第3話
思わず小さく歓声を上げれば、向かいに座る彼らと視線が合いました。
「ちょっと、恥ずかしいから見ないでくださる?」
「姫様が私たちにここに座るよう仰いましたので」
「喜んでくれて何よりっすわ。まだ残りあるんで明日も出しますね」
わたくしは羞恥に赤くなったであろう顔を隠しつつ頷きます。
「どうしよう、姫様が可愛い」
「当然ですわね」
さて、コンポートも平らげてしまい、朝食を終えました。
「……ごちそうさまでした。美味しかったですわ」
「恐悦至極にございます」
イザークはそう言うと、軽やかに立ち上がりつつ皿を浮かせて回収していきました。
ヘドヴィカが問います。
「姫様、本日のご予定は?」
「勉強に行きますわ」
つまり、いつも通り。特別な予定はないということです。予定などあったためしがありませんけどね。
「ではお供いたします」
ヘドヴィカの手には既にわたくしが羽織るための外套、そして膝掛けが一枚。
わたくしが外套を羽織ると、ヘドヴィカの振る手の向こう、音もなく扉が開いていきました。
外に出ます。レドニーツェの王城には三重の城壁があると習いました。
王城を取り囲む一の壁。旧市街を囲う二の壁。その外側に出来た新市街を囲う三の壁。
わたくしが住まう離宮は、一の壁の内側で最も北にある人の住まう建物です。
レドニーツェの歴史の中で、罪を犯した貴人は塔の牢に収監されますが、咎は無くとも決して人前には出せぬ者はこの北の離宮に留め置かれるのだそうです。
わたくしはその姿を他人に見せてはならぬと命じられています。
よってフード付きの外套を目深に被り、全身を覆い隠して陽光の下に出てきたのですが……。
「ひいっ」
こちらを遠くから監視している兵が悲鳴を上げると、手にした槍を取り落として懐から聖印を取り出し、祈りの言葉を呟き始めました。
わたくしの目の前で、誰も触れることなく手提げ燈が浮いているのが見えたのでしょう。
もし彼が霊を知覚できるような能力や魔術が使えるなら、手提げ燈を持つ女性の霊、ヘドヴィカの姿が見えたかもしれません。
わたくしたちは特に声をかけることはなく、そのまま庭を突っ切って北へと向かいます。
先ほど、わたくしが住まう離宮は一の壁の内側で最も北にある人の住まう建物と言いました。
つまり、これより北にもう一つ。人の住まぬ建物があるのです。
わたくしたちはその前に立ちます。
「それでは姫様。私はここで戻りますので。お昼には呼びに参ります」
「うん、ありがとうヘドヴィカ」
ヘドヴィカがわたくしに膝掛けを渡します。そして空いた片手を振ると、指先から火花が散り、手提げ燈の芯に火が灯りました。
ヘドヴィカはそれもわたくしに渡して、頭を下げました。
「じゃあ行ってきます」
わたくしが向かうその建物は、聖堂に似て、それよりもずっと静謐で、天井は低く、代わりに地下に広がる構造物です。
つまり、これは霊廟なのでした。
暗く、冷たい、日の当たらぬ石造りの通路。手提げ燈を片手に下り坂を降りて進んでいきます。
進むにつれ、霊なる者を知覚できるわたくしの瞳には、無数の霊が蠢いているのが映るようになります。霊廟内ではなく、こうして通路の方まで出てくるのは、長い時の経る間に大半は自我を喪い、漂うだけの存在となったものです。
「おはようございます、皆さん」
わたくしが声を掛けると、大半は無反応ですが、いくつかは首を傾げたり、何か言おうと口を動かすような仕草を見せました。
霊たちの間をすり抜けるようにして先へ。
通路が終わり、王家の血と文言により封印された扉の前に立ちます。
わたくしは扉の中央に嵌められた宝玉に手を翳して言いました。
「偉大なる開祖ルドヴィークの末裔たるヤロスラヴァ・レドニーツェの名において命ずる。開け、死の門」
触れることなく扉が開き、広大な空間が現れます。
ここが歴代王やその妃、臣籍降下しなかった王族たちが祀られる霊廟なのです。
何度も来ている場所ではありますが、ここに一歩踏み入るときは厳粛な気持ちになるものです。
手提げ燈では照らしきれぬほどの広間にわたくしは踏み入れ……。
刹那、空中から逆さ吊りの白骨死体が何体も落ちてきました。
そのうちの一体が歯を飛ばしながら大声で叫びます。
「わ!」
「ひゃあ!」
わたくしは驚きのあまり後ろに仰け反り、そのまま尻餅をつくように倒れました。しかしわたくしの身体が冷たい床に投げ出されることはなく、騒霊の手により柔らかく支えられます。
取り落とした手提げ燈もまた、地面から生えてきた白骨の手が受け止めました。
わたくしは転がった体勢で宙に浮きながら抗議の声を上げます。
「もう! 一週間前にも驚かすのはやめてって言いましたわよ!」
「ふひょひょひょ、そんな昔の事は忘れてしもうたなぁ」
ξ˚⊿˚)ξ次は明後日。2日に1話ペースで投稿しますよ。