第22話
決闘は近衛の訓練場でやるのかと思っていたが、わざわざ闘技場を使うらしい。
貴族たちから広く見たいという要望があったとか、戦に向けて鼓舞するためとか、ラドが理由を並べていたがあまり興味はない。
剣はどこで振っても剣である。
ヴィートに旗を持たせて俺の前を行かせる。
そこには俺を示す合成獣の描かれた盾の背後に、黒騎士の証である交差した黒剣の描かれた紋章。
厩舎から馬丁を一人借りて轡を引いてもらい、俺は馬上に揺られて街を見る。
路上や二階の窓から俺に手を振る者たち、馬と併んで走る子供。
顔を背ける者も中にはいるが、なるほど、王都において黒騎士フェダークの悪評はそこまでではないらしい。
闘技場の門を潜れば歓声が俺を出迎え、鋼の鎧を震わせた。
驚くばかりの人の数であった。
古来、決闘とは、それも御前試合とは。王と限られた見届け人たちの前で行われたものであるはずだ。
それは騎士の技は見せ、魅せるための技ではなく、秘するものであるから。
太刀筋とは、見ればその対策の技が生まれるものなのである。
オンドジェイ王が、あるいはその側近たちがなぜこの決闘を公にしようと思ったのかは分からん。ラドの言うように民の人気取りか士気高揚のためか。
まあ関係ない。騎士は騎士である。言われた戦場で戦うだけだ。
「ここまででいい」
俺はヴィートたちに声を掛ける。
「俺の背後の壁際に身を寄せていよ」
俺は下馬して闘技場の中央へと歩み出た。
向かいには既に着いていたボハーチェク卿の姿。家門の者か、配下か、騎士仲間か。多くの武装した者たちを従えている。
「決闘だというのに群れているのか?」
「安心せよ。手など出させん」
どうだかな。俺は溜息をつき、呟いた。
「死者の数が増えねば良いが」
彼らは顔を赤くして食ってかかろうとしたが、高らかな喇叭の音がそれを遮った。
貴賓席に向かって膝をつく。
「オンドジェイ・レドニーツェ国王陛下の御成である!」
誰もがそちらに頭を垂れた。闘技場に沈黙が行き渡るまで暫し。
「面を上げよ」
見上げれば、お越しになったのは陛下と王子殿下が三名か。姫君の姿はなし。
「勇猛なる騎士、エドムント・ボハーチェク卿が、最強の騎士たる黒騎士、ダヴィト・フェダーク卿に黒騎士の地位を賭けての決闘を願い出た!」
歓声と、足で床を打ち鳴らす音が響く。
「ダヴィト・フェダーク卿はそれを受け入れ、この決闘が成立したのだ! フェダーク卿は決闘を受ける対価として、彼が勝利した場合、王国軍に代わりの騎士か兵士を帯同させるようにと言った、正に愛国の士である!」
この辺りの言葉も演出的である。
立会人として紫の正装を着込んだ宰相閣下と、煌びやかな黄金色の鎧を装着した近衛の長が砂地をこちらへと近づいてくる。
王国でも屈指の剣の達人と名高い人物だ。
挨拶と決闘に関する注意事項を二、三告げた後に近衛の長がこちらにのみこっそり声を掛ける。
「災難でしたな、フェダーク卿」
俺は苦笑する。
「どこへ行ってもこの手のはついて回る。これは黒騎士になって直ぐに思い知らされましたよ」
「うちの若いのにも決闘を挑んで良いかなどと上官に言ってくるのがいましてな。殴って止めたらしいですが」
「まあ、今日を境にそれもなくなるでしょう」
「ほう?」
俺は頭を指差す。
おりしも吹いた風により、精緻な透かし編みがたなびいた。
「全力で勝利を捧げにいきますので」
「ほう! 卿はついに仕えるべき主人を見出されたのか?」
北の離宮の方角に目をやる。見えるのは闘技場の壁と観客たちであり、彼女も離宮も見えるわけではない。
だが、黄金の髪に蒼空の瞳の彼女の姿がそこにあるような気がした。
もちろんただの錯覚であろう。頭上の布が俺に高揚感を与えているに過ぎない。
「主人としてどうかは分かりませんが、心を捧ぐべき女性と思っていますよ」
「それはめでたい! だが卿の全力ですとな?」
「ええ、立会人のお二方には即座に離れていただきますよう。宰相閣下は砂地を出てもらったほうが良いでしょうな」
「ふむ?」
彼は困惑したような声を上げる。
「ここにいては死にますので」
ボハーチェク卿は壁際に戻って乗馬した。従騎士より突撃槍を受け取っている。
対して俺は闘技場の中央で動かず、兜の面を降ろした。
「臆したか! はやく馬に乗れ!」
ボハーチェク卿と共にいた男の一人が叫ぶ。
俺は言い放つ。
「すまんな、全力でやるとした以上、馬は耐えられんのだ」
そして俺は腰の剣を抜いた。





