愛しさがあふれる時
考えごとをしている間に、東屋の二人は盛り上がっていたらしい。なんだかイチャイチャしている。
「ヒューバート……」
「愛している、エマ」
その時、わたしの背後でカサっと小さな葉ずれの音がした。
「アーリア」
「きゃっ……」
驚いて叫び声を上げそうになったのを、すんでのところで抑える。
振り返ると、そこにはさっきまで東屋にいたセドリックが立っていた。「しーっ」と口もとに指をあててささやく。
「驚かせてごめんね」
「セドリック様」
「東屋から見えたんです。葉陰にアーリアの髪が見え隠れしていて」
「も、申し訳ございません……。盗み見ていたわけではないのです。偶然通りかかって」
わたしも小声で返した。
のぞき見していたのがバレバレだったのかと、涙目だ。
「ううん、責めているわけではないの。大丈夫、そんな顔しないで」
「わたくし、気づかれていました……?」
「僕じゃないとわからないくらいのかすかな輝きだから、心配しなくていいですよ」
ほっとした……と同時に、ちょっと引く。セドリック、わたしのストーカーみたい。
「あーあ、あの人たちは結局なし崩しか」
東屋の二人を見て、セドリックはつぶやいた。あまり聞いたことのない、突き放した口調だった。
違和感があった。それは決して、恋心を抱いた相手がほかの男を選んで落ちこんでいるという口ぶりではない。
もっと冷静な、まるであてが外れて残念に思っているような……?
あれ?
ひょっとしたらセドリックは知っていたの? ヒューバートがここに来ることを。
確か、ヒューバートはセドリックに呼ばれて探していたと言っていなかったっけ。ヒューバートとエマが修羅場で鉢合わせたのは偶然じゃなかった……?
「セドリック様?」
「うん?」
「エマニュエル様と二人で会われていたのは……、ヒューバート殿下がここに来たのも、もしや……?」
セドリックは内心をうかがわせない微笑みを浮かべて、肯定も否定もしなかった。
もしかして、セドリックはヒロインに惹かれていたわけではなかったの?
しおれかけた希望がよみがえってくる。
わたし……期待してもいいの?
「エマ。エマニュエル、ずっと一緒だよ」
わたしとセドリックが物陰から見守っているとは露知らず、エマとヒューバートは絶好調だ。
わたしと一緒にいる時は、取り澄ました冷たい顔か不機嫌な顔しか見せなかった彼が、とても情熱的に見えた。
「ええ、ヒューバート様、永遠に……」
エマも必死なのだろう。目をうるうるさせて、一心にヒューバートを見つめている。
第二王子を逃がすものかというエマの執念を感じた。セドリックが去り、逆ハールートが閉ざされた今、ヒューバートがグッドエンドの最後の砦なのだ。
「アーリア」
「…………」
「アーリア、食い入るように見ていますね」
「……セドリック様」
いつの間にか、セドリックが息のかかるほど間近に来ていた。
少しかすれたささやき声。
「僕も……アーリアとあんなことしたいな」
夢見るような瞳のセドリックが、可愛らしく小首をかしげた。
「アーリア、いろいろ話したいことはあるのだけど、僕も口づけしたくなっちゃった。少しだけいい?」
「え? ……え!?」
ここは緑が濃く、回廊や散策路からは死角になっているとはいえ、れっきとした王宮の庭園。青空の下だ。
すぐそばには、セドリックの兄とその婚約者もいる。
「あの、ヒューバート殿下がそこに」
「大丈夫。二人ともそれどころじゃないかんじだし」
そういうことじゃない……と思ったが、すぐにあきらめた。
セドリックが大きな瞳で、わたしを見上げている。
仔犬のような無垢な瞳。
本当は早熟で、ちょっとずるいところもある。
何やら裏で計略も巡らせているらしいこともわかってきたけれど、やっぱりわたしは弱いのだ。わたしだけを見つめてくる、この瞳に。
自分の中にある気持ちに気づいてしまった今となっては、なおさら。
そう。
わたしはこの十歳も年下の少年のことを愛しはじめている。
十もの大きな年齢差や、自分が彼の兄の婚約者だったことが今さら気になって、不安がこみ上げる。婚約までしているのに。
でも、自分の気持ちはもうごまかせない。
「アーリア?」
「……はい」
「ふふ、赤くなって可愛い」
目をつぶると、セドリックがそっとキスしてきた。軽く抱き寄せられる。
そして、いつもの「ちゅっ」じゃなくて、少し長めの口づけ。
わたし……。
「……セドリック、好き……」
「え、アーリア!?」
わたしはついに言葉にしてしまった。
セドリックが好き。
頬に感じる体温が、耳もとで聞こえる少年の声が、愛しくて切なくて……。
この瞬間のためだけにでも、乙女ゲームの世界に生まれ変わってきてよかったと思った。