理事長室の秘密
翌日から、学園内の雰囲気が変わった。
雰囲気、というよりも、わたしに対する風当たりが変わったというか……。
「アーリア様、今日もお綺麗ですね!」
「おはようございます! 朝から妃殿下にお目にかかれるなんて幸せです」
男子生徒がみんな、やけにチヤホヤしてくる。
なに? 一体どうしたのかしら?
たまにあの待合室のテラスにいた子たちも見かけるけれど、わたしとすれ違うと真っ赤になって熱い瞳で見つめてくるので、ちょっと怖い。
セドリックに何やら言い含められているようで、手を出してくることはないけれど。
「アーリア、人気者になってしまったね?」
少し不安そうにわたしをのぞきこむセドリックに、わたしは微笑みかけた。そんな顔をしなくても、わたしの夫はセドリックだけなのに。
あの日――。
セドリックがあとで話してくれたことによると、わたしとエドワードの並んだ様子を見て、セドリックは落ちこんでしまったらしい。自分が、わたしにふさわしくない子供に思えて。
そして、上級生の女の子、あのオレンジ色の髪の少女に慰められたのだそうだ。
彼女は可憐な見かけのわりに押しの強い娘だったようで、セドリックが内心弱っていると見るや、強引なアプローチをしかけてきた。わたしになりかわろうとして……。
彼女はあれきり休んでいるらしく、いろんな噂が飛び交っている。
学園はある意味、社交界の縮図だ。怖い怖い。
「セドリックこそ、想いを寄せられることが多いのだから、気をつけてくださいね」
「僕が興味を持たれているとしたら、学園で数少ない既婚者だからさ。みんなから見たら、大人に思えるんだろう」
セドリックがそれこそ大人びた顔で苦笑した。
セドリックの魅力はそれだけではないと思うけど。それを主張しようとしたら、女子生徒から挨拶をされ、会話は途切れた。
「……おはようございます」
「おはよう」
「ごきげんよう」
女子生徒たちは、あからさまにわたしをおとしめることはしなくなった。
おしとやかに礼をする少女たちの目は、一瞬ギョッとするほど、一律にギラギラとしている。わたしの一挙手一投足に注目しているようなのだ。
大人っぽい女性がモテる、という学園内の流行りのせいで、わたしは格好の研究対象になってしまったらしい……。
セドリックがくすっと笑った。
「女子生徒の憧れの的だね。アーリアの崇拝者が増えてしまった」
それは、ちょっと違うと思うけどね……?
* * * * *
セドリックにエスコートされて、理事長室に着くと、タイミングよくエドワードがやってきた。いや、タイミングがよいかどうかは、微妙かしら。
「妃殿下、おはようございます。まだ早いのですが、本日の理事会の予定を……。おや、セドリック殿下もいらしたのですか」
「ええ。学園長も朝から熱心ですね」
セドリックとエドワードの視線が合う。セドリックの射るような瞳と、エドワードの余裕綽々な態度。
な、なんだか、火花が散ってる……?
「あの、エドワード様、わざわざありがとうございます。先日いただいた資料も大変参考になりました」
エドワードに会釈すると、エドワードも親密な微笑みを浮かべた。
「妃殿下のお役に立てたのなら、よかった。今日も理事会の前に、打ち合わせをしておきましょうか」
「そうですわね。そのほうが安心かしら……」
以前、エドワードに口説かれて――でも、自制してくれた彼に、わたしはわりと好感を持っていた。信頼感とも言えるかしら。
わたし、ちょろい? 自覚はちょっとあるけど。
「では、これからよろしいですか?」
エドワードがわたしの背を押し、ソファーに座らせようとしたところで、セドリックが話しかけてきた。
「そういえば、アーリア、話し忘れていたことがあるのだけど……。学園長、打ち合わせの前に申し訳ないのですが、少しお待ちいただけますか?」
「かしこまりました」
エドワードはわたしから手を引き、セドリックに対して丁寧に頭を下げる。
「セドリック様、お話していない件って、何かございましたかしら?」
「うん。ちょっと内密の話なんだけど……いいかな?」
わたしを横目で見ながら、理事長室の奥の扉を指さすセドリック。
理事長室の隣には、私的な休憩室がしつらえられている。大きめの長椅子があり、茶器などもそろっていて、執務の合間に軽く休憩できるようになっていた。
「はい。メイドを呼びますか?」
「いや、そんなに時間はかからないから」
「わかりました。こちらへどうぞ。エドワード様、ごめんなさい。セドリック様とのお話が終わったら、また改めてご連絡させていただきますわね」
エドワードに謝ると、彼はにこりと笑って、ソファーに一人で腰かけた。
「大丈夫です。このまま待たせていただきます」
わたしはセドリックと一緒に、休憩室へと入っていった。
セドリックが後ろ手に扉の鍵をかける。そして、窓まで歩を進め、厚手のカーテンを引いた。
「セドリック様?」
すぐに終わる話だと言っていたのに、なぜ鍵を? それに、カーテン……?
セドリックは無言のままわたしの前に立った。そして、背後を振り返り、壁の一点を指し示した。
「……鏡?」
そこには、一枚の大きめの鏡があった。
……そのはずだった。
でも……、あれ?
おかしい。違う。鏡じゃ、ない。
これまでずっと鏡だと思っていたのだけれど、カーテンを閉めて暗くなった休憩室で、その鏡はまるで窓のように、隣の理事長室の中の光景を映し出していた。
確か、理事長室側の壁にも、同じ位置に嵌めこみ式の鏡があったはず……。
表裏が一体になった、鏡。
鏡のように擬態した、窓。
もしかして。
これって、いわゆる――マジックミラー!?
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学園編はあと二話になります。どうぞよろしくお願いします♪




