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【書籍化】婚約破棄された悪役令嬢ですが、十歳年下の美少年に溺愛されて困っています  作者: 月夜野繭
学園編

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17/24

年上の男



「アーリアは最近、隙が多くなったよね……」


 王立高等学園で一日執務をしてすごし、講義を終えたセドリックと一緒に王宮に戻って数時間。夕食も入浴もすませ、やっと二人きりで寛ぐひととき。


 わたしたちは居室のソファーで香りの良いお茶を飲みながら、今日の出来事を話していた。


「隙、ですか……? 申し訳ございません。わたくし、王子妃として、何かふさわしくないふるまいをしてしまったかしら。……あ、エドワード様の?」


 理事長室で、エドワードの言葉に動揺してしまったことかな。口紅が取れているって指摘されて……。


 確かに最近、貴族令嬢として磨いてきた鉄の仮面がゆるんでいる気はする。反省。


 セドリックは少しムッとして、わたしを見た。


「二人でいる時に、ほかの男の名前は聞きたくないな」


「ごめんなさい。そうね……、わたくしもセドリックの口から、ほかの女の子の名前を聞きたくはないわね」


「えっ……それ、ほんと?」


 大きな目を見開いて驚くセドリック。わたしが嫉妬するの、そんなに意外かしら?

 そうか。令嬢鉄仮面があったから、確かに普段はあまり表に出さなかったかも……。


「それよりも、隙って? ホールでの挨拶は変でした?」


「ううん、理事長としての挨拶は立派だったよ。そういう意味じゃなくて……」


「…………?」


 セドリックは少し首を傾げて、綺麗な青空の色の瞳でわたしを見つめた。


「学園長に対して……、男子生徒に対してもだけど、つけこめそうな隙を見せすぎている。前にも言ったでしょう? 一見完璧な王子妃であるあなたが、ふと見せる隙がどれほど魅力的か」


「ふと見せる隙……」


 そんな隙なんて見せたっけ?


「わからない、か。正直、僕と同年代の生徒たちを警戒しすぎて、年上の男はそれほど考えていなかったけど……」


 年上の男、かあ。

 今日、間近で言葉をかわした年上の男性は、学園長のエドワード様くらいかしら。


 じゃあ、もしかしてあの動揺が『隙』なのかしら?


「え……?」


「理解してくれた?」


 正解なの?

 わたし、何も口に出してないわよね?


「全部顔に出てる。僕のことが大好きで、信頼しているから、顔に出ちゃうんでしょう? 僕の前では、とりつくろわなくていい」


 くすくすと笑うセドリック。なんだかセドリックのほうが年上みたい。


「セドリックったら……自信家ね?」


 ちょっとむくれていると、セドリックがわたしのほっぺにチュッとキスをした。


「僕は本当に、アーリアが好きだよ」


 優しいけれど……、目をそらしたくなるくらい熱い視線。子供のようにあどけなくて、でも、青年の強さを秘めた表情。


 その美しく整った顔が、ふっと陰りを帯びた。


「でも、アーリアの僕への気持ちに、そんなに自信があるわけじゃない。どうしたって僕は十も年下だ。……時々、思うんだ。僕は、アーリアにふさわしくなれているかな。僕は……これからも、アーリアの心を引きとめておけるのかなって」


 セドリックのこんな弱々しいところ、初めて見たかも。いつも強引で、マイペースに我が道を進む人なのに。


 うつむく横顔に――その弱音に、胸がきゅんとする。年相応の少年らしい姿を守ってあげたい……。


「セドリック……、わたくしもあなたが好きよ」


 セドリックは顔を上げて、かすかに苦笑した。わたしに対してではなく、自分自身を笑っているような。


「ごめんね、変なこと言って」


「いいえ。セドリックも、わたくしには強がらなくていいのよ」


「男は、惚れた女性には格好つけたいものなんだ」


「女だって、愛した人に頼られたいわ。信じてほしい」


「そう……?」


 その瞬間、セドリックの中で何かが切り替わった気配があった。

 セドリックが、いつもの挑戦的な笑みを浮かべる。弱々しい少年の顔は、一瞬でどこかに消え去ってしまった。


「じゃあ、証明して? 僕だけを愛していることを」


「……はい?」


「ほかの男には絶対にさせないことを、させて」


 ゆらりと揺らめくセドリックの瞳に、目を奪われる。

 結局、わたしもセドリックが好きなのだ。






 * * * * *





 その夜は、セドリックの夢を見た。


 セドリックの傍らに、同じ年ごろの可愛らしい少女がいる。仲睦まじそうなふたりの姿はどんどん遠く、小さくなって……、やがて消えてしまった。


 ――そんな、夢だった。




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