第25話
「いえ、それはないでしょう。……仮にそうだとすれば加護を賜ったばかりの八歳の子供が幾人も殺してしまうことになるはず」
わたくしは首を横に振り、お爺さまの鼠の頭は縦に揺れます。
「加護とは大いなる神の力の極一端。しかしそれですら人の身には余る故に、幼き頃に与えられるそれはさらに制限が為されている」
ふむ、納得のいくお話です。
「人の成長、学習、修行によりその制限が外れていくことを、階梯を昇るという。階梯を昇るには、その加護に応じた学びを、訓練を、修行をせねばならん」
「神への信仰は関係ないのですね」
「うむ、ない。もしあるのなら教会は世界を牛耳っておるはずじゃ」
「なるほど。先ほどのお話で言えば、パンを美味しく作る加護を持つ人がパンを作り続ければ、パン作りの腕前も上がるし、その加護の階梯も昇ることができる。わたくしがパンを作ってもパン作りの腕前は上がっても、霊王の加護の階梯を昇ることはできない」
加護あるものはその道に関して倍の上達をするようなものですかね。
「なになに? 俺の話?」
イザークが壁からひょいと顔を生やしました。
ヘドヴィカが顔を顰めます。
「イザーク、玄関から入れと言ってるでしょう」
「いや、なんか俺の話しているっぽかったからさ。パン焼く加護だろ?」
わたくしは彼に手を振ります。
「お帰りなさい、お疲れ様でした、イザーク。貴方の話ではありませんが、パンを美味しく作る加護という話をしていました。貴方の加護はそうなのですか?」
「言ってなかったっけ。俺竈の王だったの。んじゃお菓子でも作ってくるわー」
そう言ってひょいと壁の中に沈みました。
ヘドヴィカが謝罪します。
「すみません、イザークが失礼を」
「いいのよ。竈の王、イザークのご飯美味しいもの」
「あの性格ですが、国王が死ぬ際、共に霊廟に葬られることを望まれるほどの腕前ですからね」
「あやつ……王位の加護持ちじゃったのか……。まあ話は戻すがそういうことじゃ。スラヴァちゃんの霊王であれば霊との交流、死霊術の使用で階梯を昇ることができる。使役できる霊の数が増えているのはそのためよ」
確かに。最初に使役できたのはヘドヴィカ一人だけだったのです。
今はあの霊廟にいた望む霊全てを使役してもまだ余裕がありますから。
お爺さまはそこで咳払いされ、わたくしに問います。
「では殺戮者の加護の階梯を昇るには、それも触れずして命を奪うほどの領域にまで至るにはどうすれば良いのだと思う?」
「……剣の修行をするのでは、ダメなのですね」
「剣王を筆頭に、剣や武にまつわる加護であれば剣を振るだけでも階梯は昇れようがな。それではダメだ」
お爺さまは決定的な答えを口にはしません。ただ、無機質な白い眼窩でこちらを見つめるのみ。その答えはわたくしの口から言わねばならないということでしょう。
わたくしは噛み締めるように答えを口にのせます。
「フェダーク卿。彼は数多の命を奪うことで、その力を手にしている」
…………
決闘が終わった。
終わってすぐは静まり返っていた客席が、ヤロスラヴァ姫の名を出したことにより騒つく。
俺は彼の姫の名は、噂はほとんど知らなかった。辺境で生まれ育ち、遍歴をしていたが故に。だが王都の貴族、民にはその名は良く覚えられているようであった。
陛下の近侍が俺の名を呼ぶ。
「黒騎士ダヴィト・フェダークよ」
俺は貴賓席の前へと歩み、跪いた。
「は」
陛下は立ち上がり、直々に声をかけた。
「汝が勝利を讃えよう。その技の冴えは比類なきものであったと余の胸に刻まれた」
「この上なき名誉、感謝いたします」
「少々歓談したい。この後登城せよ」
こうして決闘は終わり、俺は連日、城へと向かうこととなった。
今日通されたのは謁見の間ではなく、より奥へ。王の私的に近い部屋である。
城内にしては比較的落ち着いた色合い、それでも華やかに感じるのは北の離宮の応接室と比べてしまうからか。
先に通され、陛下が来るのを待つ間、調度品の白磁の花瓶に挿された薔薇の花を見て思う。
ああ、あの離宮には花がなかったのかと。
「フェダーク卿、待たせたか」
陛下が僅かな供を従えていらっしゃった。
「いえ、然程には」
俺は跪いて迎える。
「まずは楽にしてくれたまえ。勝者よ、汝に栄あれ」
陛下は俺の向かいの席へと座ると、俺の勝利を讃える言葉を告げた。そして俺が座るや否や、言葉を続けた。
「北の離宮に出入りしていたようだな」
ふむ……まあその話か。
俺は当然のこととして、北の離宮に俺が行ったという連絡があると思っていたが、どうやら決闘まで知らなかったようだ。完全に姫を放置していたというべきか。
「ここ三日ほど伺わせていただいています」
「何故か答えよ。そして何を見聞きしたか話せ」