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もう婚約はこりごりです



 真っ暗な世界に、ふっとひと筋の光が差しこんだ。

 まぶたが震える。


「あ……アーリア、目が覚めましたか?」


「セドリック、殿下……?」


 まぶしい光と思ったのは、朝日を浴びて輝くセドリックの金髪だったらしい。


 でも、なぜここにセドリックが? ここって、わたしの部屋の寝台よね?


「昨夜、玄関ホールで倒れたのは覚えていますか? 学園の卒業パーティーから帰ってきたことは?」


 不審な顔をしていたのだろう、わたしに向かってセドリックが落ち着いた声で話しかける。


「え、ええ、覚えています。……卒業パーティーで、ヒューバート殿下から婚約破棄を言いわたされて……それで帰宅したら、セドリック殿下が……って、殿下!? 今、朝ですよね、なぜここに!?」


「アーリア、落ち着いて」


 思わず飛び起きたわたしの肩を、まだ小さな手が押さえる。


「突然アーリアが倒れたので、心配で付き添っていたのです。医師には疲労だから大丈夫だと言われたのですが、どうしてもそばにいたくて」


「えぇ、あれからずっと? ひと晩中いらしたのですか!?」


「はい、もちろん僕一人ではありませんが……、元気になったようでよかった」


 セドリックは可愛らしい顔に、とろけるような笑顔を浮かべていた。その綺麗なお顔が近づいてきて、柔らかい唇がそっとわたしの頬にふれた。


 高い少年の声が甘くささやく。


「愛しています、アーリア。僕の言葉も覚えていますよね?」


「な……!?」


 驚きに硬直したわたしが叫ぶより前に、セドリックの背後から女性の鋭い声が上がった。


「殿下、嫁入り前の娘に何をなさいますの」


 お母様だ。

 いつも微笑んでいる美しい貴婦人である母が、怖い表情でセドリックの首筋をつかんだ。まるで猫の子みたい。


「伯爵夫人、少しくらいは許してくれませんか」


「いくら殿下が娘に求婚してくださったといっても、まだ婚約は成っておりません。お慎みください」


 セドリックはお母様にどこかに連れていかれ、わたしはようやくひと息吐いた。


 今日は一日、部屋に引きこもろう。

 前世の記憶はわたしの中だけのことだから置いておくとしても、第二王子に婚約破棄されて、第三王子に求婚されて、おまけに玄関先で倒れたのだ。


 今日くらいはゆっくりしても、お父様もお母様も怒るまい。






 * * * * *






 その翌日、両親とも話しあい、ヒューバートとの婚約は正式に破棄された。


 昨日はヒューバートから矢の催促があったようだが、わたしの体調不良を理由に一日待たせたらしい。

 ヒューバートもわたしがごねるのではないかと、さぞかし不安だったことだろう。少しざまぁみろだ。


 パーティーの帰りに心配していたようには、お父様は怒っていなかった。

 いや、ものすごく怒ってはいたが、わたしに対してではなくヒューバートと王家に対してだ。「第一王子に続き、第二王子まで我が娘をないがしろにするのか」とクーデターでも起こしそうな勢い。


「あら、あなた。ちょうどよかったではないですか。あんなおつむの出来の悪い王子など、こちらから願い下げですわ」


 冷たい笑顔でズバズバと毒を吐くお母様。


「しかし、このままではアーリアに瑕疵が付いてしまう。よい縁組も叶わぬ。あんな性悪女にだまされ、アーリアを悪者にしようとするなど、どうしてくれようか……」


 お父様、伯爵家の体面よりもわたしの心配をしてくださるのね。最近頭が薄くなってきたとか思っていてごめんなさい。


「それはあなたの手腕次第ですわよ。大人の世界は怖いものだと思い知らせておやりになればいいわ」


 お母様、大人の世界よりもお母様が怖いです……。


「しかも、ヒューバート殿下は正式に陛下のお許しを得てはいなかったというではありませんか」


「なんだと! それはどこの情報だ。陛下はそのようなことは仰っていなかったぞ」


「ふふ、それはそうでしょう。身内の恥ですから。まずは、そのあたりから攻めていけばよろしいのでは」


「そうだな……。アーリア、おまえの仇はわたしが取るから安心しなさい」


 お父様はわたしを見てうなずいた。お母様も微笑んでいる。その微笑みにちょっと凄みを感じるのは気のせい?


「いえ、お父様、わたくしはもう……。領地にでも戻って静かに暮らしたいですわ」


「なんと優しい娘だ。アーリア、何も心配しなくてもいい。お父様がよい縁談を必ず見つけてくるからな」


 ほんのり涙ぐむお父様に、お母様が優雅な口調で斬りかかる。


「いやですわ、あなた。ヒューバート殿下との婚約もあなたが決めたことですわよね」


「…………」


 お母様はわたしに向き直り、ふっと視線をゆるめると、今度こそ穏やかな深い声音で言った。


「ねぇ、アーリア。あなた、ひそかに想う方はいないの? 伯爵家の都合で散々振りまわしたのですもの。お母様は、あなたには好きな方と幸せになってほしいのですよ」


 好きな人……?


 一瞬『愛しています』と頬にふれた幼い唇を思い出したけれど、いやいやと首を振った。


「ずっとヒューバート殿下の婚約者だったのですもの。想う方などおりませんわ。本当のことを言えば……婚約についてはしばらく考えたくありませんの」


「そうか、そうだな。アーリアは結婚などせず家にいてもいいのだぞ」


 お父様がなんだかほくほくした顔で言うと、お母様がまた冷たい笑みを浮かべた。


「あなた。……そういえば、王家内部の情報はセドリック殿下からお伺いしましたの。いずれお礼を申し上げませんと」


「なん、だと……」


 ぐっと歯噛みをしたお父様。

 やっぱりもうご存知よね、セドリックの求婚。使用人たちの前であれだけ派手にかましたものね……。


 わたしはまだ少し体調が優れないからと言い訳して、慌ててその場を立ち去った。




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