僕だけを見て、僕の声だけ聞いて
「……アーリア……」
息を呑む。
セドリックも目を見開き、わたしの姿を認めた。
「セド……リック……」
石壁に背をあずけたセドリックの首には、明るいオレンジ色の髪の少女がしがみついている。
昼休憩の時、セドリックに駆けよっていった、あの女子生徒だ。
「アーリア」
セドリックが、わたしにすがるような視線を向けた。
オレンジ色の髪の少女は一瞬動きを止めたが、わたしにチラリと挑戦的な目を向けると、より強くセドリックに抱きつく。
「セドリックさま、さっきみたいに口づけて……」
「違う……きみが無理やり……、あっ」
少女は花の蕾のようにみずみずしい唇を、セドリックの頬に押しつける。
「セドリックさま、年上の妻よりも、若い女の子のほうが可愛いっておっしゃってましたよね」
「そんなこと言ってない!」
女性を力ずくで振りはらうのをためらっているのか、セドリックは抵抗できないみたいで……。
わたしは、ふらふらとセドリックに近寄っていった。
「セドリック」
「アーリア……信じてくれるよね?」
少しうるんだ瞳でわたしを見つめるセドリック。
わたしはセドリックの横に立つと、わたしより少しだけ背の高いセドリックのあごを指で持ちあげ、唇を寄せた。
「な……!?」
少女がぽかんとした顔で、セドリックにキスするわたしを見上げる。
わたしはにっこりと微笑むと、彼女をそっと押しのけた。少女はびっくりしたのか、なんの抵抗なく後ろへ揺れ、おしりを床につけて座りこむ。
「アーリア」
ようやく自由になったセドリックがわたしを抱き寄せ、ちゅっと口づけた。
横目で見ると、女子生徒は呆然とわたしたちを見上げていた。
「その子にも……ほかの男子生徒にも、僕たちの愛は絶対だと教えてあげよう?」
「男子生徒……?」
――あ。
そういえば、テラスにはほかの男子生徒たちがいたじゃない!
後ろを振り返ると、パーティションの陰にさっと制服が消えるのが見えた。もしかして今まで、のぞかれていた……?
「アーリアは気にしないで。僕がすべていいようにするから……」
そ、そう言われても気になる。
……けれど。
「アーリア、愛してるよ。幼いころから、ずっとアーリアだけが好きだった。ほかの女性なんか目に入らない……っ」
セドリックに一途な目を向けられ、熱い愛の言葉をかけられると、頭がふわふわしてしまう。
「わ、わたしは? わたしはどうなるの!?」
突然、オレンジ色の髪の少女が、尻もちをついたまま叫んだ。
セドリックが冷たい目で、彼女を見る。
「うるさいな。きみの役目はもう終わったんだから、黙ってて」
「え……、セドリック?」
「アーリア、邪魔が入ってごめんね。ほら、僕だけを見て。僕の声だけ聞いて」
「わ、わかったわ……」
「ありがとう、アーリア、大好き。アーリアも僕を愛しているよね?」
姉にご褒美をねだる、うぶな弟のように甘えてくるセドリック。ああ、柔らかな命令口調に、わたしは逆らえなくなってしまう。
「わたくしも……愛しています……」
パーティションの陰から、セドリックと同じ年ごろの少年たちの声にならないざわめきが聞こえた気がした。




