第31話
わたくしが目を覚ますと、カーテンの裾が朝の光に明るく染まっていました。朝です。わたくしは欠伸を一つして、瞼を擦りながらベッドから這い出て、朝の支度をしようと寝起きの頭でスリッパを履き、ぽてぽてと階段を降りていきます。
エントランスホールにはいつも通り洗面の水が入った桶とタオル、食事の入った金属の覆いが載せられた台車がぽつんと置かれています。
「おはようございます」
しかし今日はその横に上衣を纏った騎士の姿が。
まあ、おはようございますと人から聞くのは何年振りでしょう!
そうでした。フェダーク卿が護衛をしてくださったのでした。
「おはようございます」
わたくしが挨拶を返すと、彼はぷいっと顔をそむけました。その横顔は赤く染まっています。
まあ、なぜ顔を合わせてくださらないのかしら。
「殿下、……それはいけません」
彼の指がわたくしの身体を指さします。
下を見れば寝巻き姿のわたくしの姿。もうサイズも合ってなくて袖や裾が短く、腕や膝下が丸出しのそれ……が……。
「ぴゃあ!」
わたくしは悲鳴を上げて二階に駆け上がりました。
わたくしは布団を被って羞恥に震えながらヘドヴィカを召喚、具現化して桶を取りに行って貰いました。うう、今度からは必ずそうしましょう……。
「申し訳ありません!」
着替えた後、朝食の席でフェダーク卿が謝罪なさいます。許可あるまで屋敷内に入る気はなかったのだと。明け方に使用人が水と食料を台車に載せてやってきたが、フェダーク卿の姿を見て逃げ出してしまったので、代わりに屋敷の中まで運んできたのだと。
「……不幸な事故でしたわ」
わたくしがそう呟くと、横で話を聞いているイザークがげらげらと笑い、ヘドヴィカに抓られました。
「まあ、ともあれこれから卿の叙任式です。急ぎ用意をいたしましょう。身を清めるのであれば屋敷の裏手に井戸があります」
「感謝いたします」
わたくしもできるだけちゃんとしたドレスを着なくては。
と言っても以前フェダーク卿が二度目に来て下さった時のものしかないのですが。
準備をしているうちにノートラント伯爵がいらっしゃいました。
階下でフェダーク卿とお話しされている間にわたくしも着替え終わり、下へと向かいます。
フェダーク卿は兜のみ外した甲冑姿。従者の少年でしょうか。彼の紋章が刺繍された旗を抱えています。
隣に立つノートラント伯もまた貴族としての正装をされています。
腰まで覆う裾の長いコートは淡い水色をベースに銀糸で飛び立つ鳥が、縁取りは色とりどりの花が刺繍されていて、まるで春の風景のよう。純白のフリルとクラヴァットは残雪でしょうか。
彼らはわたくしが降りてくると、礼をとられました。
甲冑の鋼が、コートに散りばめられた宝石や色硝子が光に煌めきます。
わたくしは頷くことで返礼とします。
「ヤロスラヴァ殿下が新たに騎士を迎え、我が友ダヴィト・フェダークが仕える主人を定めるという、この善き日に寿ぎを。叙勲の儀式の立会人として参加できることに喜びと感謝を」
ノートラント伯は仰いました。
「ありがとうございます、ノートラント伯」
「感謝する、ノートラント伯」
わたくしたちも言います。
「それと今、ダヴィトから聞きましたがこの屋敷に色々と不足するものを持ってきます」
まあ! ありがたいわ!
「感謝いたしますわ、伯爵」
「まずは食料と薪を持ってこいと彼から聞きました」
彼は周囲を見渡します。
「今日、ささやかながら祝宴を準備したいと思って運ばせていますが、そもそも使用人が足りないのでは?」
わたくしは首を横に振ります。
「ここで働くのは難しいでしょう。確かに人手は足りませんが、ある意味では十分なのです」
ノートラント伯は疑問を顔に浮かべ、ちらりとフェダーク卿に視線をやりました。卿は頷きます。
「用人は欲しいが、まずは連絡役がいればいいだろう。ヴィート」
「はいっ!」
騎士の従者姿の短剣を腰に吊るした少年が前に出ます。
「俺とこの屋敷、それとラドスラフと彼のタウンハウス。その間を行き来する伝令として働いて貰いたいが」
ヴィートと呼ばれた、おそらくわたくしよりも若い少年はノートラント伯に視線をやり、伯は頷きました。
彼は肯定の返事をしようとしましたが、フェダーク卿はそれを止めます。
「待て、結論は叙任式の後が良い。祝宴をするならその時にできそうか言ってくれ」
「……? はい」
ヴィートさんは首を傾げてから言いました。ノートラント伯が尋ねます。
「何か問題があるのか?」
「とても、ある。まあ叙任式に行けば分かるだろう。姫様」
フェダーク卿は口元をきゅっと結びました。緊張した表情です。
「ええ、みんなで移動しましょうか」
「移動ですか。この離宮の聖堂ですか?」
確かにこの離宮にもこじんまりとした祈りの場はあります。ですがそこではなく。
「いえ、もっと立派なところがあるのです」
「ほう」
「王家の墳墓に」
ヴィートさんがひぇっと声を漏らしました。





