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第13話

 わたくしはスカートの真ん中ほどを摘み上げ、そこに白骨を何本か載せます。今回わたくしに従うこととなった王族の方たちの骨です。

 実のところシェベスチアーンをはじめ、使用人たちの骨は全て、各人の骨の一部を既に北の離宮に運びこんでいますから、向こうで召喚することが可能なのです。


 兵たちに見つからないようこそこそと周囲を警戒しながら屋敷に戻ります。


「イザーク! ヘドヴィカ! おもてなしの準備をするわ!」


「うぃす。軽食はもう用意してますよ」


「まあ、姫様。こんなにたくさん骨をお持ちになって」


 わたくしは食堂の隅、骨置き場になっているところに追加でそれを並べていきます。


「みんなを呼び出すわ」


「まあ、魔力は足りるのですか?」


「うぇー」


 イザークが顔を顰めました。


「どうしたの?」


「ほら、今までは気楽にやってこれたけどお煩い方がね」


 わたくしの背後に昏い陰が落ちました。影は鼻の下、ピンと横に伸びた髭を扱きながら具現化し、イザークへと歩み寄ります。

 シェベスチアーンです。


「ほほう、それはどなたのことですかな?」


「げっ、も、もういらしたのですか?」


「先ほどヤロスラヴァ姫と契約を結びましたからな。で、イザーク。姫に仕えるのに気楽とは何事です?」


「す、すいませんっしたぁ!」


 そう言いながらイザークは厨房へと逃げ出し、シェベスチアーンは嘆息しました。


「あれで、料理の腕前と知識は随一というのですからな。困ったものです」


「イザークは限られた食材で美味しい食事を作ってくれるわ。感謝しているの、本当よ」


「ええ、そうでしょうとも」


 わたくしはテーブルの上に骨を並べ、喚起の詠唱を行います。


「霊王の字を以って我、ヤロスラヴァが汝たちに命ずる。絶望の門より出で、大河を越えよ。刻限は日没まで、我が魔力を対価として与えん」


 ぞわり、と霊たちが起き上がります。

 集団喚起マス・インヴォーク。名を呼んで召喚したイザークとヘドヴィカよりも姿は薄く、力も弱めですが、食堂が無数の霊に埋め尽くされて狭くすら感じます。


「ではみなさん、フェダーク卿をお出迎えする準備を。わたくしは自室で待っていますわ」


 霊たちが各々、肯定の所作をとりました。

 ヘドヴィカが言います。


「ではせっかくですのでちゃんとドレスの着付けをいたしましょうか。女官の方、何人か付いてきて下さいまし」


 こうして、手持ちでは一番良いドレス……そうは言っても型落ちしたものですが。それを着て、窓から外を眺めながらフェダーク卿の到着を待ったのです。


…………


 結局昨日、ラドに言われた通り、俺はまた北の離宮へと向かっているのである。


 まあ、幽閉されていようがなんだろうが、高貴なる女性の招きを理由もなく断ることはできない。これは騎士としての誓い(オース)戒律コマンダメンツにも関わることだから。


 だがしかし足取りが重い。昨日はそうではなかったが、今日はまるで身体が北の離宮へと近づくのを拒むかのように気分も乗らず、身体や鎧も重く感じる。

 真昼だというのに雲はずっしりと重く垂れ込め薄暗く、大気は水になってしまったかのように息苦しい。


 そして離宮へとたどり着く。ノッカーを叩くとすぐさま扉は開いた。


「ヤロスラヴァ姫?」


 人影は見えず、応えはない。


「フェダーク、ダヴィト・フェダークです」


 その声に応じるかのように、壁の洋燈が灯る。

 おいおい……。マジか。


「失礼します」


 離宮に一歩踏み入れば、扉はひとりでに閉じ、エントランスホールから応接室へと向かう廊下の壁に掛けられた洋燈に順番に火が灯っていく。

 人はいない。ただ、気配はする。


「ヤロスラヴァ姫?」


 再び問うがやはり応えはなく、遠くの洋燈が風もないのに揺れるのみ。

 思わず腰の剣を確認して、俺は歩みを進めた。


 応接室に向かえばその扉もまたひとりでに開き、俺が入れば閉じる。屋敷が意識持って俺を取り込もうとしているかのようだ。

 魔術師でも司祭でもない騎士たる自分にできることはただ何があっても冷静でいることのみ。

 昨日も座ったソファーに浅めに座り、いつでも動けるように待つ。


 そうしてしばし待って現れた姫君は、昨日と同じであり全く違う女性であった。


 昨日は美しく、可愛らしい少女だと思った。

 美しいが王女らしくはなく、侍女かなにかと間違えるほどに。


 だが今日の彼女は違う。美しく、気高く。そして美という暴力で対峙させるものを平伏させる威を有している。

 黄金の髪は高く結い上げられ、瞳は蒼玉サファイアの如き冷たさで俺を見下ろす。頬は磁器のような透明感で、口元にのみほんの微かな笑みの形。

 透かし編み(レース)襞襟ラフが首元を覆い、肌を見せぬ濃紫のドレスは今は見かけぬ一昔前の意匠デザインでありながら、それ故にこそ歴史ある王家の末裔と感じさせるものであった。


「よくぞ参った」


 天上より響くが如き高音ソプラノは、幼さと王威を感じさせるもので、俺は生涯で初めて、自ずと跪いているという体験をしたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 落ちたな(確信)。
[良い点] やべ! 今回のスラヴァちゃん、ゾクッときました! カッコイイ!
[一言] 姫の思わぬ一面。 ギャップに惹かれますでしょうか。
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