年上の男
「アーリアは最近、隙が多くなったよね……」
王立高等学園で一日執務をしてすごし、講義を終えたセドリックと一緒に王宮に戻って数時間。夕食も入浴もすませ、やっと二人きりで寛ぐひととき。
わたしたちは居室のソファーで香りの良いお茶を飲みながら、今日の出来事を話していた。
「隙、ですか……? 申し訳ございません。わたくし、王子妃として、何かふさわしくないふるまいをしてしまったかしら。……あ、エドワード様の?」
理事長室で、エドワードの言葉に動揺してしまったことかな。口紅が取れているって指摘されて……。
確かに最近、貴族令嬢として磨いてきた鉄の仮面がゆるんでいる気はする。反省。
セドリックは少しムッとして、わたしを見た。
「二人でいる時に、ほかの男の名前は聞きたくないな」
「ごめんなさい。そうね……、わたくしもセドリックの口から、ほかの女の子の名前を聞きたくはないわね」
「えっ……それ、ほんと?」
大きな目を見開いて驚くセドリック。わたしが嫉妬するの、そんなに意外かしら?
そうか。令嬢鉄仮面があったから、確かに普段はあまり表に出さなかったかも……。
「それよりも、隙って? ホールでの挨拶は変でした?」
「ううん、理事長としての挨拶は立派だったよ。そういう意味じゃなくて……」
「…………?」
セドリックは少し首を傾げて、綺麗な青空の色の瞳でわたしを見つめた。
「学園長に対して……、男子生徒に対してもだけど、つけこめそうな隙を見せすぎている。前にも言ったでしょう? 一見完璧な王子妃であるあなたが、ふと見せる隙がどれほど魅力的か」
「ふと見せる隙……」
そんな隙なんて見せたっけ?
「わからない、か。正直、僕と同年代の生徒たちを警戒しすぎて、年上の男はそれほど考えていなかったけど……」
年上の男、かあ。
今日、間近で言葉をかわした年上の男性は、学園長のエドワード様くらいかしら。
じゃあ、もしかしてあの動揺が『隙』なのかしら?
「え……?」
「理解してくれた?」
正解なの?
わたし、何も口に出してないわよね?
「全部顔に出てる。僕のことが大好きで、信頼しているから、顔に出ちゃうんでしょう? 僕の前では、とりつくろわなくていい」
くすくすと笑うセドリック。なんだかセドリックのほうが年上みたい。
「セドリックったら……自信家ね?」
ちょっとむくれていると、セドリックがわたしのほっぺにチュッとキスをした。
「僕は本当に、アーリアが好きだよ」
優しいけれど……、目をそらしたくなるくらい熱い視線。子供のようにあどけなくて、でも、青年の強さを秘めた表情。
その美しく整った顔が、ふっと陰りを帯びた。
「でも、アーリアの僕への気持ちに、そんなに自信があるわけじゃない。どうしたって僕は十も年下だ。……時々、思うんだ。僕は、アーリアにふさわしくなれているかな。僕は……これからも、アーリアの心を引きとめておけるのかなって」
セドリックのこんな弱々しいところ、初めて見たかも。いつも強引で、マイペースに我が道を進む人なのに。
うつむく横顔に――その弱音に、胸がきゅんとする。年相応の少年らしい姿を守ってあげたい……。
「セドリック……、わたくしもあなたが好きよ」
セドリックは顔を上げて、かすかに苦笑した。わたしに対してではなく、自分自身を笑っているような。
「ごめんね、変なこと言って」
「いいえ。セドリックも、わたくしには強がらなくていいのよ」
「男は、惚れた女性には格好つけたいものなんだ」
「女だって、愛した人に頼られたいわ。信じてほしい」
「そう……?」
その瞬間、セドリックの中で何かが切り替わった気配があった。
セドリックが、いつもの挑戦的な笑みを浮かべる。弱々しい少年の顔は、一瞬でどこかに消え去ってしまった。
「じゃあ、証明して? 僕だけを愛していることを」
「……はい?」
「ほかの男には絶対にさせないことを、させて」
ゆらりと揺らめくセドリックの瞳に、目を奪われる。
結局、わたしもセドリックが好きなのだ。
* * * * *
その夜は、セドリックの夢を見た。
セドリックの傍らに、同じ年ごろの可愛らしい少女がいる。仲睦まじそうなふたりの姿はどんどん遠く、小さくなって……、やがて消えてしまった。
――そんな、夢だった。




