すべては西瓜のごとく
アルフが食べもの以外のことで熱弁するなんて珍しいわ。でも、ん~、武装ねぇ。
賊と戦う気がなくても、武装はしておかないと狙われやすくなっちゃうというのはわかるわよ。
瞬間帰還器で逃げることはできても、また町から再出発になっちゃうから、なるべく襲われないほうがいいわよね。
路銀には余裕ができているから、武器の購入資金くらいなら問題もないわ。ほとんどの夜は野宿になったし、食材は罠アイテムで現地調達ができているものね。襲ってきた獣の牙や皮を売っているから、所持金は増える一方よ。
「やっぱさー、使えなくたって格好いい武器は装備したいと思うんだ」
武装の意義は否定しないわよ。でもあんたの場合は筋力がねぇ。
「言いたいことはわかるわ。でも、武器って結構重いのよ。それに格好がいいものじゃなくて強そうなものを装備しないと」
格好がいいだけなら、むしろ狙われやすくなるわよね。逆効果になりかねないわ。
「子どもだと見抜かれてしまうなら、武装していても、襲われやすくはあるだろうがな」
ですよねー。あたしも焼け石に水だと思いますわ。加えていうなら、アルフの場合は見るからにひ弱そうなのよね。よっぽどの装備にしなければ、警戒すらもされないと思うわよ。
「そうよ。それにガルマさんから離れなければ、襲われる機会なんて皆無だわ」
将来的にはともかく、今は慌てて武装しても邪魔なだけだと思うのよね。少なくとも、ガルマさんが同行してくださっている間は買わなくても――
「花摘みもついてきてもらうのか」
フンっ!
そんなに口を塞いでほしいのならアッパーカットをくれてあげるわよ。あんたはデリカシーって言葉を覚えなさいよね。
ちょ。あいかわらず軽いわ。十分に加減をしたうえで、軽くかすらせただけでも宙を舞うなんてね。やっぱりプロテクター以外を狙うのは危険すぎるのかしら。でもプロテクターを殴っても口は塞げないのよね。あごのプロテクターも作るべきかしら。
いやいや。やっぱり殴らずに済ませる方法を考えるべきよね。今のあたしの筋力だと、当たりどころが悪かったら確実に砕けちゃうもの。アルフよりも頑丈そうな獲物の骨をも砕けているから間違いないわ。
とはいえ、とっさに口を塞ぐには殴るのが一番手っ取り早いのよね。いっそのこと口を縫合したままにしちゃえば…… それじゃ食事もできなくなっちゃうわ。となるとぉ……
「おぉ見事。ベルタは素手で十分そうだな」
こんなのは、ほめられても嬉しくないのですよガルマさん。賊もアルフみたいに鈍ければ当たるのかもしれませんね。でもそんなに甘くはないと思いますよ。
そもそも人前でアルフを殴るところなんて見せたくはないわ。口を塞ぐ方法はあとでじっくりと考えなきゃね。
それよりも今はアルフの提起した問題よ。当然に注意を払ってはいるわ。
「……でもたしかに、ひとりになったうえで、瞬間帰還器も使いたくない状況は、ちょこちょこあるわね」
花摘みは盲点だったわ。たしかに、ついてきていただくわけにはいかないのよ。
かといって瞬間帰還器も使えないわ。さらに大問題になっちゃうのよね。だって、最中に襲われたとしても、飛ぶわけにはいかないんだもの。出しながら飛んだりしたら、拠点がとんでもないことになっちゃうわ。
というか、拠点は監視体制が万全なのよね。そんなところへ、もろだし状態で飛べるわけがないわ。
うん、やっぱり花摘み中に飛ぶくらいなら、賊に襲われたほうがまだマシよ。拳で語り合える可能性なら少しはあるもの。
「ふむ。罠アイテムもあるし大丈夫とは思うが、気休めになるなら装備してもよいのではないか」
そうよ、賊から身を護ってくれる罠アイテムがあるんだものね。慌てて飛んで逃げる必要なんてないはずだわ。……でも、どうしても賊には見られちゃうかしら。
気休めの武器ね。それでも役に立つとはいえるかしら。効果がないと決まったわけでもないものね。賊が少しでも警戒して近づいてこなければ、いろいろと見られる可能性も減らせるのよ。
うん、可能性だけでも価値があるといえるわね。それに邪魔になるとはいえ、荷物のひとつだと思えば誤差といえるわ。
「そうねぇ。軽くて強そうなのが見つかったら考えましょうか」
あら。なによアルフ。あぁ、あごが痛くて口を開けないのね。当然の報いよ。
痛みで涙目になっているのに喜んじゃって。そんなに欲しかったのかしら。
ちょっとどこへ。あぁ、そこが武器屋なのね。随分と大きな店だわ。武器屋ってもうかるのかしら。これだけ大きい店なら、あたしたちに向いた武器もありそうね。
おじゃましますよと。あら。大きなお店なのに店員さんはおひとりかしら。雰囲気からして、きっとここの御主人さんよね。
ん~、おかしいわ。さっきまでは店内に、ほかの人たちも見えていたのよ。店員さんもお客さんも結構いるなと思っていたのに、なにを見間違えたのかしらね。
あ。裏口から大勢が、まるで逃げだすかのように…… いや、本当に逃げだしているんだわ。あたしも最初にガルマさんを見たときには逃げだそうとしたものね。
悪いことをしちゃったかしら。まぁ二度とこないでしょうし、今回だけは勘弁してもらうしかないわね。
「この子たちに牽制目的で武器を持たせたい。軽くて、警戒してもらえそうな外見の品を見繕ってくれ」
やっぱりガルマさんは、よくわかっておいでだわ。そうです、まさにそういう武器が欲しいのですよ。
でも店員さんは、しっかりと聞いているのかしら。硬直しているようにみえるわよ。失神してはいないでしょうね。
「りゅ、竜人様に御利用いただけるとは恐縮です。直ちに御期待に沿えるであろう品を探して参ります」
大丈夫みたいね。緊張していただけだったみたいだわ。さすがはプロフェッショナルよ。
でもどういうことかしら。武器を探すと言っていたわよね。それなのにどうして、店内を探さずに外へ飛び出すのよ。
ここが武器屋さんよね。うん、やっぱり武器が陳列されているわ。値札もついているもの。まさか緊張しすぎて、おかしくなっちゃったのかしら。でも言葉はまともに話せていたから、おかしくなったといっても少し混乱した程度よね、きっと。
どうしようかしら。アルフは陳列されている武器の物色を始めたわ。見た目だけで選ぶと重すぎて歩けなくなるかもしれないわよ。それに御主人さんが、あたしたち用の武器を探してくれているわ。
とはいえ、本当に探してくれているのかは怪しいのよ。外へ行っちゃったものね。まさか逃げだしたわけじゃないとは思うわ。でも、う~ん。
「御主人さん、どうしたのかしら」
ガルマさんなら、あぁいう反応にも慣れておられるのかもしれないわ。
「うーむ? 探すと言っておったし、外に倉庫でもあるのではないか」
それはたしかにありえますね。もしそうだとしたら、すぐには戻ってこない可能性が高いのかしら。だって近くにあるのかもわからないし、店がこれだけ大きいのであれば倉庫も大きそうよ。探すのに手間取るわよね。しばらくは待つしかないのかしら。
……とはいうものの、することがないわね。
「じゃぁ、あたしも暇だし、ちょっとお店の品を見せてもらおうかしら」
武器なんて興味はないのよね。だから見たいとも思わないわ。でも買う以上は品定めをしなくちゃね。
御主人さんが探してくれた武器だけをみても、良し悪しがわからないと思うのよ。だから陳列されている武器くらいは見ておいて、比較をしなきゃね。
とはいえ、なにも知識がないから、どこを見ればいいかすらもわからないわ。
仕方がないわね。かたっぱしから見てまわるわよ。見ていればわかることもあるはずだわ。
武器って結構いろいろあるのね。まずはオーソドックスに、剣をば拝見しますよと。
剣といっても大きさ、色、形、みんなばらばらだわ。片刃に両刃はまだわかるわよ。でもこれ、柄の両側に刃が付いているわ。こんなのを構えたら自分も斬っちゃうわよ。こっちなんて刃が大きな輪になっているわ。どうやって使えっていうのよ。
使い方を学ばないとダメそうね。でもこれだけ多彩じゃ、どれかを修練しても、ほかのは使いこなせそうにないわ。農具は同じ種類なら同じように使えるのにね。
とりあえずは軽そうなのを試してみようかしら。って、なによこれ。おもちゃかしら。さすがに軽すぎてちゃちいわ。小さいから牽制にもならないわね。
やっぱり牽制目的で選ぶなら派手で大きいものかしら。試しに一番大きい武器を…… これね。重戦士専用・超重量級・ドラゴンブレイカー・両手斧? 随分と御大層な名前だわ。こんなものに竜の名を冠するなんてね。ガルマさんの指先で消されちゃうわよ。あぁ、竜に壊されますよって名前なのかしら。そんなわけがないわよね。
まぁ試すだけは試してみるわよ。それに斧というのなら、あたしにとってはうってつけなのかもしれないわ。手斧なら薪割りとかで使ったことがあるものね。
とはいえ、どうみても同系統の斧には見えないわ。道具と武器の違いがあるんだから当然なのかしらね。
では手に取ってみるわよ。さすがにあたしじゃ持ち上がらないかしらね。んしょ…… ん? 超重量級なんて書いてあるからどれほどのものかと思えば…… 本当に名前だけだわ。
まさか詐欺のお店じゃないわよね。いや、さすがに持った瞬間にばれるようなうそじゃ騙せるわけがないわ。
きっと、武器は重いものだという認識が間違っていたのね。そりゃそうだわ、あまりに重いんじゃ、戦闘で役立つどころか邪魔になっちゃうもの。
両手斧って書いてあったわよね。片手斧となにが違うのかしら。まぁ片手で使っちゃダメってことはないわよね。
もし賊が現れたら、こう構えて威嚇して、こう振りかぶって寸止めすれば逃げてくれるのかしら。それともこう振り回してから地面に叩きつけてみるとっとっと。危ない危ない、床に叩きつけたりしたら弁償ものよ。
物語でも戦闘シーンはあんまりみたことがないのよね。あっても興味がないから読み飛ばしちゃっていたもの。もっと見ておけばよかったかしら。エイ、ヤー、ト――
「お待たせしました。ここには大人向けの品しか置いていなかったので、調達して参り……」
あら、御主人さんが戻られたわね。でも持ってきた武器は一本だけみたいだわ。アルフが気に入っているみたいだから、あたしは別のを探そうかしら。
それにしても御主人さんは顔色が悪くなっているわね。なにかあったのかしら。最初の緊張とは違う雰囲気だし、走ってきて息切れしているという感じでもないわ。まるで今、恐ろしいものを目の当たりにしたかのようよ。いまさらガルマさんに怯えなおしたのかしら。……ほかにそれらしいものは見当たらないしね。
でもアルフの相手をしているのに、どうしてこっちを見ているのかしら。あぁ、あたしじゃなくてガルマさんに注意しているのね、きっと。
ガルマさんを直視して、機嫌を損ねたら怖いってところかしら。でもその恐怖にひきつったような表情では、可憐な娘を見ているとは思えませんよ。つくり笑いでもしないとごまかせないと思うわ。でも、なにをしたところでガルマさんをごまかせはしないかしら。
御主人さんには災難だったみたいだわ。恨むならアルフを恨んでよね。
とりあえずは、この名前と見た目だけは立派な武器よ。振り回してみた感じでは、なかなかいいわ。なにかを実際に殴ってみたい気もするわね。でも売り物じゃさすがにダメよ。
こう、振り回してから寸止めすると腕に結構負荷がかかるわ。刃のあたりが重くなっているから慣性力が大きいのね。筋トレに使えるのかも知れないわ。でもそれならもっと重いのが欲しいわね。これよりも重いのはないかしら。……残念ね、見当たらないわ。選ぶとしたらやっぱりこの両手斧なのかしら。
「武器って思っていたよりは軽いのね。これなら見た目も派手でいいと思えるかしら」
完全に名前負けしているとはいえ、この店では一番強そうに見えるわよね。重量も見た目と違って、拍子抜けするほどに軽いのよ。まったく気にならないわ。
それにしても農家の村娘であるあたしが、武器を選ぶときがくるとはねぇ。あたしの場合は、扱いなれている農具を使ったほうが、まだ強いと思うわ。でも農具じゃ牽制はできないわよね。斧系で妥協することが無難かしら。
「だが大きすぎて邪魔ではないか? それに刃物は修練を積まねばな。狙った位置に刃を当てられぬぞ」
あ、そうだったわ。荷物をいっぱい背負っているから、大きいのは邪魔になっちゃうのよね。刃はむしろ、当たらないほうがいいかしら。
「当てる気はないのです。でも、当たって斬れたりしたら嫌ね。じゃぁどうしようかしら」
賊といえども、怪我をさせたくはないのよね。振り回しただけで逃げてくれるような武器が理想なのよ。さすがにそこまでは無理かしら。
難しいわ。小さいながらも牽制になって、なおかつ刃を使わない武器ね。そんな都合のいいものがあるのかしら。
「で、ではこちらなどいかがでしょう」
あら。あたし向けの武器もあったのね。なら、あたしも受け取りに行くべきだったわ。失礼しちゃったわね。とりあえず両手斧はここへ置いておくわよ。ん? あら、握っていたところがへこんでいるみたいね。不良品だったのかしら。あたしのせいじゃないわよね。ふつうに柄を握っていただけだもの。
では御主人さんのお勧め武器とやらを拝見させていただきますよ。て、立派なネギ坊主? いや、違うわ。こういう武器なんだわ。
「きゃー。イガイガが可愛い。痛そうだから見た目で警戒してくれそうね」
さすがは専門家ね。要望通り、いえ、それ以上よ。小さくても牽制できそうなうえに刃もついていないわ。
おまけに見た目も気に入っちゃったわよ。あたしを農家の娘と見抜いたのかしら。まるでネギ坊主を振り回しているような気分だわ。うんうん、まったく抵抗がないわね。おまけに乙女のイメージも崩さずに済みそうよ。
これならどんなものでも、ためらわずに殴れそうだわ。あたしにはまさに最高の逸品よ。
「うむ、それなら当たりさえすれば効果も期待できるな。強度もベルタが本気を出さねば十分であろう」
ガルマさんのお墨付きまでもらえたわ。御主人さんもやるわね。見るからに怯えていたのに、やるべきことはきっちりとやるんだわ。武器屋の鏡ね。
でも強度ってなにかしら。武器って本来は本気を出して使うものよね? だって命がけで戦うときに使うものなのよ。それなのに本気で殴ったら壊れちゃうのかしら。うーん。でも実際に使う気はないのよね。だから気にしなくてもいいんだわ、きっと。
アルフの武器はどんなのかしらね。あら、いいと思うわよ。軽そうだし、大きくはなくても装飾が派手だから目立つわ。牽制用には適しているわね。でも、あんたに似合うとまではいわないわよ。やっぱり少しは筋肉が欲しいわね。
なかなかいい買い物だったわ。あとは牽制の効果に期待とはいえ、なるべくなら賊に襲われたくはないわね。やっぱり効果を見る機会がないことを期待するべきだわ。
いやいやまてよ。武器とはいえ、それ以外の使い方をしちゃいけないってことはないわよね。木の実を砕いたりするときには重宝するかもしれないわ。機会があったら試すべきね。
とはいえ、ガルマさんから頂いた加護のおかげで、今のところはどんなものでも素手で余裕なのよ。やっぱり当面は使いそうにないわ。
おっと。そういえば入店時に逃げた人たちがいたわね。すぐに戻ってきてくれるのかしら。
ん~、あたしたちがお店を出ても戻る様子はないわね。遠くまで逃げちゃったのかしら。店を出ましたよって合図をなにかしたいわね。でもそれよりも、さっさとここを離れるべきなのかしら。
あら? ガルマさんがお店から居なくなったのに、御主人さんの様子がまだ変ね。顔面蒼白になっているわよ。大丈夫かしら。なにやら混乱しているようにも見えるわね。この距離だとよくわからないわ。
心配だし、一度店内に戻ろうかしら。あ。正気に戻ったみたいだわ。なにかの発作だったのかしら。
まぁ放っておいても大丈夫よね、きっと。じゃぁ旅を続けるわよ。