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前世の記憶は婚約破棄とともに



「アーリア・クラークルイス、今この時をもっておまえとの婚約を解消する!」




 静まりかえったホールに、若い男の声が響いた。


 春先の花の少ない季節に、ふんだんに飾られた美しい生花。惜しげもなくともされたシャンデリアの明かり。


 広々としたホールには、きらびやかな衣装を身にまとった人々がつどう。

 本来なら卒業を控えた解放感にざわめきが満ちているはずのホールは、いまや静寂に支配されていた。


 若者たちの中央に立つのは、まぶしい金色の髪に涼やかな青い瞳の第二王子ヒューバート。

 その後ろには、輝くピンクブロンドの髪の少女が瞳を潤ませて立っている。


「おまえは身分をかさに着て、この純粋なエマをおとしめつづけた。おまえのような嫉妬深い卑劣な女は私の妃にふさわしくない」


「な、何……」




 ――何これどういうこと!?




 思わず飛び出しそうになった言葉をとっさに飲みこむ。


 ここは王立高等学園の卒業パーティーの会場。

 わたしは伯爵家の娘、アーリア・クラークルイス。


 二年前にこの学園を卒業したあと、貴婦人としての社交などをして過ごしている。いわゆる貴族の花嫁修業だ。

 ヒューバート王子が卒業した今年、結婚する予定になっていたのだが、たった今婚約を破棄されたところ。


 というか、たった今、前世の記憶を思い出したところだ……!!




 ――えぇぇ!?




 きっかけは婚約者である第二王子ヒューバートの衝撃発言。


 もちろん政略結婚で派閥のバランスを取ることが当たり前のこの貴族社会で、しがらみを無視した恋愛脳王子にびっくりしたというのもある。


 しかし、前世を思い出したのは、それじゃない。




 この場面、乙女ゲームで見たことある!




 そうなのだ。

 わたしは前世、日本という国で女子大生だった。ラノベや乙女ゲームが大好きで、バイトで稼いだささやかなお小遣いをつぎこんでいた。


 乙女ゲームの中の恋愛に夢を見すぎたせいか、恋人どころか男友達もいない喪女。目の前で行われている『悪役令嬢の断罪』は、当時のわたしの大好物だった。


 あれ……、でも思い出せない。なんて作品だったっけ?


 じっと手を見る。透けるように白く、傷一つない細い指。


 頭の中に、今の自分の容姿が思い浮かぶ。

 つやつやとした銀の髪、濃い紫色の瞳の華やかな顔立ちは美女と言ってもいいだろう。


 やった、ラッキー。今回は勝ち組人生送れる! なーんて浮かれたりはしない。

 このシチュエーション、やっぱりわたしの役柄は悪役令嬢で決まりだよね。


 タイトルもストーリーも思い出せないけれど、定番どおりなら断罪された悪役令嬢には修道院送りとか国外追放とか、過酷な運命が待ち受けているはず。まさか処刑はされないと思うけど。


 監禁も追放もいやだ。苦しい目に遭うくらいなら、いっそ平民落ちしてもいいから平凡に生きたいぞ、わたしは。


 ここは逃げの一手しかない。


「アーリア、申し開きすらできないようだな」


「……申し訳ございません、ヒューバート様。突然のことで言葉を失っておりました」


「ほう、突然か。どれほどのことをしてきたか、身に覚えがないとでも言うか」


「いえ、立場によって言動の受けとめられ方が異なることは存じております。わたくしがエマさんのためと思って申し上げたことも、エマさんにとってはおつらいことだったのでしょう。しかし、わたくしは」


「この期に及んで抗弁するのか。見苦しいぞ、アーリア! おまえはいつも……」


 みんなの前でわたしを責めるヒューバートの言葉を半ばさえぎり、急いで言う。


「そうではございません、ヒューバート様、いえ、ヒューバート殿下。わたくし、アーリア・クラークルイスは殿下のご命令を謹んでお受けいたします」


「は……?」


「婚約の解消に異議はございません。必要ならば、この場で婚約契約破棄の合意書に署名いたします。わたくしは成人ですので、わたくしの署名だけでも効力があるはずです」


 そもそも学生であるエマとの接点はほとんどない。

 だが、確かにお茶会や夜会でヒューバートに馴れ馴れしく接していたのを注意したことはある。そこまで言われるようなことをした覚えはないけど……。


 とりあえずなんとかこのルートから離れねばと、言いたいことを言い終えると、ヒューバートもエマも周囲の側近たちもぽかんとした顔をしていた。


「ヒューバート殿下?」


 呼びかけると、はっと自分を取り戻したヒューバートは周囲を見まわす。

 そばにいた文官が小さく首を振るのを見ると、「今は書類の用意がない。即刻作成して伯爵家に届けさせるゆえ、すぐに署名をするように!」とわたしに命じた。


「かしこまりました。それでは、屋敷にてお待ちしております。今宵はこれにて御前を失礼いたします」


 そそくさとパーティー会場を出て、家に向かった。






 あの場での処断は免れたものの、鳴り物入りの婚約が結婚寸前で破談。

 お父様に怒られるな、こりゃ。


 でも、まあ娘には甘いお父様だ。領地に謹慎する程度のおとがめですむだろう。

 すむ、よね……?





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