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第10話

「ダヴィト、そう面倒そうな顔をするな」


 俺の歳の近い友人であり、仮の主人として仕えているノートランド伯爵、ラドスラフ・ガシュパル卿が言う。俺は端的に答えた。


「ラド、こいつは地顔だ」


 俺、ダヴィト・フェダークがレドニーツェの王城に出向いているのは、戦が近づいているからである。

 ノートラント伯領に召集の連絡が来たため、王都に出向く彼に随行を命じられたのだ。


 こんなのでも俺は黒騎士だからな。社交の駒であるということだろう。

 昨夜は夜会に参加させられ、今朝はノートラント伯の保有する王都のタウンハウスにて、遅く起きてきた彼と話しているところである。


「お前に機嫌良く愛想を振りまけとまでは言わんが、せめて仏頂面をやめて欲しいものだ。折角良い顔をしているのにそれでは台無しだぞ」


 そう言ってラドは俺に女好きされそうな甘い笑顔を浮かべて見せる。今は結婚しているが、伯爵令息だったころは随分と浮名を流していた男である。いや、既婚者となった今でもか。


「俺に笑顔を見せてどうする。今日は?」


「今日は個人的な(・・・・)お茶会に誘われてしまってね。ダヴィトは自由に過ごして貰って構わない」


 その話は初めて聞いた。つまり、昨日の夜会で女を引っ掛けてきたということだろう。


「そうか……では王家の近衛騎士団の方に顔を出せと言われている。そちらに行ってくるとしよう」


 ラドは溜息をついた。


「もう少し華やいだ話はないのかね?」


「そんなものを俺に期待するな」


 俺は立ち上がる。


「馬車は?」


「いや、いらん」


 王城内には兵士や近衛の訓練場がある。

 昨日の夜会で近衛の団長だかなんだかが『高明なる黒騎士殿に是非ご指南頂きたい』などというので顔を出そうと思ったのだが……。


「あのっ、黒騎士フェダーク卿とお見受けいたします」

「騎士様! お願いしたき儀がございます!」


 などと言いながら近づいてきた女たちに囲まれたのであった。

 身形からするに城内の貴人に仕える侍女たちであろう。気をつけねばならんのは、彼女たちは使用人とはいっても貴族令嬢であるということだ。


「俺に何か用でしょうかご令嬢がた」


 話を聞くに、北の離宮に悪魔がいて近寄れないので退治して欲しい。ということだった。


 ……眉唾である。


 俺を騙したり嵌めたりしようとしているのかとも思った。その北の離宮に刺客を潜ませているとかな。

 それにしては彼女たちからは俺個人に対する悪意や敵意を感じない。

 まあ、悪魔というのが真にしろ偽にしろ、一度行ってやれば文句は言われまい。


「分かりました。様子を見て参ります」


 そう言って離宮の場所を聞き、その場を去った。


 王城の城門は南寄りにあり、北は裏手に当たるためあまり人が寄り付かない。俺も初めて向かうが、城の陰になる側なのであまり日当たりが良くないようだ。

 北の離宮は白が基調の外観で瀟洒な建物であったが、どこか陰気さを感じさせた。


 扉のノッカーを鳴らす。応えは無い。

 悪魔とやらが出てくるとも思っていないが、留守であろうか。

 しばし待つと奥から人の向かってくる気配がし、扉が開けられた。

 そこにいたのは美しい少女であった。年の頃は十五くらいか。少し痩せてはいるが、高貴な印象を受ける。どこか高位貴族の娘が侍女として仕えているのだろうか。

 こちらを見上げる青の瞳は吸い込まれるほどの蒼天の色を感じさせた。


 ……いかん、不躾に見つめてしまったな。俺はゆっくりと口を開く。


「……すまないが、ここが北の離宮で相違ないか」


 彼女はこくりと頷いて言った。


「ええ、そうよ。ここが北の離宮。あなたはお客さまかしら?」


「客かは分からんが、ここの噂を聞いて訪ねたのだ」


 彼女は僅かに首を傾げた。黄金の髪がさらりと溢れる。


「お客さま、あなたのお名前を伺っても?」


 おっと、これだからラドに無礼と言われるのだ。胸に手を当て、軽く頭を下た。


「名乗りが遅れて失礼、お嬢さん。俺はダヴィト、黒騎士ダヴィト・フェダークと……」


黒騎士ブラックナイト!」


 だが俺の名乗りは彼女の叫びに遮られた。

 黒騎士。俺にとって重荷である称号。疎まれる理由の一つ。

 ただ、その言葉に嫌悪の情は全く無かった。


「それは素敵なお客さまだわ! フェダーク卿、ようこそ北の離宮へ!」


 彼女はちょこんと淑女の礼をとり、俺を離宮へと招き入れたのだった。


 屋敷の中は驚くほど人の気配がしなかった。

 遍歴の騎士として山中に野宿したこともある身だ。人並み以上には気配というものには敏感と思うが、悪魔どころか人の気配すら感じない。


「お掛けになって?」


 それにしては廊下も、通された応接室も埃一つなく清潔に保たれている。

 確かに不自然な空間ではあるのだ。


 しかし、侍女と思っていた彼女が俺の向かいのソファーに座った時、その疑問は吹き飛んだ。

 つまり彼女はこの屋敷の女主人であるということだ。


 王城の離宮の主人、即ち王族。十五歳くらいで金髪碧眼の美しき姫君。

 俺ですら該当者は一人しかいないと分かる。


「……では貴女は侍女ではなくヤロスラヴァ姫?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 黒騎士様、不器用だけど誠実?
[一言] 雀(令嬢)
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