第19話
ξ˚⊿˚)ξすいません、予約投稿が切れてました(汗
大丈夫です、36話までストックはありますんで……!
「白騎士はともかく、黒騎士はそういった騎士の高潔さとは無縁であるぞ」
カイェターンお爺さまがそう仰います。
黒騎士と言えば個人の武勇が最強であるという騎士の称号です。それは戦場か決闘において黒騎士を打ち倒した騎士のみが、新たな黒騎士を名乗れるがために。
同じく最高位の騎士の称号としての白騎士は教会の総本山が当代の最も優れた騎士に与えるという名誉称号です。武勇よりも騎士として守るべき徳目を護り、騎士道に殉じているかによって判断されると言います。
ですが……。
「お爺さま、それは黒騎士という一般論であって、フェダーク卿という個人のことではありませんわ。わたくしは彼を見て高潔な方と思ったのです」
お爺さまががくりと項垂れます。
「うう、スラヴァちゃんはスラヴァちゃんは箱入りで、生身の男を見たことがないからそんなことを言うんじゃぁ……」
まあ、そう言われてしまえばそうなのかもしれませんけども。
「おや、姫様」
ヘドヴィカが声を上げました。
「何かしら?」
「その話題の黒騎士、フェダーク卿が離宮へと向かってきていますよ」
「まあ、今日は来ないと仰っていたのに! ヘドヴィカ、急いで髪を整えて! それとシェベスチアーン、イザークに軽食の用意をしてもらうように伝えたら応接室を整えて!」
わたくしは机の上にぺいっとお爺さまを置いて、身嗜みを整え、出迎えの指示をします。
お爺さまは机の上で何やらめそめそ嘆いておられましたが、後で聞きますから!
そしてわたくしは急ぎ階下へと向かいました。
…………
ドレスと髪型を少し整えてもらい、応接室へと向かいます。
ソファーの上にはフェダーク卿が座られ、茶を喫されていました。
謁見の間から直接いらしたためでしょう。黒いお髪はぴしっと固められ、お召しになっている服もまた黒騎士としての正装なのではないでしょうか。纏われているゆったりとした上衣は胸元に勲章が輝き、背は黒く、裏打ちは緋色のものでした。
「まあ、騎士さまは今日はいらっしゃらないはずでは?」
「招かれてもいないのに申し訳ない」
そう言うと彼は立ち上がり、わたくしに跪いて礼をとってくださいます。
「ヤロスラヴァ姫君におかれましてはご機嫌麗しゅう」
「ありがとう。面をお上げください、フェダーク卿。わたくし、怒っている訳ではなく、嬉しく思っていますの。本当よ」
そう言って、ソファーに向かい合って座ります。
「素敵なお召し物ね。今日は王城へ?」
「ありがとうございます。……謁見の栄誉賜っておりました。とは言え、多くの騎士が招かれたうちの一人という形ではありますが」
話を聞くと、やはり戦が近づいており、その動員のための招集であったと。
わたくしは壁際に立つシェベスチアーンの方にちらりと視線をやりました。
彼は表情を動かさず、頷きました。
「フェダーク卿も戦に行かれてしまいますのね」
「ええ、それが騎士の務めなれば」
「わたくし、この離宮から毎日、卿のご武運を祈っておりますわ」
卿が来られなくなってしまうのは寂しいですが、そのような我儘を言う訳には行きません。
わたくしは紅茶で口を湿らせます。
カップをソーサーに戻した時、カチカチと小さく音を立ててしまいました。
膝の上、右手を左手で押さえます。
「失礼しました」
「いえ」
卿はふいと目を逸らし、窓の外を眺めます。
彼はわたくしの手の震えには気づかなかった。そういうことです。
「出陣はいつになるのでしょう」
「一週間後です。ただ……」
彼は言い淀みました。
わたくしは首を傾げて待ちます。
「黒騎士は挑まれた決闘を受けねばならないという規則はご存じでしょうか」
「いえ……」
なんと、それは気が休まりませんわね。
「黒騎士はただ、個人の武が最強の騎士とされる者に与えられる称号です。……俺は自分にそう名乗れる程の力があるとは思えませんが」
「そうなのですか?」
卿は頷きます。
「俺は今二十六で、それでも歴代の黒騎士としては若いですが、黒騎士になったのは二十歳の頃、明らかに分不相応でした」
「やっかまれた……ということですか」
「ええ。まあ当然のことです。黒騎士ともなれば、どれほどの研鑽の果てにその位に至ったのか。あるいは逆にどれほどの暴虐を以ってそれだけの力を得たのかと思うでしょう」
彼は笑みを浮かべる。
「もちろん、幼い頃の俺もまた、酒場や祝いの席で吟遊詩人が語る武勲詩、騎士物語、英雄譚に心躍らせたのだから」
なるほど、わたくしでも騎士物語に憧れたりするのです。それが殿方であればどれほどでしょう。
「……それ故、フェダーク卿は遍歴の修行を続けておられるのですか」
彼は少し驚いたような表情を浮かべ、ぴくりと身動ぎされました。
「昨日の続きの話をしましょうか」
わたくしは頷きます。
「ツォレルン帝国との小競り合いの中で首級を上げたことで、まだ若輩ながらエーガーラント辺境伯に騎士として叙勲されることとなりました。そしてその次の戦いで帝国はかなり大きな戦力を差し向け、エーガーラントはかなり押し込まれたものの、なんとか領地を守り切ったのです」
「フェダーク卿も活躍されたことでしょうね」
「ええ。ただ問題は戦の後に帝国の使者がやってきてからだったのです」
わたくしはこくこくと頷き、話の続きを待ちます。
彼の灰色の瞳が遠く過去を見ているのが分かります。
「使者は黒の上衣を抱え、こう言いました。『貴殿が次代の黒騎士である』とね」
まあ、なんと。
「乱戦の中、無我夢中で戦い、俺が倒していた。そういうことらしい」
「別にそれは戦のならい、卑怯な振る舞いという訳ではありませんわ」
彼は頷きます。
「ありがとう。無論そういう意味で俺に問題はない。もしそうであれば、黒騎士は空位になっていたはずだから。ただ、ここで問題が起きました」
なんでしょう、分かりませんわ。
「先ほど言った、黒騎士は騎士からの挑戦を拒めないということです」
思わず息を呑みます。
「同じ辺境伯領を護る騎士たちから、という事でしょうか」