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再会は乙女ゲームのはじまり



『ざまぁ』とはネットスラングで『ざまぁみろ』の略語である。もちろん、前世の。


 こっちにはそういう俗語はないが、概念は存在している。悪いことをした人に罰が当たるとうれしいとか、ひどい目に遭わされた相手が没落すると爽快だとか。


 わたしがそんなことを思い出したのは、あの卒業パーティー以来初めてエマに出会ったからだった。


「あら……エマさん、お久しぶりですわね」


 ピンクブロンドの髪を美しく結い上げたエマは、赤みがかった瞳でわたしを見て、小さく眉をしかめた。


「わたくし、今はエマニュエルと申しますの。過去の名前で呼ばないでくださいませ」


 エマニュエル。


 そういえば、そうだった。エマはヒューバートに嫁ぐため名門侯爵家の養女となり、名前も変わったのだった。ついでに爵位も、うちより上だ。


 わたしは王子妃教育の中で洗練された、文句のつけようがない淑女の礼を取った。


「タウンゼント侯爵令嬢エマニュエル様、ご無沙汰しております。若草が芽ぐみ春も深まってまいりましたが、エマニュエル様におかれましてはご機嫌麗しゅうございますか」


「……くっ」


 妃教育に苦戦しているという噂のエマは、悔しそうに唇を歪めた。


 とはいえ、わたしは別にざまぁしたいわけではない。王宮の廊下ですれ違い、無視するわけにもいかなかっただけだ。


 王子妃教育は終わっているものの、わたしは結構な頻度で王宮に伺候している。王妃殿下に何かと呼び出されるのだ。だいたいは懇親を深める名目の、非公式のお茶会なのだが。


 セドリックは忙しいらしく、以前は数日に一度は伯爵邸に来ていたが、最近はあまり顔を見ていない。

 なんだか調子が狂ってしまう。さみし……さみしくなんか、ないんだからね!


 深く礼をするわたしを見下ろしていたエマが、「そうだわ!」と何かを思いついたような声を上げた。


「アーリア様、少しお時間をいただけませんこと? わたくし、王子妃の先達でいらっしゃるアーリア様のお話を伺いたいの」


 先達と来た。今、そのポジションにいるのは、あなたですけどね……。


「アーリア様もセドリック殿下と婚約されたのですもの。これから仲良くしていただきたいですわ」


「……かしこまりました」


 なんだろう、否応なく磨かれてしまった第六感がいやな警報を鳴らしている。

 でも、断ることはできない。相手は今や格上のご令嬢なのだ。






 エマとわたしは王宮の一角にある接客用の部屋を借りて向き合っている。

 メイドがお茶を入れ、軽い茶会の準備を整えると、エマは人払いをした。うーん、なんの話だろう。


「アーリア様、早速ですけれど……乙女ゲームってご存知?」


「………」




 ――お、乙女ゲーム!?




 わたしは辛うじて無表情を保ったが、内心はひどく動揺していた。なぜ、エマが前世の言葉を知っているの?


 エマはわたしをじっと見つめ、にやりと煽るような笑みを浮かべた。


「乙女ゲーム、立ち絵、スチル、ヒロイン……悪役令嬢。いかが?」


 これは……エマは転生者確定だ。

 そして、もしかしてエマは、わたしも転生者ではないかと疑っている?


 わたしは口もとだけで微笑んだ。この挑発に乗るのは危険だ。


「エマニュエル様、わたくし寡聞にして存じませんけれど……世俗で流行している新しいお芝居かしら」


「ふーん……」


「令嬢が敵役になるなど珍しい趣向ですのね」


「ゲームやヒロインはわからないの?」


「げぇむ? ひろいん?」


 わたしが今まで学んできた貴族令嬢の仮面を駆使して答えると、エマはさしあたって納得したようだった。


「そっか、本当に知らないのね。あなたの動きが不可解だったから、てっきりあなたも転生者なのかと思ってた」


「不可解?」


「だって、ゲームの中の悪役令嬢は第三王子と婚約なんてしないし。そもそも国外追放だもの」


「…………」


「うーん、ちょっとしたバグみたいなものかな? じゃあ、わたしがセドリックをもらっても大丈夫よね。わたし、逆ハールートを狙ってるから」


「な……何をおっしゃっているの?」


 セドリックをもらう? 逆ハー狙い? そんな……。


 エマはえげつない言葉とは裏腹に、それはそれは可愛らしく微笑んだ。ピンクブロンドの髪が輝き、色白の顔に薄桃色の頬、唇はぷっくりとふくらみ、口づけを待っているかのようだ。


 ヒロインだ。

 エマはまごうことなきヒロインだった。


「ここはね、乙女ゲームの中の世界なの。ヒロインがイケメンたちに愛されて幸せになる世界。そして、わたしがヒロイン。わたしの選択次第で、みんなわたしに恋をするのよ」


「…………」


「あなたにはわからないと思うけど、これが真理なの」


 頭がぐるぐるする。


 いろんな出来事が続いて忘れていたけれど、卒業パーティーの時に思ったはずだ。『この場面、乙女ゲームで見たことある』と。


「ふふっ、わからないならわからないでいいけど、聞いてよ。もー誰かに話したくて。推しゲーに転生できるなんて超ラッキー! あなたにならしゃべっても大丈夫よね? 悪役令嬢の言うことなんて誰も信じないもの」


 エマはうっぷんを晴らすように、とうとうと話しはじめた。


「攻略キャラはね、とりあえず三人。王道俺サマ王子のヒューバートでしょ、それから草食系王子のハロルドに、弟枠のショタ王子セドリック」


「エマ、ニュエル様……?」


「本命の隠しキャラを出すには、第一王子から第三王子までコンプしないといけないのよね」


「……だ、第一王子から……第三王子? よくわかりませんけれど、エマニュエル様はヒューバート殿下の婚約者なのでは?」


「そうだけど……ヒューバートって、正直退屈なのよねね」


「え……え?」


「でもね~、ヒューバートは超イケメンでわたしにメロメロだし、第二王子で権力はあるけど、王太子じゃないから将来気楽でしょ。キープはしておきたいんだ」


「……はい?」


「ハロルドは一見穏やかで優しいけど、ちょっと変態って設定で」


 ……変態。


「変態もいいんだけど、ハマっちゃうとヤバそうでしょ」


 変態はいいんだ……。


「だから、逆ハー確定するためには、セドリックから行こうと思って。おねえさんが教えてあ・げ・る、なーんて。きゃっ」


 頬を赤らめるエマ。とても楽しそうだ。


 これだけ開けっぴろげな人なのだ。窮屈な貴族生活や厳格な王子妃教育など、ストレスがたまりまくっていたのかもしれない。


 そのあともエマは話しつづけていたけれど、あまり頭に入ってこなかった。




 ここは、やっぱり乙女ゲームの世界。


 エマがヒロインで、わたしは悪役令嬢。




 しかし、わたしは婚約破棄をあっさり了承し、なぜかセドリックと婚約してしまった。


 エマの言っている乙女ゲームのストーリーとどれくらい違っているのか。

 セドリックの気持ちは、これからどうなるのか。

 それたルートを正すため、原作の強制力が働くのだろうか。




 不穏な予感が襲ってきて、胸がざわめいた。

 わたしが歩いている道はどこへ向かっているの……?




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