第18話
俺はゆっくりと、彼のみならず、この謁見の間の全ての騎士に聞こえるように告げる。
決闘など、幾度も繰り返す気はないからな。
「黒騎士に挑む決闘の結果、どちらかが不具となる傷を負っても、死んだとしても。本人も家門の者もそれを恨んではならず、それを理由としての決闘・私闘を禁ずる」
ボハーチェク卿は自信を崩さず頷く。
「承知した」
「黒騎士は挑んできた者に、決闘の対価を要求できる。ただしそれは常識的な範囲であると立会人の認めるものでなくてはならない」
俺は振り返り、陛下の方を見る。隣に立つ宰相閣下が言う。
「立会人は私が務めよう」
御前試合の要求だからな。そうなるか。閣下は陛下と二、三耳打ちされ、こう続けた。
「出兵までの日時からして、決闘は明日の正午とする。また、これ以降今回の戦が終わるまでの間、黒騎士卿への挑戦は禁ずるものとすると陛下は仰せである」
「御意」
騎士たちも頷く。
俺はボハーチェク卿に向き直り、彼に要求を告げた。
「では対価を要求しよう。父母と妻子がいれば彼らと、仕えている主に卿が死んだ場合の遺書を書くことだ。そこには卿が自らの意志で俺に戦いを挑んだこと、恨んではならぬ旨を。加えて仕えている主には、卿の代わりとなる騎士一名か兵士十名を送るよう記せ」
「フェダーク卿は戦いもせず、私が負けると言いたいのか!」
ボハーチェク卿が激昂する。俺は首を横に振った。
「負けるのではない。死ぬのだ。俺に決闘を挑んで生きて帰ったものはいない。戦の前に騎士を減らすような決闘を仕掛けてきたのだから、その責を負え」
「立会人はその要求が正当なものと認める」
宰相閣下がすかさず言った。そして俺にだけ聞こえるよう近づき、こう続けた。
「……フェダーク卿、感謝する」
…………
わたくしは自室の窓から景色を眺めます。
代わり映えのしない景色。これでも数年前は全く手入れされておらず、草がぼうぼうに伸びていたのを、造園士の霊を召喚して整えたのですけど。
霊廟にそういった経験のある者が埋葬されていたのは幸いでした。
「はぁ…………」
とは言え、花の種が手に入るわけではありませんし、王城の他の庭園から盗んできても目立つわけにはいきませんからね。
外からは見えず、この窓から見えるところに、背の低い花の小さな花壇を用意してもらった程度なのですけども。季節は晩秋から初冬、花も枯れ、寒々しい景色が広がっています。
「はぁ…………」
フェダーク卿は今日はいらっしゃらない。
ヘドヴィカの遠見によれば騎士の方々が王城に集められているとのことで、昨日シェベスチアーンの言っていたように、戦が近づいているのかもしれません。
「姫様……」
ヘドヴィカが心配するような声を上げます。
「大丈夫よ、ヘドヴィカ」
「いえ……あの……」
「なんたること……なんたることだ!」
ヘドヴィカが言い淀んでいると、背後、部屋の中から声が響きました。いや、それは声というよりは思念。精神感応の類でしょう。
振り返れば部屋のテーブルの上、白くて細いものの塊が動いています。
それは骨でした。ただ、人のものではありません。もっと小さくて四足で動く……鼠さんですね。
それも骨格標本のような完全なもの。それがぷるぷるかたかたとひとりでに動いています。
「スラヴァちゃんが……スラヴァちゃんが恋煩いをぉぉ……!」
鼠さんの骨格は後脚で立ち上がり、前脚で頭を挟むとぶんぶんと頭を振りました。
「えーっと、ひょっとしてカイェターンお爺さまですか?」
「無論じゃ!」
鼠さんは胸を張るような動きを見せました。
「お爺さまは鼠になってしまわれたのですか?」
鼠さんは手を顔の前で振ります。
「いやいや。前も言ったように、わしはあの霊廟に封印されておるからの。使い魔を用意して、そこに憑依しているのじゃ」
わたくしは鼠さんをそっと掬い上げるように持ち上げました。
そして指で頭や背骨を撫でます。なかなか可愛いですわ。
「ぐへへへ……」
可愛くない鳴き声が上がりました。
「そうではない、スラヴァちゃん! あのフェダークという男はだめ!」
「まあ、何がダメですの?」
「死の加護の気配が強い、不吉じゃ!」
「わたくしはより強い死の加護を持っているのですが不吉ですか?」
つい眉が寄ってしまいます。
「いや、そうではない。き、危険だ! 男は狼なのだ!」
「まあ、お爺さまも狼なのですか?」
「うぬう、そういう訳では……」
ふふ、狼ではなく鼠さんですものね。
「大丈夫ですわよ。彼は立派な騎士さまでしたわ」
お爺さまの憑依した鼠さんは、感情を持て余すかのようにわたくしの掌の上でぐるぐるじたばたと暴れます。