セドリックからの呼び出し
昼休みに偶然会った時のセドリックの様子が気になっていた。
わたしの名前を呼んだ、美しい少年の顔。
いつもは会うとすぐ笑顔を向けてくれるのに、あの時は無表情で。その後もエドワードとは義務的に話していたけれど、わたしにはひと言も話しかけてくれなかった。
……セドリックに誤解されているんじゃないかしら。エドワードとのこと……。
昼食のあと、理事長室で一人物思いにふけっていると、扉をノックする音がした。
「理事長、失礼いたします。セドリック殿下からのご伝言でございます」
セドリックから使者だった。使者は、セドリックの手紙を渡すと、すぐに戻っていった。
封を開けると、確かにセドリックの手筆だ。
手紙には『午後の最後の授業で、乗馬と剣の実践練習がある。そのあと体を清めてから帰るので、訓練準備棟の待合室で待っていてほしい』というようなことが書いてあった。
ほっとした……。
普段どおりの手紙。もしかしたら先に帰っているように言われるかと思っていたので、一緒に帰る気があるとわかって気が抜けた。
「訓練準備棟は、馬場の隣の建物だったわよね……」
わたしは何も疑問に思わずに、セドリックの授業が終わるのを待っていた。
* * * * *
剣の訓練場と広い馬場の横に、ほかの建物と比べるとそれほど大きくない訓練準備棟がある。
石造りの建物の中には、貴族の子弟が運動の準備をするための更衣室や浴室、着替えや雑事を手伝う従者の控え室などが並んでいる。
その訓練準備棟の一角に待合室があった。待合室といっても、王族や上級貴族専用の豪華な部屋だ。
「セドリック殿下に呼ばれてまいりました。こちらで待つようにとの言伝だったのですが、入ってもよろしいかしら」
「はっ、どうぞお入りください」
入口で警護をしている騎士に挨拶し、中に入る。
待合室には広めのテラスがあり、わたしはその端の椅子に座ってセドリックを待った。穏やかな陽気で、そよ風が気持ちいい。
もう着替え終わった男子生徒が何人か談笑していたけれど、テーブルの間は軽くパーティションで仕切られており、あまり視線が気にならないのもなかなか快適だ。
だけど、訓練準備棟は基本的に殿方用の施設。女子は学園で汗をかくような授業は受けないので、この棟には普通女性は入れない。
警護の騎士にも誰何されずに、スムーズに入室してしまったけど、大丈夫だったのかしら……。
「…………?」
その時、かすかに若い女性の声がした。
わたし以外にいるはずのない、女性の声。
「……ぁっ、……様っ、おねが……」
パーティションの向こうから聞こえてくる、その声は、
「泣き声……?」
まさか。
でも、耳をすませると、やっぱり泣いているような気がする。
「……わたし……あなたの……」
男子生徒がどこかから連れてきたのかしら。それとも、積極的な女の子が忍びこんだとか。
そういえば、学園に在学していたころ、訓練場のそばに告白スポットがあるらしいと聞いたことがある。前世での校舎裏や体育館裏みたいなものだろうか。
「……僕は……きみを……」
高い少女の声の合間に、少年の声がした。
胸がドクンと跳ねる。
「……え!?」
声変わりしかかった、少しかすれた声。
あの声は――セドリック?
「うそ……」
わたしは凍りついたように、その場から動けなくなった。
いつの間にか、周囲のざわめきが消えていた。
「あぁ、セドリックさま……」
「そんな……しない……」
しんとした待合室のテラスに、少女とセドリックの声が途切れながらも響いている。
不自然な静けさ――二人の声に気づいた男子生徒たちも耳をすませているんだ……。
そこにまた、セドリックの切なげな声がした。
「……僕は……アーリアを……」
……セドリック?
セドリックが……わたしの名前を。
フリーズしたまま時が止まっていたかのようだった頭と体が、やっと動く。
「セドリック!」
わたしは、セドリックと見知らぬ少女の声がするパーティションの向こう側へとっさに駆けこんだ。




