第二話 役の謎
切り札の森の南東部で武器が交わる音がしていた。
そこでは九体のジョーカーと対峙している青年がいた。青年ーミツルギは、数の不利など関係ないかのごとく、ジョーカーと戦っていた。
「フラッシュ」
ミツルギは一度後退すると、右足を引いて剣を斜め下に構えた。剣は青色の光を纏った。
ミツルギは向かってきたジョーカーの方へ飛び出し、見事な剣さばきで一撃で倒してしまった。
剣を納めたミツルギは先程までジョーカーがいた場所を振り返った。
(今回は兵六体と城三体、どちらも凶暴性が増していた。このままではたとえ上級騎士であっても苦戦するだろう。)
「アレを使わなければいけなくなる、か。」
彼は静かにそうつぶやくと、ミチュ王国へ帰っていった。
***
城の中にある一室では上級騎士と総司令官が揃っていた。
「まずは、ジョーカーの現状について報告してくれ。」
総司令官の男性がそう言った。
その言葉を聞き、Qであるミコトが代表として立ち上がった。
「今まではジョーカー同士が争う時、もしくは我々と対峙する時のみ攻撃的になっていましたが、最近では凶暴性が増し、それによって兵や象などが力を増しています。」
「ふむ。」
総司令官は顔を顰めた。
「また、今までは兵や象が主に凶暴性が増していましたが、近頃は城や后までにも及んでいます。」
報告し終えるとミコトはまた席に座った。
その部屋は嫌な空気に包まれた。
「今のままでは危険、という事か。」
総司令官は静かにそう言った。
「后までならば我々上級騎士でもなんとかなりますが、王までもとなると…」
ミコトは苦々しくそう言った。
「王を一撃で倒すことが出来る役を使えるのはKの俺とAのミツルギだけ。だが、それでも数体が限度だ。もし、複数同時となったら…」
オウガも顔を顰め、そう言った。
「アレはまだ、使えない。」
そんな中、ミツルギが静かにそう言った。
全員が一斉にそちらを見た。
「アレか。」
総司令官が重く言った。
「オイオイ、アレは役の中でも最高位の技だろうが。そう簡単にいくかよ。」
オウガが冷や汗を垂らしながら言った。
「その事はまだ置いておこう。今はまだ王も出現していない。凶暴性が増している城と后については上級騎士が二人で対峙するようしてくれ。」
総司令官がそう言うと、全員頷いた。
「以上で対策会議を終わる。解散。」
そう言うと、全員席を立ち、部屋を出ていった。
***
部屋に戻る途中のミツルギに声をかける者がいた。
「ミツルギさん。」
振り返ると、そこにはミツルギより少し若い青年がいた。
「ミツルか、どうした?」
青年ーミツルは少し緊張した面持ちでいた。
「あの、これからの時間って空いてますか?」
「あぁ。」
ミツルの問にミツルギは頷いた。
「あの、もしよければ、僕の稽古相手になってもらえませんか?」
ミツルは不安そうにそう尋ねた。
「あぁ、いいぞ。」
ミツルギがそう言うと、彼は目を煌めかせた。
「あ、ありがとうございます。」
ミツルは勢い良く頭を下げた。
「ここではあれだから、中庭へいくぞ。」
「はい。」
そう言って、二人は中庭の方へ歩いていった。
「はぁ、はぁ。」
中庭に着いた二人は数回打ち合った。ミツルは肩で息をしているが、ミツルギは平然としていた。「はっ」
ミツルが下から切り上げると、ミツルギは剣を横にして防ぎ、そのまま相手の剣を弾いた。
キンッ
「くっ、」
チャキッ
ミツルギは彼の首に剣をあてがった。
「参りました。」
ミツルは悔しそうにそう言った。ミツルギは剣を下ろし、鞘へ納めた。
「少し休憩するぞ。」
「は、はい。」
ミツルは膝に手を置いて荒い息をしていた。そんな彼を見て、ミツルギは肩をかし、近くのベンチへ座らせた。
「ありがとうございます。」
ミツルはベンチの背にもたれ掛かった。ミツルギも彼の隣に座った。
「さすがAの称号を持つミツルギさんですね。僕じゃあ手も足も出なかった。」
ミツルは苦笑いしながらそう言った。
「お前も上級騎士である10の称号を持つだけはある。特に最後から二つ前の攻撃は良かった。」
中庭を見ながら、ミツルギは静かに言った。
「あ、ありがとうございます。」
褒められると思っていなかったミツルは驚き、すぐに破顔してそう言った。しかし、何かに気づいたような表情をすると、ミツルギの方を向いて尋ねた。
「そう言えば、最近のジョーカーの異変の中でもまだ王に異変が起きたとは確認されていないんですよね。」
それを聞いて、ミツルギは頷いた。
「あぁ、まだ后が数体までとしか確認されていない。だが、恐らくそれも時間の問題だろう。」
ミツルギは静かに、だが少し苦々しそうにそう言った。
「確か、今の所使える役は『ストレートフラッシュ』まででしたよね。」
「あぁ。」
ミツルギは彼の問に頷いた。
役というのは上級騎士達が使うことの出来る技のことである。役にはそれぞれ階級があり、全部で九つある。また、位が高くなるにつれ会得難易度も高くなり、それ自体を扱うのも難しくなる。今まで使われた役では、『スリーカード』が七位、『ストレート』が六位、『フラッシュ』が五位、『フルハウス』が四位だ。そして、『ストレートフラッシュ』は現状KのオウガとAのミツルギのみが使うことの出来る技だ。
「だが、『ストレートフラッシュ』は二位の技。王一体を一撃で倒すのがせいぜいだ。複数ではあまり効果がない。」
ミツルギは淡々とそう言った。
「でも、一位の技はまだ、」
ミツルは不安そうに言った。
「一位、『ロイヤルストレートフラッシュ』か。」
『ロイヤルストレートフラッシュ』それは役の中でも最高位の技である。だが、これまでの歴史上、その技を使うことの出来た者は一人もいないと言われている。上級騎士最強であるAならばと言われているが、未だ会得出来たという報告はされていない。
「今は使えないものの事を嘆いても仕方が無い。今出来ることでなんとかしていくしかない。」
ミツルギはきっぱりした声でそう言った。その言葉を聞いて、ミツルの目に光が宿った。
「ミツルギさん、もう一度相手をして頂けませんか。」
ミツルは強くそう言った。
「あぁ。」
その後何度か打ち合い、それぞれ部屋に戻っていった。
***
部屋に戻ったミツルギは剣を置き、ベッドへ腰掛けた。
「役、か。」
彼は先程話していた役のことについて考えていた。
(上級騎士達が使うことの出来る技。それぞれのジョーカーを一撃で倒すことの出来るもの。だが、)
「誰も会得することが出来ない技。役の最高位。」
ミツルギは静かにそう呟いた。
そして、静かに立ち上がると、机に向かい、何かを書き始めた。
数分して書き終えると、それらを三つの封筒に入れた。それを持って窓際まで行くと、彼は口笛を吹いた。
ピィー
少しすると三羽の鳥が窓に降り立った。彼は先程の封筒をそれぞれに持たせ、飛ばした。
(シンラ、ザクロ、ハヅキ。)
鳥達はそれぞれ南・北・西に向かって飛んでいった。ミツルギは鳥達が見えなくなるまで窓の外を見ていた。
その頃、それぞれAである三人も、ジョーカーや役について考えていた。
(やはり、今のままでは危険だ。)
その内の一人であるスピリット王国のAーシンラは、廊下を歩きながら現状について考えていた。
(今の所、出現率は圧倒的に増えたが、凶暴性が増しているのは象までがせいぜい。だが、)
「数の不利は少しキツいな。」
彼女はそう言ってため息をついた。
ピィー
そんな彼女の肩にミツルギの所から飛んできた鳥が止まった。
「ありがとう。」
彼女は鳥から手紙を受け取り、差出人を確認した。
(ミツルギからか。)
彼女は差出人が誰か分かると、足早に部屋へ戻った。
部屋に入った彼女は椅子に座り、手紙を開いた。
(やはり、どこも同じか。)
手紙には今のミチュ王国近くで出現しているジョーカーについて書かれていた。そして、
「役の最高位、『ロイヤルストレートフラッシュ』。」
彼女は呟くと、手紙を仕舞い、雲一つ無い空を見上げた。
同じ頃、ディアマンテ王国のAであるザクロは、王国最大の図書館で役について調べていた。
(今まで誰も習得出来なかった技。でも、習得しようとした奴は何人もいたはず。)
「ふぃー。やっぱり疲れるなぁ。」
彼はそう言って椅子の上で体を伸ばした。彼の前には何冊もの本が積み上がっていた。
ピィー
そんな彼の前にミツルギの所から飛んできた鳥が止まった。
「鳥さん、ありがとね。」
彼は鳥から手紙を受け取った。彼は周りに人がいないのを確認すると、その場で手紙を開いた。
(ふーん、やっぱりかぁ。)
彼の手紙にもシンラと同じ内容が書かれていた。そして、
「最高位を、使わなきゃいけなくなる、ねぇ。」
彼は目を細めてそう言った。
「まさか、こんなに早くなっちゃうとはねぇ。」
彼はそう呟き、窓の外を見た。空は雲一つない晴天だった。
同じ頃、クラーバ王国のAであるハヅキは、城の訓練所で一人、剣を振るっていた。
「ふっ、はっ。」
(最近、凶暴性が異常に強くなってる。今までは兵が象や城並に強くなっていただけだけど、最近じゃ、下手すれば后並のものまで出始めてる。)
「はあっ。」
一度大きく剣を振るうと、力を抜いて剣を下ろした。
「このままじゃ、」
彼は俯いてそう言い、剣を強く握った。
ピィー
そんな彼の頭の上に、ミツルギの所から飛んできた鳥が止まった。
「わっ」
彼は驚き上体が前のめりになった。彼は一度剣を置き、頭の上に乗っているものを取った。その正体を知ると、鳥から手紙を受け取った。
「手紙、ありがとう。でも、毎回頭の上に乗られるのもなぁ。」
彼は苦笑いをしてそう言った。だが、そんな事は関係ないと言うように鳥は飛んでいった。
彼は訓練所から出て城の庭に着くと、そこにあったベンチへ座った。そこで彼は手紙を開いた。
(やっぱり、ミツルギさんの方にも。)
彼の手紙にもシンラとザクロと同じ事が書かれていた。そして、
「最高位の技と、それを使うことの出来る者が、必要になる。」
彼は顔を顰めてそう呟いた。
(次に会うのは、三日後。)
彼は顔を上げ、雲一つ無い空を睨んだ。
***
鳥を見送ったミツルギは、椅子の上で本を読んでいた。そんな彼の部屋に訪ねてくる者がいた。
コンコン ガチャ
「ミツルギさん、総司令官が呼んでいます。」
「分かった。」
訪ねてきたのは、下級騎士の一人だった。彼の言葉を聞いたミツルギは、剣を持って部屋を出た。
総司令官の部屋に着いたミツルギは扉を叩いて、中へ入った。そこには、昼間に手合わせをしたミツルもいた。
「揃ったか。先程東へ1キロ先の森でジョーカーが発見された。城と后が一体ずつ確認されているが、凶暴性が有無はわかっていない。注意を怠らず、早急に対処せよ。」
『了解。』
総司令官の言葉を聞き、二人は部屋を出ていった。
馬に乗った二人は東に向かっていた。しばらくすると、ジョーカーが確認出来た。
「ミツルギさん、僕が后をやります。ミツルギさんはもう一体の方をお願いします。」
「ちょっと待て。」
ミツルギの静止も聞かず、ミツルは后の方へ向かっていった。それを見たミツルギはため息をつき、もう一体ー城の方へ向かった。
城と対峙したミツルギは相手の様子を見た。
(やはり、凶暴性が増しているか。)
ジョーカーはミツルギに向かってうでを振り下ろした。ミツルギはジョーカーの攻撃を躱して相手の懐に入り、胴を斬りつけた。
「ふっ、」
『グオオォォォ』
攻撃を受けたジョーカーは数歩後退したが、すぐに体制を立て直し、突進してきた。
ジョーカーの攻撃を横に飛んで避けると、体制を立て直し、右足を引いて剣を斜め下に構えた。
「フラッシュ」
構えた剣は青色の光を纏った。
ミツルギはその場から動かず、こちらへ突進しているジョーカーへ下から切り上げた斬撃を放った。攻撃を受けたジョーカーは斜めに斬られ、青色の光を纏って消滅した。
ミツルギは剣を納めて、周りを見回した。
(ミツルはあそこか。)
ミツルの姿を見つけると、彼はそちらへ向かった。
一方、ミツルはジョーカー相手に苦戦していた。
(何でいきなり。はじめは普通だったはずなのに。)
少し前、ジョーカーと対峙し始めた時は、ミツルの方が勝っていた。
「はぁっ、せやっ」
ジョーカーは防戦一方で、なんとか反撃をするも全て弾かれ、その隙をついてミツルの攻撃を深く受けていた。攻撃を受けたジョーカーは後退し、息を荒げていた。
(何だろう、何か変な気がする。でも、)
「これで決める。」
ミツルはジョーカーに狙いを定め、役を使おうと構えた。
その時、ジョーカーが空に向かって吠えた。
『グオオォォォ』
吠えるジョーカーを見て、ミツルは動きを止めた。
「な、なんだ?」
すると、ジョーカーの体が赤い光を放ち始めた。光を放つジョーカーは、次第にその姿が禍々しくなっていった。腕や足に棘を生やし、爪や牙はさっきまでよりも鋭くなっていった。
「なっ!?」
ミツルはそれをただ見ていることしか出来なかった。
吠えるのを辞めたジョーカーは、ミツルの方へ襲いかかった。
だが、そのスピードは先程までの比では無かった。
「うわぁ」
押されていたミツルはとうとうそのスピードについていくことが出来ず、ジョーカーの攻撃をまともに受けてしまった。
ジョーカーの攻撃により倒れてしまったミツルは、すぐに起き上がろうとした。だが、
「ぐっ、さっきの攻撃のせいで、足が…」
彼は起き上がることが出来なかった。ジョーカーの攻撃によって、足に深手を負ってしまったのだ。
そんな彼の元へジョーカーが迫ってくる。ミツルは出来るだけ後退しようとしたが、怪我のせいでそれほど動くことが出来なかった。彼の元に辿り着いたジョーカーは腕を振り上げた。
(やられる!)
そう覚悟した彼は頭を腕で庇った。
ガキンッ
だが、痛みが訪れることはなかった。
恐る恐る腕をのけて見てみると、そこにはミツルギの背中があった。
彼は受け止めていたジョーカーの腕を弾くと、肩を斬りつけ後退させた。
「大丈夫か。」
ミツルギはこちらを振り返ってそう言った。
「ミツルギさん。」
彼はミツルの傍に片膝をつくと、彼の体を見た。
「足をやられたのか。」
ミツルギは彼の治療を軽く行うと、ジョーカーの方へ向いた。
「ミツルギさん。」
そんな彼へミツルは声を掛けた。声を掛けられたミツルギは後ろを振り返った。
「気を付けて下さい。アイツのスピードは他の奴とは比べ物にならない。」
「分かった。」
ミツルギは彼の言葉に頷くと、改めてジョーカーの方を向き、剣を構えた。
ジョーカーはミツルギの方へ、そのスピードをもって向かってきた。だが、ミツルギはそのスピードを見切り、ジョーカーの攻撃を避けた。彼はすれ違いざまに相手の脇腹を斬った。
斬られたジョーカーは体制を崩して前に倒れた。だが、すぐに起き上がり、向かってきた。
ミツルギもジョーカーに負けないスピードで向かっていった。彼はジョーカーに劣ることなく、相手を押していった。
「凄い。これが、ミツルギさんの実力。」
ミツルは呆然としていた。
そして、ジョーカーの胴に重い一撃が入った。ジョーカーは数歩後退した。
ミツルギは右足を引いて腰を落とし、剣を顔の横に水平に構えた。
「フォア・カード」
剣は紫色の光を纏った。
ミツルギは駆け出し、ジョーカーの元まで突っ込んでいった。彼は剣を右上から斜めに振り下ろした。
斬られたジョーカーは真っ二つにされ、紫色の光を纏って消滅した。
***
剣を納めたミツルギはミツルの元まで歩いてきた。
「動けるか。」
彼はミツルの怪我を見ながら言った。
「すみません。肩を貸してもらえませんか?」
ミツルは申し訳なさそうにそう言った。それを聞いて、ミツルギは彼の右腕を取り、肩に掛けた。ミツルは少し顔を歪めたが、声は出さなかった。
二人はそのまま国の方へ向かって歩き出した。
そんな中、ミツルは先程の異変を話した。
「ミツルギさん、さっきのジョーカー何ですが、少し変なことが起こったんです。」
「変なこと?」
「はい。」
ミツルは先程のことを思い出しながら話した。
「最初は何故か后なのに象並に弱かったんですが、突然空に向かって吠え出したんです。すると、体から赤い光を放ったと思うと、さっきまでのような禍々しい姿になったんです。」
「何。」
ミツルギは彼の言葉に驚いた。
(どういう事だ。ジョーカーが弱体化した上に、急に強くなっただと。)
彼はジョーカーに起こった異変について考えを巡らせていた。
「一体、何が起こっているんでしょう。」
そんな彼へミツルは声を掛けた。
「分からない。だが、確実に何かが起こっている。」
二人は重い空気のまま国へ帰っていった。
空はどんよりとしていて、今にも雨が降りそうだった。