僕は何度でも恋に落ちる
「見えないほうが想像してしまうことってあるよね」
セドリックが優しげな声で言う。
「見えないほうが……」
「うん。彼は今、何を考えているだろう? どんなに想っても、惚れた女には手が届かないんだよ」
「惚れただなんて、そんな」
エドワードにそこまでの気持ちはない、と思うけど……。
その時、マジックミラーに影が差した。
もしかして、エドワード? エドワードがそこにいるんじゃ?
「…………!」
さっきの声が聞こえたのか、それとも何か気になることがあったのか、エドワードが鏡をのぞきこんだ。
じっと考えこむエドワードと目が合った気がして、わたしは顔をそむけた。こちら側は見えないとわかっていても、心臓が跳ねる。
あの朝、わたしを後ろから抱きしめていたエドワードが脳裏に浮かんだ。苦しそうな声で「今だけ、頼む」と言って、わたしをかき抱いたエドワード。
「アーリア、来て」
セドリックはわたしを立ち上がらせて、鏡の前に連れていった。
鏡の向こう側……目の前には、エドワードがいた。エドワードからは見えないはずなのに、彼はじっとこちらを見ていた。何かをこらえるような、切ない瞳だった。
わたしのあごに手を添えて、セドリックが口づけてくる。
「セドリック、だめ、見えてしまうわ!」
「大丈夫。見えないよ。音は……聞こえているかもね」
その時、気づいた。
エドワードが鏡越しに聞き耳を立てている。小さな音を聞きもらすまいと集中している表情だった。
ごめんなさい、エドワード。そんなつもりはなかったけれど、あなたを弄ぶようなことになってしまったのかも……。
「……セドリック……」
セドリックはわたしを強く抱きしめてきた。
わたしもセドリックの肩に腕を回して、ピンク色の薄い唇に口づけた。
わたしが愛しているのはセドリックただ一人だけれど、鏡を見つめるエドワードの切ない瞳が心に残っていた。
もしかしたら、本当に好かれていたのかもしれない……。
その気持ちに応えることはできないけれど、エドワードはこれからも自分の衝動を抑制してくれる気がした。
それなら、エドワードの心は知らないままでいたい。欺瞞かもしれないけれど。
「アーリア、愛してる。……あと一度だけ、口づけていい?」
「もう、セドリックったら。でも、時間が……。あなたも授業があるでしょう?」
「…………」
学園には余裕を持って来ているけど、セドリックもそろそろまずいんじゃないかしら。
「少しだけよ?」
「…………!」
セドリックが子供のようにぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。
「うふふ、苦しいわ」
「アーリア、大好き」
ちらりと鏡を見ると、もうエドワードはいなくなっていた。
セドリックもわずかに鏡を気にする様子を見せた。
「セドリック……あなたも言ってたでしょう? 今はわたくしだけを見て? わたくしだけを感じて?」
「アーリア……!」
駆け引きも技巧もなく、ただわたしが欲しいという想いだけをぶつけてくるセドリック。
そんな夫がたまらなく愛しかった。こんなにわたしを求めてくれる人はいない。
「大好き。ずっと愛している」
「わたくしも愛しています」
「うん。いつも、こんな形でアーリアの愛を確かめて、ごめんね」
そうか、自覚してたんだ。
表には出さないけれど、もうわたしにもわかる。セドリックはいつもどこか不安そうで、そのたびにわたしを試そうとして。
でも、それはいやじゃない。セドリックが安心できるのなら、できるだけ応えたかった。
「僕は、アーリアにすごく愛されているよね。アーリアと結婚できて、本当に幸せだ……」
「そうよ? どんないきさつがあったって、わたくしが今、あなたを愛していることに変わりはないわ。今だけじゃなくて、未来も、ね」
すぐに少年は成長し、まばゆいばかりの立派な青年になるだろう。
あとから思えば、どうして自分は子供なのか、早く大人になりたいなどということを悩む時間は、たぶん一瞬にすぎない。
その時、彼の横に並ぶのにふさわしい人間になっていなければならないのは、わたしのほうだ。
ずっと彼に愛してもらえるように。彼を愛しつづけることができるように。
「アーリア……あなたを好きな気持ちだけは、誰にも負けない。断言できる」
セドリックの青い瞳が輝いていた。
晴れた日の明るい空の色。そこに浮かぶ、くすぐったいほどの憧憬の色。
わたしはその美しい空を、飽きずに眺めていた。
「あなたを見るたびに、あなたの声を聞くたびに……僕は何度でも恋に落ちるよ」
わたしもまた、彼の瞳の中の恋を、きっと一生、見つめつづけるだろう――。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
可愛いもの好きな転生令嬢と、少しずつ青年へと成長していく腹黒ショタ王子の恋、いかがでしたでしょうか? 機会があったら、セドリックが成人し、二人が名実ともに夫婦になる話も書いてみたいな。
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「身代わり聖女の初夜権 ~偽聖女だと国を追放されたわたし、なぜか国の守護神の聖獣様〈もふもふ〉に溺愛されています~」
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