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婚約報告のごあいさつ



「アーリア、お願い。少しだけでいいから、ちゅーさせてほしいの」


 王宮へ向かう馬車の中。


 わたしの横に座ったセドリックは、上目遣いで甘えた声を出した。ほわほわした柔らかな金髪の間から、透きとおった青い瞳がわたしを見上げる。


 うっ、可愛い。天使だ……。


 でも、言ってることはおかしい。顔と合ってない。


「セドリック様、いけませんわ。まだ結婚したわけではありませんのよ」


 めっと眉をしかめてみせる。

 可愛くおねだりすれば、許されると思ってるでしょ!?


 わたしたちはセドリックの両親――つまり国王陛下と王妃殿下に婚約の挨拶をするために王宮へ向かっている。


 そう、セドリックの求婚からひと月、異例の早さでわたしたちの婚約は成った。まるで何かに追い立てられるかのように。


 第三王子の婚約者が、その兄、第二王子の元婚約者で、しかも十歳も年上っていいのだろうかと思ったのだけど、なぜかトントン拍子で進んでしまったのだ。


 この愛らしい少年が新しい婚約者なんて、なんだか不思議……。


「アーリア……」


 きゅるんとした青い瞳がうるうると潤む。

 んもうーっ! 可愛いんだから!!


 わたしは負けた。


「もう……少しだけですよ」


 わたしが目を閉じると、ちゅっと柔らかいものが唇にふれた。


「アーリア、可愛い」


 ふたたび目を開けると、セドリックがにっこりと黒い笑顔を浮かべている。

 ん、黒い、笑顔? 見間違いかしら……。


 その時、馬車が速度を落とし、ゆっくりと止まった。外から恭しく声がかかる。


「セドリック王子殿下、クラークルイス伯爵令嬢アーリア様、王宮に到着いたしました」


「……わかった。今、出る」


 セドリックは何事もなかったかのように冷静な声で応えると、わたしに向かって無邪気な微笑みを浮かべ、耳もとでささやいた。


「さあ、まいりましょう、愛しの婚約者殿」






 * * * * *






 国王陛下と王妃殿下への挨拶はつつがなく終わった。

 というか、もしかしてお父様とお母様が裏から何か手まわししたのかしら。妙な緊張感が漂っていたのだけど。


 陛下は親しげな笑顔をわたしに向けていたけれど、どことなく引きつっているような……気のせい?


「アーリア嬢、ヒューバートの件は申し訳なかった。父親として詫びたい。そして、セドリックのことも……その、すまない」


 なぜかセドリックのことまで謝られる。

 王妃殿下も優しい、やや同情を含んだ目で、わたしを見つめていた。


「ヒューバートにはきつく言い聞かせておきましたからね。エマとの結婚は許しましたが、わたくしは二人があなたをないがしろにしたことを忘れませんから」


 ほんのり冷ややかな声音が怖いんですけど……。


「セドリックをよろしくお願いいたしますね。少し、その……行きすぎたところがあるけれど、あなたを愛していることは確かなようだから」


「はい。不束者ですが、セドリック様を精いっぱい支えてまいりたいと思っております。今後ともよろしくご指導くださいませ」


「ああ、アーリアがお嫁に来てくれて、本当にうれしいわ。あなたがずっと努力してきたのはよく知っているもの」


「王妃様……」


 少しうるっとしてしまった。

 王妃殿下との付き合いはもう五年になる。それほど頻繁に会っていたわけではないけれど、わたしを見ていてくれたんだ。


 貴婦人の仮面をかぶりつづけた日々がちょっと報われた気がした。






 * * * * *






「セドリック様、これからどちらへ?」


 ご両親への挨拶という一大イベントを終えてほっとひと息吐いたわたしを、セドリックは王宮のさらに奥へと連れていこうとする。


「兄上のところです」


「兄上?」


「あ、もちろんヒューバート兄上ではありません。ハロルド兄上です。おいやですか?」


 頼りなさげに見上げる瞳に、つい首を振って微笑んでしまう。セドリックはうれしそうにわたしの手を握った。


「よかった。さあ、行きましょう!」






 到着したのは、わたしが王子妃教育のために訪れていた居館よりも奥まったところにある別棟だった。


「よく来てくれたね、セドリック、アーリア嬢」


 にこやかに迎えてくれたのはハロルド王子だ。


 まぶしい金髪のセドリックやヒューバートと違って、平凡な褐色の髪にやや薄い茶色の瞳。

 穏やかそうな顔をしているが、わたしとの政略結婚を蹴って恋愛を選んだ情熱の人でもある。


「兄上! 僕の婚約者を連れてきました。僕の、婚約者です!!」


「二人とも婚約おめでとう」


 セドリックはハロルドにずいぶん懐いているらしい。あからさまに声がはずんでいる。


 ひととおりの茶会の用意をすませると、メイドたちが客間を出ていく。室内にはわたしたち三人と、扉の前に近衛騎士が二人残った。


「さあ、ここからは内輪の話だ。この近衛たちは私の信頼する者だから、遠慮はしなくてよい」


「お気遣いありがとうございます、ハロルド殿下。このたびご縁がありまして、セドリック様と婚約を結びました。どうぞよろしくお願い申し上げます」


 内輪の話ってなんだろう。

 疑問に思いながらも、ハロルドに何事もなかったかのように挨拶する。ヒューバートの時も挨拶したので、実はこれで二度目なのだ。


「うん、そんなにかしこまらなくてよいから。ヒューバートとの経緯はわかっている」


「父上も母上も、兄上までもヒューバート兄上のことばかりで妬けてしまいます。あいつの名前なんてアーリアの耳に入れたくないのに」


「まあ、よいではないか。もうアーリア嬢はおまえの婚約者なのだから」


「はい!」


 誇らしげに胸を張るセドリック。


「あとは一刻も早く結婚したいです」


「婚約したのだから、ひと安心ではないのか?」


「そういうことではないのです。アーリアが口づけすら、なかなかさせてくれないのがつらくて」


 えっ、また何を言い出すの、この王子様は!


「セ、セドリック様!?」


 ははは、とハロルドは楽しそうに笑った。


「そうか、仲がよくて微笑ましいな」


「兄上、また相談に乗っていただけますか?」


「うん、なんだい?」


「僕……アーリアを独り占めしたいのに、同時に見せびらかしたい気持ちもあって困っているのです」


「はは、気持ちはわかるよ。わたしもクリスティーナを独占したいし、自慢もしたい」


 クリスティーナというのは辺境伯の娘で、ハロルドの妻の名前だ。大恋愛の末に結ばれた二人の話は民草にも人気で、流行小説や芝居のネタにもなっているらしいけど……。


 ハロルドは温厚な笑顔で、ウンウンとうなずいた。


「早く結婚したいという気持ちはよくわかったよ」


「はあ……、今すぐにでも結婚したい」


「わたしも協力するが、実際問題としてある程度の日にちは必要だね。まぁ、それまでは我慢しなさい」


 セドリックはちょっと唇をとがらせて不満そうだったけれど、しぶしぶうなずいた。




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