第24話
「きゃー!」
わたくしは椅子に座って思わずぱたぱたと足を動かしました。
「すごい! 強い! 素敵!」
「ぬぅ……触れるまでもなく命を奪うだと……? 恐るべき魔技じゃな……」
机の上ではカイェターンお爺さま……の鼠がぷるぷると震えています。
わたくしは北の離宮から出ることができません。
ですがイザークに飛んでいって貰って、闘技場の片隅で決闘を観戦して貰っているのです。
そしてわたくしたちは知覚共有の術式を使用して、彼の目で見ているもの、彼の耳で聞いているものを覗いているのです。
フェダーク卿が素人目にも分かる美しき所作で剣を振れば、相手の方が倒れました。それはまるで物語の一節のよう。
闘技場の中央にたつ審判かしら。彼が手を上げてフェダーク卿の勝利を宣言なさいました。
フェダーク卿は剣を鞘に納め、盾を置くと兜を脱がれました。
黒い髪と凛々しいお顔が露わになります。
そして兜を天に掲げられました。わたくしのドレスの袖だった布が風にたなびきます。
「この勝利を我が貴婦人。幽閉されしヤロスラヴァ・レドニーツェ姫に捧ぐ!」
「まあっ……!」
わたくしは口元に手を当て、息を呑みます。
貴婦人ですって! 貴婦人ですって!
わたくし、結婚はおろか、デビュタントパーティーすら参加しておりません。婦人と呼ばれるには相応しくないのは承知しております。
それでもこの言い方は騎士物語の定番ですわ!
足がぱたぱたと動きます。
「あー、スラヴァちゃんが顔を薔薇色に染めておるー。これはもうダメじゃー」
何かやさぐれた声がします。
フェダーク卿は兜を抱くと、こちらを見つめて跪かれました。
なんてこと!
わたくしが、いやイザークが見えているわけでもない筈なのに、ちゃんとこちらに礼をとってくださるだなんて!
「いや、うん。北の離宮に向けて礼を取っただけだとわしは思うなー」
いや、北の離宮を向いてくれていたのなら、それは結局わたくしに礼をとって下さったということなのでは?
共有する知覚の中では、わたくしの名を出された闘技場が大きくざわめいているのが分かります。
父さま……、国王陛下がフェダーク卿に二、三声掛けされました。
おそらく、わたくしと卿のなれそめなんて聞いちゃってるのではないでしょうか!
「イザーク、ありがとうございます。戻ってきてくださいまし」
「御意ー」
軽い思念が返り、知覚の共有が切断されました。
「スラヴァちゃん!」
鼠の骨格がぱしぱしと机の天板を叩きます。
「お爺さまは許しませんぞ!」
「あら、何をかしら」
「わしの眼が黒いうちは黒騎士フェダークとの付き合いは許しません!」
まあ!
「お爺さまにはもうお目目はありませんから、許してくださるということですわね?」
「しまった、ついアンデッドジョークを……!」
鼠の骨格が頭を抱え、控えているヘドヴィカが溜息をつきます。
「カイェターン様、愛や恋というのは生者のためのものです。我々死者がとやかく言うものではありません」
「むぅ……」
「ですが、かの騎士殿にご懸念がおありなら、そこは茶化さずきちんとご説明なさるべきかと愚考いたします。……過ぎたことを発言いたしました」
そう言って彼女は淑女の礼をとり、再び壁際へと控えました。
お爺さまの使い魔である鼠は机の上でうろちょろと落ち着かない様子で歩き回ると、わたくしの正面で動きを止めました。
「スラヴァちゃん」
「はい」
「勉強し、練習することで、誰しもが学び、熟達することができる」
お爺さまはあまり関係のないようなことから話し始められました。わたくしは黙って頷き、肯定の意を示します。
「スラヴァちゃんがパンを焼き、料理を覚えようとしたとしよう。最初はパンが膨らまなんだり、焦がしたりと失敗するやもしれん。だがいずれは熟達し上手く焼けるようになる」
まあ、料理をしたことはないですがそうでしょう。イザークに教われば早く覚えられるかもしれません。
「学問も剣などの武術も同じじゃ。だが、今のフェダーク卿の技、あれは剣技であったか?」
わたくしは少し考えて話します。
「わかりません。わたくしは剣が振るわれるのを見たのは初めてですから。ですが、卿の剣は明らかに相手に触れることなく倒していました。それはどちらかというと魔術に似ているように思いました」
例えば呪いの術式。手元にある人形を傷つけることで、遠く離れた人間を傷つけるなどというのも魔導書には載っていましたし。
お爺さまは頷きます。
「うむ、魔術というよりは神術、神の力であるな。あれはあやつの加護の力よ」
「殺戮者……ですか」
「左様。殺戮者とは忌まれるものであるが、希少な加護であることは間違いない。希少な加護は力が強い。それは神の力の一端をより大きく担うことのできる器であるからとされるが……まあその話は良い」
お爺さまの仰ることは分かります。わたくしの加護である霊王は、魔術を学んでない頃の幼きわたくしが、霊を知覚して術を行使できる程のものだったのですから。
「では問おう。殺戮者の加護さえあれば、離れた人間、それも鍛え上げられた騎士を殺せると思うか?」