第1話
ξ˚⊿˚)ξ今日から連載ですわ!
キリの良いところまで、10万字以内で完結。
本日は2話更新、基本的に2日に1話の頻度で更新予定。
死霊の姫君ヤロスラヴァは思う。ただわたくしを見て欲しいだけなのにと。
Princess Jaroslava the Necromancer Only Wants to Look at Her.
レドニーツェのお城の末姫様は、それはそれはお美しい方で、御生まれになった時から王様もお妃様も、王子・王女であるお兄様、お姉様方も歓喜に沸いたと言います。
末姫様は春の祝祭を意味するヤロスラヴァと名付けられ、大切に育てられたそうです。
このあたりの国々では神授の儀と言って、王侯貴族も平民も、八歳になると教会に行って祝福を授かり、神様からその御力のごく一部を授かる慣わしがあります。
それは怪力であったり、頑健さや、手先の器用さ、聡明さ、魔術の素質、弓の腕前や、料理の才能などなど多岐に渡るもの。人は授かった力や才能を大切に伸ばして生きていくものなのです。
ヤロスラヴァ姫が八歳になられました日、それは彼女が国民の前に初めて姿をお見せになる日ということです。
ヤロスラヴァ姫は王城から大聖堂までの道のりを、天井のない馬車に王妃様と並んで座り、パレードをなさいました。
国民の誰もが彼女の御姿に目を奪われました。
銀の宝冠の下、黄金の髪は冠よりも煌びやかに輝き、青の瞳は海よりも深い青。肌は磁器のように艶やかで優しく微笑まれ、桃色のドレスは純白のフリルとレースでふわふわと柔らかく風にたなびきます。
末姫様が小さな御手を胸の辺りまで上げて、民に向けて小さく振られると、民からは爆発的な歓声が起こりました。
彼女の姿が大聖堂に消えても、沿道の人々はまだ熱が収まらず、姫の美しさを讃える歓声は続いたと言います。
…………しかし。
しかしその日から、ヤロスラヴァ姫の話を耳にすることは、とんと無くなりました。彼女の姿を見たという話も。
実は姫は御生まれになって直ぐに、この国に隣接しているツォレルン帝国の皇帝の御令孫と婚約なさっていたのですが、お嫁ぎになるという噂も聞かれなくなりました。
もちろんまだ幼いのですから儚くなることだって考えられます。病魔は誰の命も平等に刈るものですから。
あれだけ美しいのですから、神に愛されすぎて手許へと連れて行かれてしまったのかも知れません。
ですが、彼女が倒れたという噂もなく、葬儀が行われたということもないのです。
そうして、八年の月日が過ぎました。
…………
「ふあぁぁ……」
寝返りと共に欠伸を一つ。薄く目を開けば薄暗い部屋。
わたくしは暫しベッドの上で座ってぼーっとします。そして伸びをしながら起き上がり、ぺたぺたと窓に向かって歩いてカーテンを開けます。
城壁の上のでこぼことした影が差し掛かる、どこか透き通った晩秋の朝の光が茶色く色の変わりつつある庭とわたくしの住まう北の離宮を照らしました。
わたくしは部屋のカーテンを開けてまわり、寝巻きのまま部屋を出ました。無人の館の中、ぺたぺたとスリッパが床を叩く音だけが響きます。階段を降りていくと、一階のエントランスホールに台車がぽつんと置かれ、洗面の水が入った桶とタオル、金属の覆いが見えます。
「はぁ……」
桶に手を入れてため息を一つ。わたくしがこの離宮に追いやられてから八年。年々扱いが悪くなっています。
かつては部屋まで運んできてくれた桶や食事も、こうして入口までしか運ばれないようになり、冬であれば温かい湯を張ってくれた桶も、冷たい水へと変わりました。
「うー……えいっ」
と気合を入れて冷たい水で顔を洗い、口を濯ぎ、朝の支度を済ませます。
もちろん、国のために何の役にもたっていないわたくしを生かしてくれているだけでも、文句を言えるような筋合いではないのかもしれませんが。
それでも幼い頃愛されていた記憶が、八歳のあの日まで大切に育てられていた記憶が、今のわたくしヤロスラヴァを苛むのです。
なぜ、わたくしは一人なのでしょう。
なぜ、わたくしは顧みられぬのでしょう。
「よいしょ……」
水がこぼれぬよう注意して床に桶を置き、料理の載った台車を食堂へと運びます。
理由は考えるまでもなくわかっていること。わたくしが、霊王の祝福を受けた死霊術師だからです。
この離宮で大人しくしていること、死霊術を使わないこと、何もしないことを望まれているのは理解しています。
……それでも。
誰も彼もがわたくしに話しかけてくれることはなく、衛兵や使用人にすら避けられ、近づけば視線を逸らされるようになってしまった今。
これをするとさらに嫌厭されることは分かっていても。
孤独には耐えられないのです。