。
「恐らく、王家ではそれが失伝しているのではあるまいか? あるいは北の離宮がその結界の範囲外と思われていないのか」
「なるほど、道理だな。そうでなければ姫を幽閉するのは城内の方が都合が良かったはずだ」
確かにそうですわよね。わたくしは、逆にここに来たためにお爺さまにも会え、魔術師として、死霊術師として研鑽を積むことができました。
「ともあれ、そのような結界があるなら、霊王たるヤロスラヴァ姫の力が十全に発揮できない場である王城は死地となり得る。王城への呼び出しは可能な限り断りたかった」
「なるほど……」
灰色の瞳が懇願するような視線を向けます。
「ご家族とお会いしたいという気持ちはあるかもしれません。ですが、王城は避けていただきたい。もし赴くことあれば、俺を帯同していただきたい」
「大丈夫よ。我が騎士」
わたくしは頷きました。
「さ。お話はその辺にして、メインの肉ですよ!」
「狩猟肉こそ王侯貴族の食する最上位の肉ですが、これはやはりフェダーク卿が獲ってきたもので?」
狩猟によって獲られた肉は家畜の肉よりも価値があるとされています。秋には貴族たちが狩猟場に行って狩りを楽しみ、その肉を食べるものです。
ダヴィトは伯をちらりと見ました。
「なんだ、まだ残ってたのか」
「保存の術式をかけていたからな。先だって陛下には献上したが、こういうのはちょっと手元に隠し持っておくものさ。こうして役に立つだろう?」
イザークが笑います。
「素晴らしいですね。ええ、その狩猟肉の中でもこいつは最上位でしょう」
イザークは楽しそうにこちらに視線をやりました。
最上位、何かしら。野ウサギは昔食べて美味しかった記憶があるわ。狐はあまり美味しくなかったかも。でも最上ってことはもっと大きな鹿とか熊とかかしら?
「若竜のステーキですよ」
まあっ、竜! 目の前に何も載っていない皿が並べられていきました。
そしてイザークの手元のまな板に盛られているのは分厚く、わたくしの掌くらいの厚みがある肉。
イザークはそれに包丁を入れていきます。
「竜の肉は美味いんです。でも硬く刃は通らない。だから魔力を抜いて、筋を切って、叩いて、肉質を柔らかくするソースにつけてから焼けば良い。それでも成竜の肉は噛み応えがありすぎるくらいだ。女性が食べるなら幼竜が最適だね」
わたくしたちの前の皿に肉が盛られていきます。厚めにスライスされた肉は、たらんと柔らかに歪み、硬さなど感じさせません。
「フェダーク卿、狩猟肉を食べる作法を知ってますか?」
「……いや? 何かあるのか?」
「これを狩った時の武勇伝を語ってもらいながら食べるんですよ」
使者の話はちょっとお預け。
フェダーク卿がノートラント領で竜を狩った時のお話を聞きながら、わたくしたちは竜のステーキを堪能したのでした。