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妖精はやがて男になる?



 風にあたって頭を冷やそうと庭に出た。


 早咲きの春の花々がちらほらと庭に色彩を添えている。わたしはメイドを下がらせ、中庭の東屋で一人お茶を楽しんでいた。


 物陰からぴょこりと現れたのは、ほわほわした金色の髪の毛。


「……セドリック殿下?」


「見つかっちゃいましたね」


 てへ、と美少年だけに許される、あざとい仕草。でも、可愛いから許しちゃう。


 ……って、言ってる場合じゃなかった!

 この子、わたしに求婚して頬にキスしたんだよね!?


「お見舞いに来たの。もう具合は大丈夫?」


「殿下」


 心配そうに顔をしかめたセドリックが長椅子の隣にぴたりと体を寄せて座ってくる。人前ではないせいか、昔のように口調が少し砕けている。


 しかし……あの、オウジサマ? ちょっと距離が近くないですか?


 視線でとがめると、


「誰もいないから。あなたが一人になりたいと言ったのでしょ」


 セドリックはにっこりと笑った。だから、近づいてもいいって意味じゃないんだけど。


 なんだか無邪気な笑顔がうさんくさく思えるのは気のせいかしら? いや、セドリックはピュアで可愛い天使だったはず。


「ご心配ありがとうございます。少し疲れがたまっていたようですわ」


「うん、あんなことがあったのだもの……。無事、婚約は解消されたみたいですね」


「はい、おかげさまで……」


 何かを確かめるように、わたしをじっと見つめる視線。


「アーリアは本当によかったの? 僕にとっては幸運だったけれど。ヒューバート兄上のこと、好きなのかと思ってました」


「そうですね……。好ましく思っていた時期もありましたけれど、今となってはなんの気持ちもありませんわ」


 それは悔しまぎれじゃなくて本当だ。前世を思い出した時に、すっぱり綺麗になくなってしまった。どうしてあんなにこだわっていたのかわからない。


「そうか。じゃあ、僕のしたことも無駄じゃなかった」


「え? なんのことですか?」


「なんでもない」


 くすっと笑うと、セドリックはわたしの手を取った。


「よかった。これで僕があなたを口説く障害はなくなりましたね」


「殿下……。なぜそんなにわたくしのことを?」


 ぎゅっとわたしの手を握りしめて、少し遠い目をする。


「アーリアは覚えていないかもしれないけれど、初めて会った時、僕は庭園で迷子になっていたの。心細くて泣きそうになっているところに、あなたが現れた」


「覚えておりますわ。わたくしはヒューバート殿下との顔合わせのお茶会の前に、緊張をほぐそうと薔薇園を散策していたのです。その時、薔薇の妖精に出会ったのかと思いました」


 ほんとに可愛かったなぁ。ちっちゃくて綺麗な男の子が、泣きそうな顔で薔薇のアーチの下にたたずんで。

 手を差しのべずにはいられないでしょう。


「僕こそ女神が現れたのかと思った。それからあなたに会うたびに胸が高鳴るようになって……明るい笑顔や優しい声が慕わしくてたまらなくなりました」


「え、でも殿下はまだお子様でしたでしょう」


「子供でも男ですよ」


 大人びた顔で苦笑するセドリック。もうそんな表情をするようになったのね。


「次第にアーリアの笑顔が曇っていったのも知っています。アーリアは必死に隠していたけれど、僕ならそんな思いはさせないのにとずっと思っていました」


 確かに、ヒューバートとエマの親しさが増していったこの一年ほどは、気持ちが休まらなかった。

 表に出していたつもりはなかったのに……、よく見ているのね。


 その時、わたしの手の甲にそっとセドリックの唇がふれた。セドリックはそのまま視線だけ上げて、わたしを見つめる。


「セドリック殿下!」


 セドリックはそのままの体勢で小さく笑った。ピンク色の血色のいい唇から、赤い舌がのぞく。


 ぽぽっと頬が赤くなるのが自分でもわかった。

 まだ子供なのに、なんだか色っぽい目をするから。


「…………!」


「あなたはとても甘いんだね。思っていたとおりだ」


 突然の言葉に、時が止まったような気がした。


「何を……」


「ハロルド兄上に相談したの」


 第一王子ハロルドは辺境伯令嬢と大恋愛の末結婚し、昨年長子が生まれた。


「本気で愛している人がいることを」


 本気……!?

 その相手って、もしかしなくてもわたしですよね!?


 息を呑むわたしにかまわず、セドリックは真剣な顔で続ける。


「兄上が教えてくれたの。愛する人を自分だけのものにするには結婚すればいいんだって。ねえ、アーリア、僕はもう大きくなったよ」


 そんなことを言われても困る。

 混乱しながらセドリックを見ると、彼は頬を染めて恥じらっている。それまで握っていたわたしの手を離し、その手のひらで口もとを覆った。


 心の中は大嵐だけど、口に出しては何も言えないわたしに、セドリックは赤い頬のまま熱い目を向けた。


 その青い瞳はまっすぐで強くて……。いつもの可愛いセドリックと違った。なんだかすごく男っぽく見えて、胸が跳ねる。


「あなたのすべてをいずれ僕のものにしたい。アーリア、大好き。愛してる」


 淡く色づいた唇。頬は薔薇色に染まって、青い瞳は甘くとろけている。

 男とか女とか、そんな性別を超えた艶やかさがセドリックにはあった。


「…………セドリック様」


 わたしの声もかすれていた。

 セドリックはふっと我に返ったように瞬いた。


「あ……やっと、殿下をやめてくれた」


 うれしそうに全開の笑顔で笑うセドリック。

 一瞬前に見せた少し大人っぽい表情が嘘のような無邪気さに、私はなんだか気が抜けてしまった。





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