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記憶喪失の恋人

作者: わい

モヤッとする終わり方です。

 

 目が覚めたら知らない天井だった。


 そんな小説のはじまりのような体験を、まさか自分がすることになるとは思ってもみなかった。


 ある日目が覚めた私はまず見知らぬ天井に疑問を覚えた。次に起き上がって自分の寝ていたベッドに違和感。

 周りを見渡せばどうやら病室らしく、見舞いに来ていたらしい男性と目が合った。


 あら、男前。もうちょっとタレ目だったらもっとこのみだったかしらん。


 そんな風に思ってちょうど視線の高さにあるおにーさんの顔をまじまじと眺めていたら、その目にみるみる涙が溜まっていったのでそれはもうあたふたしてしまった。


 あわあわしている私をよそに感極まったおにーさんはついにぶわわっと泣きだした。


「結! ああよかった気がついたんだね!! 」

「へあ」


 変な声が出た。

 あらやだ恥ずかしいと羞恥に頬を染めていたら変な顔をされた。どうやら私の反応がお気に召さなかったらしい。

 そんな鳩が豆鉄砲食べたみたいな顔されても。


 ところで私は結って言うんですか、そうですか。まったくしっくりきません。



 ◇◇◇◇



 どうやら私は記憶喪失らしい。


 私が目を覚ましたことで駆けつけた両親らしき人達と、医者に連れられあれやこれや聞かれて検査して謎のマークシートみたいなものをやった結果、そう結論付られた。


 当の私は急展開に置いてけぼりでぽけっとしていたのだけれども。


 そんな私の様子は両親にもお医者さんにも伝わったらしく、最後は「結も疲れたでしょう」と優しく労わられた。

 なんでも、記憶喪失になる前の私はいわゆるクールビューティー系のお人だったらしく、両親曰く淡々としていて冷静。タカシさん曰く知的で高嶺の花、だそうで。


 ちなみにタカシさんとは最初の男前おにーさんだ。柔らかい光が当たるとオリーブ色にも見える茶髪にちょっとつり上がった猫目の男前。

 私はタレ目の方が好みなんだけど、どうやら記憶を無くす前の私は猫系の方が好きだったようだ。


 記憶喪失と言うことで渡されたアルバムと私のものらしい黒いカバーのスマホの画像データにはタカシさんの写真や猫の写真がいっぱいだった。

 二人で写ってるものも多くて、そこでやっと私は自分の容姿を確認した。


 肩までのサラッサラの黒髪、クリっと大きいけどややつり目の瞳。まつ毛はばさばさ音がしそうな程で、カーテンですか?と聞きたくなるくらいにはみっしり生えてた。マスカラいらずだ。

 色白で、黙っていたらものすごい美人。


 これが私かぁって思わず呟いてしまったらしく、苦虫をいっぱい頬張った様な顔をされた。いや苦虫って何かわからないけども。



 どの写真も私はそんなに笑ってなくて、どっちかって言ったら無愛想な顔なんだけど、タカシさんはとっても幸せそう。


 ああ、この人この子が好きなんだなあってのがもうビシバシ伝わってくる感じ。ダダ漏れって感じ。やだーてれるー。


 言っててちょっと悲しくなってきた。


 まあつまり、なにひとつ実感としてわかないのだ。見せられた写真もぜんぶ他人事にしか思えない。


 だって自分で言うのもなんだけど、今の私のどこがクールビューティー?

 いや、見た目だけならそうでしょうけども。


 きっと結さんは私みたいなあほ面はしなかったでしょう。

 じゃあ私って誰なんだろうなあ。



 ◇◇◇◇




 入院している間タカシさんは足繁くお見舞いに来てくれた。

 少しでも記憶が戻れば、と結さんが好きだったらしい赤いマーガレットの花束やコーヒーを差し入れてくれたけど、どうしても思い出せなかった。


 結局意識を取り戻してから三日ほど入院したものの、何も思い出せなかった私はそのまま退院することになった。

 日常生活を送った方が記憶が戻る可能性が高いのでは、との判断らしい。


 そうは言ってもなぁ〜戻る気配はこれっぽっちもないけどなあと、私は思っている。

 結さんは大学生で、どうやら単位は取り終わってるらしくあとは卒論だけ。

 だから無理に出席する必要もないとタカシさんに言われたので一人暮らしをしていたらしいアパートの周りを散歩したりよく行っていたらしいカフェに行ってみたりすることにした。


 一人暮らしのアパートはものすごく綺麗で、ほんとに人が住んでた?と聞きたくなるくらいには何も無かった。

 綺麗好きにしても度が過ぎてるなあと思わなくもない部屋にはひとり分のマグカップがぽつんと洗われて置いてあって、それだけがここに結さんが住んでいた証拠のように見えた。



 行きつけだと言われたカフェの店長は確かに知り合いらしくて、よく背の高い男の人と来ていたと教えてくれた。

 記憶喪失の話をしたらとても同情してくれて、あれこれと来ていた時の話をしてくれた。


 結さん、結構社交的だったんだなぁ。


 見た目的にはこう、もっと人を寄せ付けなさそうな雰囲気なんだけど。

 まあでも記憶が無い私がこんなんなんだからそりゃそうかもね、結局私なんだし。



 ◇◇◇◇



 結局、退院してから2ヶ月たっても私の記憶は戻らなかった。

 流石に2ヶ月丸ごと大学を休む訳にも、と思ったのだけど、どうやら記憶喪失になる前に結さんが休学届けを出していたらしい。


 はて?どうしてだ?


 記憶のない私には結さんがなんで休学したのかも、タカシさんがそれを教えてくれなかった理由もわからない。

 でも、変だなとは思うのだ。


 疑問は実は他にもいくつかあった。

 あまりにも綺麗に片付けられた部屋だとか、カフェの店長が一緒に来ていた人を「背が高い」男の人と言ったこととか。


 最初はタカシさんと来ていたのかと思っていたのだけれど、タカシさんはどちらかと言えば背の低いほうじゃなかろうか。


 じゃあ、背の高い男の人って誰なんだろう?



 ◇◇◇◇



 疑問はひとつも解消されずに、私は何も思い出せないまま。

 タカシさんに聞けばいいのかもしれないけど、なんだか聞いてはいけないような気がしてそのままだ。


 タカシさんはしょっちゅう逢いに来てくれて、だんだん私も彼が来るのを楽しみにするようになっていた。


 スマホにはほとんど連絡先が入っていなかったし、交友関係がさっぱりわからない私は連絡するのを躊躇ってしまった。

 そしてその間、誰からも連絡はこなかった。


 もしかして、実は結さんはぼっちだったのかしらん。

 そう思わなくもないほど、誰からも連絡が無い。


 両親だけは頻繁に連絡をくれたけど、そのたび記憶が戻っていないことに落胆されてしまうのであまりいい気はしなかった。


 それでも毎月仕送りをしてくれて、それで暮らしている私は何も言えないのだけれど。


「あれっ? 結? 」

「ひょえっ」


 いつものようにしていた散歩の途中で、急に後ろからかけられた声にビックリして変な声がでた。


 振り返った先にはグレーのパーカー。


 視線をあげればタレ目の、ものすごい好みのイケメンが困惑した感じでそこに立っていた。


「あの、結さんの友達ですか? 」

「は? 」

「あ、いや、そうじゃないか……ええっと私の知り合い、ですか? 」

「結? ふざけてるのか? 」


 意味がわからないと言わんばかりの顔をされてしまった。

 私もとっさのこととはいえめちゃくちゃな言い方をしてしまったので無理もない。


「あの、えーと、私は実は記憶喪失らしくて」

「はあ……? 」

「とりあえず、落ち着いて話せる場所に行きません? 」


 そう言ってふたりで入ってのは行きつけのカフェで。

 マスターが私たちを見て「いらっしゃい、いつもの席空いてますよ」と笑った。


 まるで私とこの人が一緒に居るのが当たり前みたいな雰囲気に戸惑う。

 そんな私をよそに男の人はふたり用のテーブル席についてしまって、その席が「いつもの席」なのかと慌てて向かいの椅子に座る。


「で? 記憶喪失って? 」

「ええと、実は――」


 今までのあらましを伝えた男の人は眉間にふかーい皺を寄せながら黙ってしまった。

 むう、困ったなあ。あまりタカシさん以外の人とふたりきりになるのはよくないと思うんだけど。


「事情はわかった。俺は啓介、一応君の……あー、恋人だったんだけど」

「へぇあっ? 」


 恋人はタカシさんでは?


 啓介さんいわく、私は啓介さんとお付き合いをしていて、私が記憶喪失になる少し前に喧嘩をしたらしい。

 だから、連絡がなかったのかと一応納得する。


 喧嘩をしたら結さんから連絡をとって、仲直り。

 そんな流れがいつもの流れだったらしく、連絡が無いのはもう仲直りする気が無いのかと思っていたと言う。

 なのでそのまま自然消滅するのかと思っていたらしく、まあそれならそれで仕方ないかなと啓介さんは思ったらしい。


 スマホを良く見れば確かに最近の履歴はぜんぶ【けーすけ】で埋まっていて、なんとなく他人の会話を覗き見するようであまり確認していなかったLINEも、けーすけさんとのやりとりは明らかに恋人同士の会話だった。


 逆に、タカシさんの連絡先はアドレス帳にもLINEにもない。


 え、じゃあ……タカシさんって誰?



 けーすけさんと会ってから、タカシさんはぱったり現れなくなった。タカシさんの連絡先を知らない私は、彼が逢いに来てくれないのなら会う方法が無いのだとその時ようやく気づいた。


 結局そのまま大学は辞めてしまった。両親は何も言わなかった。タカシさんも来ないし、けーすけさんは今の私は結さんっぽくないと笑いながらお友達になった。



 記憶はまだ、戻らない。



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