第28話
「叙任式じゃ! 叙任式をせねば!」
「そうじゃそうじゃ!」
かつての王であったの霊の一人が言い、他の方々も賛同します。
騎士でもあった王は多いのです。それは彼らも戦場に立ったということであり、そうでなくともその時代の尚武の気風は王が騎士であることを求めたということもあります。
お爺さまも仰います。
「霊廟の祭殿を使うのが良いじゃろ」
確かに霊廟の最奥には教会の祭殿があります。王の墳墓ですから華美ではありませんが立派なものが。
「おお、そうだ。あそこを使うと良い」
「ついでに余の副葬品から剣を持っていけ」
「なにおう、お主の剣はもう錆びてるじゃろうが!」
「余の副葬品には黄金の拍車があるぞ!」
皆がわくわくとした視線をわたくしたちに寄越しました。みな、このようなイベントが楽しくて仕方ない様子。
「フェダーク卿……本当にわたくしにお仕えいただけますか?」
彼はしかと頷かれました。
「ご迷惑でなければ」
「迷惑など! 嬉しゅうございますわ」
その時、玄関の扉がノッカーに叩かれる音が響きました。
霊たちがさっと姿を消します。お爺さまも物陰に身を隠しました。
「若く見目の良い貴族の男性です」
最後にヘドヴィカがそう伝えて消えました。扉の向こうを見てくれたのでしょう。
「北の離宮に何用か! 名乗れ!」
フェダーク卿が声を上げると、扉の向こうから声がします。
「ああ、ダヴィト、やはりここにいたか。ノートラント伯、ラドスラフ・ガシュパルである」
フェダーク卿はわたくしに耳打ちします。
「俺の知り合いです。害はなさぬでしょう。招き入れても?」
み、耳元に吐息が!
「も、もも勿論ですわ!」
「ちょっと隠れていてください」
フェダーク卿はそう仰るとわたくしが廊下まで下がり、玄関から見えなくなるのを待って、扉を開けられました。
「どうした、ラドスラフ卿」
物陰からちょっと頭を出して様子を見ます。
「どうしたではないよ。あんなこと言って帰ってこないから、陛下に捕まってるんじゃないかと心配しただけだ」
「む、確かに」
フェダーク卿の背中に隠れ、伯の姿は殆ど見えませんが、親しげな雰囲気ではあります。
ノートラント伯はフェダーク卿が現在身を寄せているところとお聞きしました。伯爵閣下自ら探しに来られたのでしょうか。ああ、でも城内の離宮まで来るとなると使用人では無理ですものね。
フェダーク卿が仰います。
「陛下たちもそうだし、妙な貴族たちがやってこないとも限らんからな。急ぎここに来て門を護らせて貰えぬかと姫に話していたところだ」
「それはお前がすべきことか?」
「ラド、お前ここまで来るのに兵に誰何されたか?」
「ああ……確かに。されていないな」
フェダーク卿が以前仰っていたように、外の兵たちがわたくしの護衛として機能していない、見張りとしても敷地から出ないようにくらいしか見ていないということなのでしょう。
「ラド、いやノートラント伯」
「なんだ、改まって」
「俺はヤロスラヴァ殿下を真の主人と見定めた。これより彼女の騎士となる。伯の食客としての恩も返せていないが、すまない」
フェダーク卿が、がばりと頭を深く下げました。
ノートラント伯の顔が顕になります。なるほど、金髪に端正な顔。ヘドヴィカの言うように見目の良い方です。
彼とわたくしの視線が合いました。わたくしはどきりとしましたが、彼は何も言わずに片目を閉じて見せます。
「なに、君は良く働いてくれたさ。借りだなどと言わないでくれよ。それより、遍歴の騎士たる君が主人を見定めたことに、おめでとうと言わせてくれたまえ」
「忝い」
「私も姫君にお目に掛かりたいなぁ」
ノートラント伯爵がそう仰ると、フェダーク卿の身体が揺らいだように見えました。魔力の波動。恐らくは殺気や覇気といったものでしょう。
「……お前を、この女たらしを、姫君に、会わせるだと?」
「ちょっと、一応私は伯爵だぞ! 殺気を飛ばすな!」
「……失礼いたしました」
「やれやれ、どちらにしろ貴族の後ろ楯もあった方が良いだろうに」
どうなのでしょう。わたくしが北の離宮にいるだけなら後ろ楯の必要も意味もありません。しかし、フェダーク卿をここに縛り付けるわけには行かないのも分かります。ノートラント伯はそれも考えておいでなのでしょう。
「……そう、だな」
「だいたい私は黒騎士卿の想い人に手を出すほど無謀ではないよ」
まあっ!
「想い人などではない!」
……しゅーん。
「馬鹿言うな、女の話など一切せず、女など全て遠ざけてきたお前から、初めて出てきた名前だぞ。しかも会って数日で彼女を主人と仰ぎ仕えようというのだ。それが想い人でなくてなんだというのだ。ねえ! ヤロスラヴァ姫!」
突然、ノートラント伯がわたくしの名を呼び、フェダーク卿が振り返りました。
隠れることもできず、目と目が合います。頬が紅く染まっていくのを感じました。