隠しキャラ登場!
「アーリア妃殿下、王立高等学園理事長就任おめでとうございます」
「ありがとうございます……」
学園管理棟の最奥、重厚な内装の理事長室で、わたしはセドリックに付き添われて挨拶を受けていた。
相手はこの学園の学園長、エドワード・モンクリーフ伯爵。
広い領地を持つ侯爵家の長子で、現在は侯爵家の持つ爵位の一つである伯爵を名乗っている。
学園のトップという地位にあるけれど、まだ若い。二十代後半……三十前後かしら。
青みを帯びた短い黒髪は、少しくせっ毛。瞳は髪と同じ黒で、元日本人のわたしには馴染みやすい。
けれど、顔だちはアジアンというより、ラテン? 大人っぽくて、セクシーな魅力にあふれている。
「モンクリーフ伯爵。いえ、学園長様とお呼びしたほうがよいのかしら。理事長不在の間、執務の代行をしていただき、ありがとうございました」
もともと理事長は経営面の責任者で、毎日通勤してくるわけではない。実質的な采配は学園長に任されている。
わたしにとっては、これからもお世話になる人だ。
モンクリーフ伯爵はわたしの手を取り、指先にそっと口づけた。
「よろしければ、エドワードと。妃殿下のような美しい方と、これからともに過ごせるなど夢のようです」
「エドワード様……」
男の色気を漂わせた、余裕のある微笑み。
タイプは違うけれど、セドリックや、わたしの元婚約者であるヒューバートと比べても遜色のない美形だ。
その時、わたしの中にふと疑問が浮かんだ。
このイケメンっぷり、普通じゃない。まるでメインキャラみたい……。
エマ――今は、ヒューバートと結婚し、辺境伯夫人となったエマニュエル。この乙女ゲームの世界の『ヒロイン』として転生した少女。
彼女が、以前言っていた。
『攻略キャラはね、とりあえず三人。王道俺サマ王子のヒューバートでしょ、それから草食系王子のハロルドに、弟枠のショタ王子セドリック』
『本命の隠しキャラを出すには、第一王子から第三王子までコンプしないといけないのよね』
隠しキャラ……そう、エマは隠しキャラがいると言っていたんだ!
ヒロインが在学し、ヒューバートが理事長に内定していて、セドリックもまた入学する学園の学園長というポジションも、なんとなく怪しい。
もしかして、この人……、
「……隠しキャラ……!?」
「ん? ……何か?」
「い、いえ、なんでもございません。これからどうぞよろしくお願いいたしますね、エドワード様」
「お任せください、妃殿下。あなたに頼りにしていただけるのは、男としてこの上もない喜びです」
エドワードが、ふたたびわたしの指先に唇を近づける。
セドリックがそれをそっと外し、横からわたしの手をつかんだ。
「学園長、僕からも、夫としてお願いしておきます。アーリアが学園で何事もなく過ごせるよう、ご配慮ください」
「……もちろんです、セドリック殿下」
エドワードは恭しく頭を下げた。
学園では、王族といえども生徒の一人。学園長や教師を敬い、敬語で接するのが普通だ。
けれども、だからといって、伯爵である学園長が第三王子であるセドリックに礼を失するわけにもいかないのが、身分制度の難しいところ。
「それでは、本日は理事長就任のご挨拶があるということで、大ホールに教員と生徒を集めております。ホールまでご案内いたしましょう」
大ホール――わたしが元婚約者のヒューバートから婚約破棄されたホール。卒業パーティーの行われた、あの広いホールのことだ。
「どうぞ」
エドワードが手を差し出す。
え、これはエドワードのエスコートを受けるべきなの? セドリックは夫だけれど、ここでは生徒だから……。
少し逡巡していると、エドワードが一歩踏み出し、わたしだけに聞こえるくらいの小さな声でささやいた。
「口紅が落ちていますよ」
「え……ぁっ」
思わず唇を隠してしまう。
でも、淑女としては失態だった。これでは紅の落ちるようなことをしていたと認めるようなもの。
頬を赤らめて内心うろたえているわたしに、セドリックがすっと手を差し出し、わたしの手を自分の腕に添わせた。
「アーリア、行こうか」
「セドリック様……ありがとうございます。エドワード様、わたくし、こちらの卒業生ですから、そんなに気を遣っていただかなくても大丈夫でしてよ?」
「そうでしたね。では、まいりましょう」
エドワードは一瞬おもしろがっているような笑みを浮かべてわたしを見つめ、扉を開けて歩き出した。
若者たちが集まったホールのざわめきがなんとなく懐かしい。
わたしはホールの正面に設けられた演壇から、たくさんの生徒たちに挨拶をした。
セドリックもその中にいる。セドリックはホールまでわたしをエスコートすると、自分のクラスの列に並びに行った。
「……それでは、みなさんが学業や鍛錬に励み、我が国の将来を担う人材となっていただける日を楽しみにしております」
わたしが話し終えると、拍手と、軽い指笛の音がした。
「静粛に!」
ホールの端に控えていた教師たちの中から、エドワードが声を張っていさめる。
だけど、わたしが通っていたころから、学園には貴族社会とは少し異なる独特の自治と自由があり、このくらいなら別に罰せられるほどの無礼ではない。若者の悪ふざけで許される範囲なのだ。
指笛を吹いた男子生徒に目をやって微笑むと、なぜか彼は真っ赤になってうつむいた。
あら、とがめたつもりはないのに、誤解されちゃったかしら?
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