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東屋でのデート



 セドリックが、エマと二人で東屋に入っていく……。


「エマニュエル、こちらへ」


「そんなに慌てないで、セドリック。わたくし転んでしまいそうよ」


「では、お手をどうぞ」


「ふふ、ありがとう」


 それは悪夢でもなんでもなくて、現実の光景だった。






 王宮の中庭、人があまり来ない奥まったこの一角はわたしのお気に入りで、ヒューバートとの婚約期間によくひとりで訪れていた。要は、わたしのささやかな避難所なのだ。


 セドリックと別れの挨拶もせず、屋敷に戻ったあの日から数日。彼からは何度か機嫌伺いの手紙が届いたが、読む気になれなくて封も開けずにいた。


 けれど、引きこもるばかりではどうにもならない――と、思いきって王宮に来たのだが、セドリックに会う勇気が出ず、気が付いたらここに足が向いていた。




「……まさか。本当にセドリックとエマ?」




 静かな庭に、若い女の鈴を転がすような笑い声が響く。


 わたしが呆然としている間に彼らは先に進んだようで、少し遠くて何を言っているのかわからない。わたしは足音を殺して、東屋に近づいた。


「セドリック、悪い子ね。ヒューバートの目を盗んで、わたくしと会いたいだなんて」


「違うのです、エマニュエル」


「あら、何が違うの? 言い訳なんて聞きたくないわ。素直になったら、わたくしがいいことをして差し上げてよ」


 緑の濃い茂みの間から東屋をのぞくと、エマが細身の少年にしなだれかかっていた。


「いいこと?」


「うふふ、可愛いセドリック。お兄様のお下がりの婚約者を押しつけられた、可哀想な王子様」


 エマは慈母のような優しい表情で、セドリックの肩を押さえ、艶のある唇を近づける。


「やめ……何をするのっ?」


「怖がらなくてもいいのよ」


 セドリックは顔をそらすと、大きな声で叫んだ。


「やめて……助けて、兄上!!」


「……あにうえ?」


 わたしのいる茂みとは別の陰から、ガサガサと音がした。




「――セドリック!」




 飛び出してきたのはエマの婚約者、第二王子であるヒューバートだった。


 わたしの元婚約者でもある。久しぶりに彼を見たが、相変わらず美形だ。だからといって、やはり何も感じないけれど。


「エマ……?」


 ヒューバートの金の髪は風に流れ、青い瞳が動揺を表すようにゆらゆらと揺らめいていた。


「エマ……なぜ、ここに? どうしてセドリックと……?」


「ヒューバート兄上っ、助けてください! エマニュエルが突然、こんな」


 セドリックがヒューバートのもとに駆け寄ると、エマは大きな声で叫んだ。


「違います! これは違うのです!!」


「セドリック、何があった? お前が呼んでいると聞いて、探していたのだが……。エマ、これは一体どういうことなのだ」


「わたくし……ちゃんとわけを話すから、ヒューバートと二人になりたいわ。お願いよ、ヒューバート、信じて」


 ヒューバートはしばらくためらってからエマにうなずき、セドリックに何やら小声で話していた。セドリックは少し抵抗したものの、大人しくその場を去った。






「ヒューバート、ごめんなさい。こんなことになるとは思わなかったの」


 二人きりになると、エマがひどく悲しそうな表情を作って、ヒューバートに語りかけた。


「セドリックはまだ子供なのね。きつい性格のアーリア様には甘えられず、わたしのことを姉のように慕ってくれて……可哀想なセドリック」


「セドリックにはいつ会ったのだ。まだ兄上にもセドリックにも紹介されていないと聞いたが」


「ええ……、わたし、元平民だから嫌われているのかしら。国王陛下も王妃殿下も冷たくて……」


 はらりと美しい涙をこぼす。迫真の演技というべきなのか、嘘が感じられないのがすごい。


 ふと思った。

 もしかしたらエマはまだ前世のまま、ゲーム感覚でいるのだろうか。この世界が、リアルに人の生きている現実だと実感せずに、自分がプレイヤー、神のような存在であると信じきっている……?


「わたし……やっぱり、あなたにふさわしくないのかな」


「そんなことはない。君は私の正式な婚約者だ」


 基本的にヒューバートは、単純で正義感の強い男だ。エマの言葉を即座に否定すると、その細い肩を抱き寄せた。


「……先日、アーリア様とすれ違った時に、偶然セドリックが通りかかって。わたしが嫌味を言われているのを助けてくれたの」


「そうか、アーリアはまだそんなことを……」


 ヒューバートはエマを抱きしめる。

 潤んだ瞳のまま、エマは彼を見上げた。


「ヒューバート、愛してるわ」


「……エマ」


 おそらくヒューバートは幾分疑いながらも、エマの恋情を信じたいのだろう。エマに優しくキスをした。

 エマだけを肯定し、ほかの可能性をすべて否定するほど、ヒューバートが愚かだとはさすがに思えない。


 ……いや。うーん?


 次の瞬間、思い直す。

 どうかな? そういえば、わたしの言い分は何も聞かずに断罪した人だった。




 綺麗に筋肉の付いた長身の背中の影で、たおやかで可憐なヒロインがふてぶてしく笑ったのが見えた気がした。




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