第12話
翌日の朝です。
「カイェターンお爺さま!」
「おや、スラヴァちゃんじゃあないか。流石に今日は来んじゃろうと思っていたがどうしたね」
わたくしは朝食を頂いた後、再び霊廟へと赴きました。
昨日わたくしは達人の位階に達したと言って頂けました。この霊廟は魔術が阻害されるとのことですし、お爺さまの仰るように今日はお外で魔術を試すべく霊廟には行かないつもりでした。
「ええ、ですがちょっとお願いしたいことが」
「ほう、スラヴァちゃんのお願いとな! 言ってみたまえ!」
お爺さまは全身の骨をカタカタ鳴らしながら喜びをアピールします。
「ちょっと悪魔の振りして斬られてくださいますか?」
「突然の反抗期!」
お爺さまが仰け反って額を押さえました。
理由を、昨日いらしたお客さま、フェダーク卿について説明します。
「……というわけで悪魔でも出現してくれればまたいらしてくれるのかなと。お爺さま?」
ふむふむと頷きながら聞いていたお爺さまが、動きを止め、ぷるぷるカタカタと震え始めました。
「わしのスラヴァちゃんに男がぁ!」
カイェターンお爺さまが歯を飛ばしながら叫ばれました。
そしてがくりと床に倒れ込みながら、めそめそと泣き真似を始めます。
「うう……スラヴァちゃんが……スラヴァちゃんが色気づきよった……」
「はいはい、涙は出ないんだけどね! 不死者ジョーク! はよろしいですから」
「スラヴァちゃんが冷たい……だいたいわしはここに封印されているから無理じゃというのに」
「そう、それが疑問なのですが、カイェターンお爺さまは本当にここから出られないのでしょうか? 大魔道士が屍王となってさらに研鑽を続けているお爺さまが?」
お爺さまがいたより以前の優れた術者たちがここに封印したとして、封印術式自体も風化していくでしょうし、一方のお爺さまは魔術の研鑽をなさっている。出られない道理はないと思うのですが。
「鋭いのう、スラヴァちゃんは。確かにわしはここから出ることができる」
ああ、やはりそうなのですね。
「ただ、わしが封印を破れば、それが王城に伝わるようになっているでな。流石に屍王がそこらへんほっつき回っていると知られる訳にはいかぬ」
むむむ……残念ですわ。確かに野良屍王を出すわけには。
わたくしが考えていると、そこに音もなくすっと霊が近づいてきました。
「カイェターン様、ヤロスラヴァ様、私たちにご命令を」
「む?」
振り向けばそこには茫洋とした霧の塊のような霊たちの集合体。その先頭に立つのは古き貴族の服装をした執事の霊です。
「姫君の御力が増していると言うのであれば我らをも使役できるはず。さすれば北の離宮を幽霊屋敷にすることなど容易。悪魔の一人や二人演じて見せましょうぞ」
古き王家の習慣として、主人が死んだときにその近侍である者を共に埋葬すると言う習慣がありました。
彼らや、料理人のイザークも侍女のヘドヴィカも実はそうして葬られた者なのです。
「カイェターン様は我らに〈知覚共有〉でも使用し、魔術を行使していただければ」
「あなたたちはこれから先も現世に留まり、わたくしに仕える気があると? ええと……シェベスチアーン」
「御意。名前を覚えていただけていたとは光栄にございます」
「シェベスチアーンはそうかもしれないけど、他の方たちはそうでないかもしれないわ」
霊として長くいて自我が薄れている方たちも多いですしね。何となく従ってしまうということもあるでしょうから。
「ふむ」
「ですからこうしましょう」
わたくしは両手を前に。手を器のようにし、そこに魔力を集めて溢れさせていきます。そして力ある言葉を放ちます。
「霊王の字を以って我、ヤロスラヴァより祝福を与える。求めるものへ安らかなる眠りを、大河を、絶望の門を越え、輪廻に至る道行の安らかなることを。しかして現世に留まりて、我に従う者には我が魔力を対価とし力を与えん」
霊廟の広大な部屋を隅々まで照らした光は、全ての霊なるものに選択を与えました。
天へと昇り、掻き消えていく者。茫洋とした姿がはっきりとしていく者。
ここにいた霊は半分くらいになりましたが、今その全ては明確な意志を以ってわたくしに頭を垂れます。
それは使用人たちだけではなく、かつての王や王妃だった者の霊までも。
「これは驚いたわい……」
カイェターンお爺さまの呟きが落ちました。
姿のはっきりとした執事の霊は、自身の灰がかった髪に触れ、手袋をした手を見つめます。身体の感覚があることに。あるいは輪郭があることに驚いているのでしょうか。
「私もです……」
霊たちは王も使用人も全てわたくしの前に並び、礼をとりました。
「霊王ヤロスラヴァ・レドニーツェ殿下。我ら一同、御身の命に従いましょう」
こうして、ここにいた霊の半数が入れ替わりで、北の離宮に住まうことになったのです。
さあ、急ぎフェダーク卿を出迎える準備をしなくては!





