晴れ時々ざまぁ
セドリックがまた頻繁に我が家を訪れるようになり、わたしの毎日は充実感に満たされていた。
前世の人生を合わせても、これまでにないくらいに浮かれているかもしれない。
だって、セドリックが可愛いし、かっこいい。大好きなひとの背が伸びて、成長していく様子をそばで眺めていられるなんて、幸せしかない。
つまるところ、わたしたちは砂糖菓子みたいに甘い婚約ライフを堪能していた。
しばらくセドリックが忙しかったのは、ヒューバートにエマの本性を知らしめるために、いろいろ仕込んでいたかららしい。しかし、二人の仲は変わることなく、東屋の件は不発に終わったように見えた。
ところが、火種はずっとくすぶっていたようだ。
「えっ、エマニュエル様に?」
「兄上が?」
同時につぶやいて、わたしとセドリックはふと見つめあった。
不穏な話題と関係なく、思わずお互いに微笑んでしまう。甘い瞳が愛らしくて素敵。
「やれやれ、別の場所でやってくれたまえ。胸焼けしてしまうよ」
わたしたちに冷たい目を向けたのは、セドリックの上の兄、第一王子のハロルドだ。
今朝はハロルドに招かれ、セドリックと二人、例の客間を訪れている。
「あー、話を戻すよ」
「あ、はい、申し訳ごさいません」
「彼女、エマニュエルが変わった女だとセドリックから聞いてね、軽く声をかけてみたのだ」
「兄上みずから、あの女に声をかけたのですか?」
セドリックも真面目に聞きはじめる。
「うむ。先日ヒューバートから紹介されたのだが、その後、なぜかよく見かけるようになってね」
ああ、もしかしたらエマはハロルドに会うため、彼の通りそうな場所に出没していたのかもしれない。
逆ハールートは潰れたのに、ハロルド攻略をやめていなかったのかしら?
……まだ逆ハーもあきらめていない、とか。
少し胸がざわつく。
「エマニュエルは一人でこの部屋まで付いてきて、逆に私を誘惑したのだよ。ふふ、私もまさかそんなことになるとは思わなかったので、さすがに驚いたが、なかなかおもしろかったよ」
ハロルドは何かを思い出したように微笑んだ。
「セドリックには礼を言わねば。またおまえに借りができたね」
ハロルドは満足げな猫のような顔をしている。
セドリックは無邪気な弟の顔で、「いいえ、兄上のお役に立てたならうれしいです」と答えた。
……ん? 今、ハロルドが「セドリックに借りができた」って言わなかった?
この件にも、セドリックが絡んでいたということ……?
「それにしても、ヒューバート殿下が……」
「うん、ここまで見す見す乗せられてしまうとは思いませんでした」
計略に乗せた本人が、とぼけた風情でそう言った。
次の予定は、王妃殿下からのご招待だ。
わたしとセドリックは王妃殿下の応接室に向かいながら、小声で語らいながら歩いていた。
「衝撃だったでしょうね」
「自業自得ですけどね」
ヒューバートに対するセドリックの評価は辛い。
エマがハロルドを『誘惑』した日。
ヒューバートはひそかにハロルドに呼び出され、その一部始終を陰から見せつけられたらしい。
ハロルドの部屋の壁にはのぞき穴があり、隣の隠し部屋から丸見えなのだそうだ。
ヒューバートはすべてを知ってしまった。
自分の婚約者が、見た目どおりの一途な娘ではないということを。
ああ、もしかして、これも一つの『ざまぁ』の形なのだろうか。ぼんやりと、前世で読んだ悪役令嬢の逆転劇を思い出す。
ちょっとだけ、元婚約者が哀れになった。
* * * * *
王妃殿下の応接室に着くと、そこには話題にしていた当の二人がいた。
豪奢なソファーに座る王妃殿下の前に、憔悴したヒューバートと、怒りに顔を真っ赤にしたエマが立っている。
エマはわたしたちが入ってきたことに気づくと、わたしに向かって大きな声を上げた。
「なんでみんな、あんたを信じるの!? 悪役令嬢のくせに!」
「エマニュエル!」
激したエマの腕をヒューバートがつかむ。
ええ!? 何があったの?




