第15話
「話すなら俺なんかではなく、もっと口の上手いやつを連れてくるべきでしょう」
「ここ四年間くらいでこの離宮に来てくださったお客さまは、フェダーク卿だけなのですわ」
沈黙が落ちます。
「フェダーク卿、主人とご歓談いただけませんか?」
ヘドヴィカが声をかけました。
「見ての通り、姫殿下の話相手は我々死者のみ、この北の離宮とその周囲から出ることも叶わないのです」
死者の霊たちは長く現世に留まることで感情がすり減っていきます。
そして死霊術師もまた、死者たちとの交流の中で感情が失われていくと言われます。
屍王であるカイェターンお爺さまが殊更にふざけてみせるのも、精神の摩耗を防ぐため……のはずなのです……たぶん。
フェダーク卿は嘆息されました。
「遍歴の騎士である俺が、姫君の楽しめる話などできるとも思いませんが」
「まあ、遍歴の騎士を。すごい、騎士道物語みたいね!」
「実際にはそんないいものじゃありませんよ」
「ねえねえ、どちらを旅されたのかしら? あっ、お話してくださるならお待ちになって、今日はおもてなしの用意がありますのよ」
わたくしが思わず胸の前でぱちりと手を叩くと、扉が開きます。イザークがカートに料理とお茶を載せて入ってきました。
フェダーク卿は騒霊によりひとりでに動いて淹れられているお茶を気味悪げにみていますが。
「どうぞ、召し上がれ」
彼は並べられた軽食とお菓子、紅茶を仇でも見るようにじっと見つめます。
「……いただきます」
そしてえいやっと、ローストビーフののった薄切りのパンを摘んで口に運ばれました。
「……美味い」
「まあ、それは良かったわ」
わたくしも小さくカットされたパイ生地のパンを摘みます。中からとろけでる林檎の甘みと、ケシの実の香り。
イザークったらどこで材料を探してくるのかしら。思わず笑みを浮かべると、彼はこちらに親指を立てて見せました。
二人で軽食やお茶を楽しみつつ話をします。
「殿下には……」
「ヤロスラヴァと呼んでくださいまし」
「……ヤロスラヴァ姫はここに幽閉されながらも、霊を使役することで生活できているということでしょうか」
わたくしは頷きます。
「はい、わたくしは死霊術師なのです。そもそもそれ故に家族から疎まれ、ここに幽閉されているのですが」
フェダーク卿はじっとこちらを見つめています。下位の家格の者が、貴人に与えられた神の加護を問うのは失礼に当たりかねませんから、どう話すべきか迷われているのでしょう。
しかし、わたくしはここまで能力を示しておいて、それを秘していても仕方ないですから言ってしまいますわ。
「わたくし、霊王なのです」
彼は嘆息されました。そして目を閉じ、暫し考えられると、眉根を寄せて言われました。
「それは、苦労されましたな」
その声音は労わるようで。わたくしは込み上げるものを感じました。
「っ……はいっ」
「死や殺戮の名を冠し、死を撒き散らす加護は嫌われる。それが生と死の境界を破る加護であり、かつての魔王の権能とあれば尚のこと」
「はい……」
随分と実感の籠った言葉です。
「先ほど、姫君は俺の話を聞きたいと仰いました」
わたくしは頷きます。
「俺が神より与えられた加護は殺戮者です」
背後に控えるヘドヴィカやシェベスチアーンが息を呑み、身じろぎする気配がしました。一流の使用人たる彼らにはあり得ぬことですが、それだけの衝撃だったのでしょう。
殺戮者。わたくしは存じ上げませんが、その響きだけでも忌まれる加護であるのは間違いありません。
「教えてくださいまし、貴方の話を」
「あまり愉快な話にはなりませんよ」
わたくしは頷きます。フェダーク卿にとっても辛い話を思い出させてしまうのかもしれません。なるほど、彼が遍歴の騎士をしているのは物語のような浪漫ある話ではなく、そうせざるを得なかったのかも知れません。
ですが世に望まれぬ加護を身に受けた先達として、彼の話をぜひ聞かせていただきたい。そう、強く願いを込めて。
「……俺、ダヴィト・フェダークが生まれたのは今はなきエーガーラント辺境伯領。レドニーツェの北西、ツォレルン帝国との国境沿いにあった土地です」
彼は訥々と話し始めました。
「それは……」
シェベスチアーンが声を漏らします。しかしそれは空気を震わせることはなく、わたくしの耳へのみ届きました。
わたくしがちらりとそちらを見ると彼は首を横に振り、歓談の邪魔をしたと言うように頭を下げましたので、わたくしは再びフェダーク卿の言葉に耳を傾けます。