鬼が降る町
これはまた大きな町だわ。さ~て、町へ立ち寄れたときは存分に活用しなくちゃね。アルフの行き先が不明だから、次はいつになるのかすらもわからないもの。ここは見物するものも多そうで楽しみだわ。
アルフは町にあまり興味がなさそうなのよね。あたしも野宿は嫌いじゃないわよ。むしろ夜風が気持ちいいとすら思うわ。初日はともかく、もう慣れたから、なんの抵抗もないのよね。でも野宿だとお風呂がないのよ。ベッドもないわ。たまには町に泊まりたくなるのよね。
「今日はベッドで眠れるわね~」
この町は、あたしが一番乗りよ。さぁ、町の様子はどうかしら……
え。やだ。なによこれ、おかしいわ。
「どうかしたか?」
アルフったら気づかないのかしら。ちょっとは周囲を見てみなさいよ。
「この町の娘たち、みんな可愛すぎない? なにかおかしいよ」
それにみんな、すごく似ているのよね。そっくりというよりも、むしろ同じ顔というべきかしら。クローンなのかもしれないわ。でもクローンであれば体格も同じはずよね。顔だけが同じってどういうことかしら。精巧なお面というわけじゃないわよね。可愛いとはいえ、ここまで同じ顔だらけだと気味が悪いわよ。
「そうか? まぁ、可愛さでベルタに勝てるやつがいるわけねぇし。気にしなくても、いいんじゃね」
え。え。え。
と、突然なにを言いだすのよアルフったら。
まさかそれ告白じゃないわよね。
いきなりそんなことを言われても、あたしの心の準備が……
「この町は、いろいろな美しさを競うことで有名だな。コンテストなどの興行が頻繁で、美容系の店が多い」
「へぇ。美しさってなんだっけ」
……ん? ちょっとまちなさいよ。美しさの意味を知らないですって。
「アルフ、可愛さの意味はわかっているの?」
記憶喪失とはいえ、ふつうに会話はできているのよ。美しさなんて簡単な言葉の意味を知らないだなんてどういうことかしら。それに、美しさを知らないのに可愛さを知っているだなんて不自然だわ。
「当然よ、お前が読んでくれた本に書いていたぜ。バカな子ほど可愛いって。つまり――」
フンっ!
あら、思わず手がでちゃったわ。でもアルフの自業自得よね。
いつまで寝ているのよ。あんたが悪いんだわ。さっさと起きなさいよ。
あら? 気絶しているみたいね。プロテクターは…… 壊れていないわ。
大した衝撃は身体にまで届いていないはずよ。まったくもって情けないわね。ハァ。立派なのが口だけだから困っちゃうわ。
どうしようかしら。……噴水のところにベンチがあるわね。あそこになら寝かせておいても怪しまれないかしら。どっこいしょ。しばらく待てば気がつくわよね。
それにしても気味の悪い町だわ。浮かれ気分が吹き飛んじゃったわよ。美しさを競うという話だったわね。でもみんなが同じ顔なのよ? 顔以外の美しさを競うということなのかしら。……特にそうは見えないわよね。
派手な服の人が多いのはたしかよ。でも美しさを競っているという感じではないのよね。むしろ下品というか趣味が悪いというか…… いや他人のセンスを悪くいっても仕方がないわね。
スタイルも悪いとはいわないわ。とはいえ、やっぱり競っているとは思えないのよね。むしろ身体のラインを隠すかのように、ダブダブの服やヒラヒラの飾りが多いもの。まるで、おなかが出ていることを隠していますよ、とアピールしているみたいだわ。競うのであれば隠さずに見せるべきよね。なるべく身体にフィットした薄めの生地で――
「いって~、いきなりなんかに殴られたぞ?」
ようやく起きたわ。あたしに殴られたことすらも、わからなかったのね。どれだけ鈍いのよ。
「ただの天罰よ」
そうよ、無意識に手が出ちゃったんだから、あたしの意志じゃないわ。天の裁きなのよ。しっかりと反省しなさいよね。
「殴らなくても…… 間違っているんだったら教えてほしいよな」
正否の問題じゃないわ。あんたは、あたしをバカだと言っていたのよ。
「間が悪すぎるのよ。というか、あんたにバカだと思われているとか、ありえないわ」
ほかの人に言われるのであればまだわかるわよ。あたしだってまだ子どもだし、知らないことだらけだわ。おかしく思われるような言動だってすることもあるわよ。でも、あんたにだけは言われたくないわ。
しかも、バカさであたしに勝てる人がいない、という意味の発言だったわよね。どうしてそうなるのよ。あたしがそこまでバカに見える理由を問い詰めたいわ。次は殴らないから安心をしてもいいわよ。この噴水に沈めてあげるつもりだからね。だから正直に――
「なんか…… くさくね?」
え。そりゃ野宿を重ねる旅をしているからお風呂も洗濯も機会が減るわ。村での生活と同じように清潔さを保つなんてできないわよ。でもまさか、におうだなんて信じられないわ。そこまで不潔にはしていないはずよ。どこ? 手や服は大丈夫そうよね。髪も大丈夫みたいだわ。いや、自分じゃわからないのかしら。
「え? やだ、あたしがにおう? どんな、におい?」
恥ずかしすぎて倒れそうだわ。この噴水に飛び込んで全部洗おうかしら。
「いや、ベルタじゃなくて空気がくさい」
……ハァ。驚かさないでよ。空気がくさいだなんてね。気にもしていなかったわ。どれどれ。
「そう? どっちかというと、いい香りのようよ。ちょっとはきついかしら」
意識して嗅いでみると、においはたしかにあるわ。でも、くさいとまでは思わないわね。
「香料のにおいかな。よい香りを出すアイテムではあるが、合わない者には、くさく感じるな」
あぁ。そういえばこんな、においの人もいたわね。でも町の空気から、におうだなんて初めてだわ。町に香料をまいているのかしら。
それにしてもアルフったら、なにをやらせても鈍いのに、においにだけは敏感なのね。いつも食べもののにおいを探っているみたいだし、それで研ぎ澄まされたのかしら。
「ぐぁ! 今そこを通った人が、めっちゃくちゃくせぇ! 俺、においで攻撃されたのか?」
これはたしかにきついわ。香料も使い過ぎると悪臭でしかないわね。知りあいは誰も注意しないのかしら。
「あれは、あたしでもくさいと思うわね」
使っている当人が一番くさいはずよ。まさかアルフの言うとおりに攻撃が目的じゃないわよね。他人への嫌がらせ目的で、においを我慢しているだなんて思いがたいわ。息が詰まるわよ。
「常に香料を使っておると、当人の嗅覚がマヒしてしまう。ゆえ、どんどんきつくなる傾向があるな」
なるほどね。当人にはあれでもいいにおいなんだわ。でもこれはさすがに、はた迷惑すぎるわね。そのうち迷惑行為として取り締まりが必要になりそうよ。
あんなのがお店に入ったら営業妨害になっちゃうわ。お花や料理の香りが全部台無しにされちゃうわよ。屋内じゃにおいがこもるから、ここでくさく感じた程度じゃ済まないわよね。下手をしたら、においが壁に染み付いて取れないんじゃないかと思えるほどよ。あまりにも強烈なんだもの。まだ鼻の中にこびりついてる感じだわ。
あ、でもこの町でなら、みんなの嗅覚がマヒしていて大丈夫なのかしらね。
「俺もう無理」
へ。アルフ? あら、また気絶しているわ。あたしのげんこつに匹敵するほど、くさかったのね。においの影響って随分と個人差があるんだわ。これじゃ、においに敏感というよりも弱いというべきね。
さて、どうしようかしら。ここで目覚めさせても、においでまた気絶しちゃうわよね。アルフを担いで、ぶらついてみようかしら。
とはいうものの、町の空気がにおうほどにみんなが香料を使っているのよね。どこへ連れていっても同じかもしれないわ。町を出ないとダメかしら。でもせっかくの町だし活用はしたいわ。いいところはないかしら。
建物の中は、においがこもるから一層ダメよね。人の少ない通りならいいかしら。でも土地勘がないから、どのあたりがいいかはさっぱりとわからないのよね。そもそも下手に路地をうろついていたら不審者だと思われかねないわ。まして気絶したアルフを担いでいるんだものね。怪しさは満点の状況なのよ。
あら、案内板だわ。えーと、ここは整形美容区域みたいね。あぁ、みんなが同じ顔をしていたのは整形をしているからなんだわ。物好きね。それじゃぁ美しさを競っているんじゃなくて整形技術を競っているんだと思うわ。当人が満足しているならいいのかしら。気味悪がられているのにね。あの顔の人は、なりすましがいると区別がつきにくいから、特に気を付けなきゃいけないわ。
それにしても美しさと香料には関係がないわよね。どうして香料まで使うのかしら。でも人は多いし町が栄えているから需要はあるってことなのよね。わっかんないわ。
で、隣が筋肉…… 地帯? こっちは区域じゃなくて地帯なのね。誰が命名したのよ。センスが酷すぎるわね。そもそも筋肉地帯ってなによ。筋肉でできたところという意味よね? 考えると余計にわからないわ。まぁ筋肉ならあたしで慣れているだろうからアルフでも大丈夫かしら。試しに行ってみるわよ。
ここからが筋肉地帯だわ。特に変わった様子はないわね。別に筋肉でできている様子もないわよ。顔はみなさん個性的になったし、空気もにおわないわ。それにふつうの町並みって感じよね。筋肉地帯という名前だけが変だわ。
ここの噴水にもちょうどベンチがあるわね。まるでアルフの指定席だわ。どっこいしょ。
こちらを歩いている人たちのスタイルは美しいといえると思うわ。しっかりと鍛えている人が多いわね。服装も簡素とはいえ、ぴったりとフィットしていて美しいと思えるわ。まぁ美的感覚は人それぞれというものね。
うーん、あたしも鍛えたくなってきたわ。一応は普段から、背負った荷物で筋トレをしながら旅しているのよね。でも歩きながらできることはかぎられているわ。
おまけに重量的にも微妙なのよね。アルフを乗せても誤差にしかならないし、不要な荷物を増やし過ぎるとさすがに体力が心配なのよ。行き先がわからないだけに、いつ休めるのかすらもわからない旅だもの。それにいつ、なにが起こるのかもわからないから、重さで動きが制限されるようじゃ危険なのよね。
今ここでやるのによさそうな筋トレとなると…… アイソメトリックトレーニングとかいうのを試してみようかしら。以前にお話だけは聞いていたのよ。でも効果が微妙らしくて試してはいなかったのよね。動かないものに6秒以上全力を加えればいいのだったかしら。
ならばこの噴水の縁を…… ちょ! 簡単に外れちゃったわ。やばいやばい、元通りにもどして、これでよし。
なによ、脆いわね。町の施設がこんなに脆いんじゃ危険だわ。て、敷地のタイルまでひび割れているわよ。これ、石じゃないのかしら。ちょっと強く踏みつけただけで割れるだなんて施行不良よ。
大きな町なのに安っぽいわね。人よりも町を鍛えなきゃだわ。これで筋肉地帯だなんて完全に名前負けね。
「うぇ~、気分わりぃ。この町出ようぜ」
あら。気がついたみたいね。まぁこの町に入ってから、いきなり2連続で気絶だもの。出たくなるのはわかるわ。でも今日はここに泊まるのよ。もうベッドで寝ると決めているんだもの。
「ここは隣の区画だ。香料のにおいは薄いであろう」
あたしが運んであげたのよ。感謝しなさいよね。ここでもダメならアルフにだけは町の外で野宿してもらおうかしら。いや、町と町の往来は瞬間帰還器ですぐだから、ほかの町に泊まればいいわね。でもアルフは野宿のほうが喜ぶかしら。アルフが町で喜ぶのって、今のところは食事のときくらいなのよね。
「お? たしかに。むしろ好きなにおいかも」
へ。好きなにおい? ……空気は特に、におわないわよね。整形美容区域よりも風上ぽいのはよかったわ。人からも香料のにおいはしないわよ。ただ汗ばんでいる人は多いわね。まぁ、しいて言えばにおうかしら。
「そう? 汗くさい人が多い気はするわ」
くさいとまで言うのは失礼だったかしら。不潔さは感じない程度なのよね。あたしも嫌いじゃないわよ。でも自分はにおわないように注意するわ。
「ここは筋肉美を競う区画のようだな」
筋肉地帯ってそういう意味なのですね。いやそれにしても、おかしな命名だとは思うわよ。そういえばすぐそばでイベントをしているわ。結構すごい人だかりね。
「さぁ、もう飛び入り参加する人はいないかな? 賞品は最高級の大地の肉1年分だよ!」
誰でも参加できるイベントなのね。大地の肉ってあたしの主食だわ。うちでも栽培しているのよね。
「最高級か~、うちでつくっているのよりも、おいしいのかしら」
負けられないと思うし、よりおいしいものがあるなら食べてみたいとも思うわ。
はっきりいって、あたしは大地の肉にだけはうるさいわよ。よりおいしくするために試行錯誤を続けていたのよ。今のところは、うちの大地の肉よりもおいしい品にはお目にかかったことがないわ。
まぁあたしの舌が慣れ親しんでいることもあるから、あくまでもあたしにとってはの話よ。品評会での評価は芳しくないのよね。
「しらねーけれども、取れたてじゃないだろし、味は期待できないんじゃね」
わかっているわねアルフ。正確にいえば、うちでも取れたてを食べられるのは収穫の時期だけよ。でも食べるまでは土中保存しているから、町で売られている品とは鮮度が全然違うのよね。
「そっかー、でも気になるな」
最高級というだけに、鮮度を維持する仕かけとかがあるのかしらね。あたしなら見るだけでも、ある程度は品質がわかると思うのよ。展示はしていないのかしら。
あら、舞台の前に賞品の説明があるみたいだわ。読みに行ってみよっと。あぁ、でもこの人ごみに大きな荷物を担いでいくのは迷惑かしら。ん~、荷物は置いていけばいいわよね。ガルマさんのそばにあるものを盗もうだなんて命知らずはいないはずよ。
さてさて、最高級の評価の秘密はどこに…… ふむふむ、これは――
「お~っと、可愛らしいお嬢さんの飛び入りだ~!」
きゃ。なに? 誰かに持ち上げられたわ。
「ではまずは着替えてきてくださいね~」
へ。イベントの司会のおじさん? どういうことよ。あたしがイベントの邪魔をしちゃって、つかまったのかしら。でもそれなら追い返してくれればいいわよね。
「え? え? なに?」
な、なによこれ。あたしをどこへ連れていこうっていうのよ。こんな白昼堂々、大衆の面前で誘拐なんてありえないわよね。警備兵だっていっぱいいるのよ。逃げるべきなのかしら。でも足がすくんで、走ろうとしたらもつれそうよ。悲鳴をあげるべきかしら。でもイベントの邪魔だから連れていく、という話ならば迷惑をかけちゃうわね。どうすればいいのよ。
……なにやら服のいっぱいある部屋に連れてこられたわね。でも服屋さんという雰囲気ではないわ。あたしは新しい服なんていらないわよ。ここもイベント会場の中よね。ということはイベントの更衣室なのかしら。つまりは誘拐を目的としたイベント…… そんなわけがないわよね。犯罪ならばコソコソとしていそうなものなのにムダに華やかよ。
あぁ~んもう。どうしてアルフは来てくれないのよ? もしかして、アルフにもなにかがあったのかしら。……ここは自力でどうにかするしかないわね。
「子ども用なんてあったかな…… 体格は大人顔負けだし、これならいけるかな」
このお姉さんはどなた? 怖い感じはしないわ。悪い人ではなさそうよね。これならって…… なんだか変わった服みたいね。
「え? あたしがこれ着るんですか」
そういえばさっきのイベントの司会のおじさんも、着替えてきてと言っていたわよね。その発言もマイクを使って放送していたわ。きっと隠すような悪事じゃないのよ。おそらく誘拐ではないってことよね。とはいえ、こんな状況で着替えろと言われても怖いわよ。なにが目的なのかしら。誘拐じゃないのなら説明くらいはして欲しいわ。
……でもこれ、とっても可愛いし、きれいなのよね。あたしが着たらどんな感じになるのかしら。見たこともない変わった服なのよ。着てみたくないといったらうそになるわ。でもやっぱり怖いのよ。でも足が震えた状態では逃げることもむずかしいわよね。でも、でも、でも…… あぁ~もう。着ればいいのよね。
とはいえ、なによこれ。本当に服なのかしら。小さいわ。生地も薄くてすぐに破れちゃいそうよ。こんなのにどうやって着替え…… ん? あら、これ破れずに伸びるわ。なにかおもしろいわね。……すんなり着れちゃったわ。
うわぁ。なにやらすごく派手できれいな服ね。着ると可愛い感じはなくなっちゃたわ。でも悪くはないわね。ちょっと大人になった気分かしら。
ふんふん。まるでなにも着ていないみたいに動きやすいわね。軽いし伸びるし、邪魔になるようなひらひらがまったくないのよね。見た目と違って丈夫だし、肌に吸い付くような感じで、こすれもしないのよ。これはすごい服なのかもしれないわ。
さすがは大きな町ね。変わった服もあるわ。普段着もこういうのにしようかしら。でもさすがに普段着としては派手過ぎるわね。もっとおとなしい柄があれば――
「ぴったりね、よかった。舞台中央まで歩いていって、そこで格好よくポーズ決めてね」
へ。服はたしかにぴったりですよ。でも舞台? あぁ、舞台はさっきのイベントのところよね。あとは格好よく……
「ポーズ?」
いや、頷かれても困ります。わからないから聞いているのよ。そもそもどうしてあたしがそんなことを――
とっとっと、今度はどこへ連れていこうと…… あぁ舞台、さっきのところね。人前に戻すってことは、やっぱり誘拐ではないみたいだわ。なんなのよ一体。
たしかここの中央でポーズと言っていたわよね。ポーズってガッツポーズとかのことかしら。いやまてよ。みんな鍛えているし筋肉美がどうのという話だったからボディビルのポーズかしら。イベントの舞台なんだしね。
でもこんな人前で、あたしがそんなことをしてどんな意味があるのよ。このイベントで筋肉美を競っているのであろうと推測はできるわ。でもあたしは無関係よ。参加している人たちだけでやってよね。そもそもあたしはボディビルダーですらないわ。見せるためじゃなくて使うための身体なのよ。身体を鍛えているのはみんなの役に――
「ベルタがんばれぇえええええええ」
あ。アルフの声だわ。無事だったのね。声が聞こえたのは、たしかあのあたり…… いたわ。舞台正面方向…… て、あれイベントの観客席よね。
なによ。観衆に交じってあたしを見物しているの? 捕らえられているという様子じゃないわよね。いつものようにヘラヘラと笑っているもの。
あたしがどれだけ不安だったと思っているのよ……
「あんたなにやってんのよ!」
人が困っているのに見ているだけだなんて酷いわ。あたしはあんたをそんな風に育てた覚えはないわよ。いくら非力でも助けに来るくらいはしなさいよね。
「え? お、応援?」
またなにを言っているのよこいつは。ざわめきのせいで聞き取りづらいわね。でも応援って聞こえたわよ。あたしが連れ去られることを応援していたというわけじゃないわよね。状況がわかっているのかしら。
「あたし突然連れていかれたのよ? 助けにくるくらいしなさいよ!」
薄情にもほどがあるわ。情に記憶喪失なんて関係ないわよ。人としてありえないわ。
「え、え~?」
アルフが追ってこないから、なにかあったんだろうと思って、ひとりでどうにかしようとしていたのよ。それなのに、何事もなかったかのようにイベントを見物しながら、のんきに声援を送っているってどういうことよ。
あたしがさらわれても、いなくなっても、どうでもいいの?
……あぁ、そう。そうよね。そうなんだわ。こんなやつを気遣っていただなんて、あたしは本当にバカみたいよ。思い切り殴らないと気が済まないわね。全力でいくから覚悟しなさいよ。
あ。この服はやっぱりいいわ。どんなに力を込めても破れそうにないわよ。よ~し、ガルマさんの加護を頂いてから初の、全力の一撃をおみまいしてあげるわ。万一プロテクターがもたなかったらそのときは諦めてよね。あたしにはもう抑えられないのよ。つまりこれは天罰ということよね。うん、あたしのせいじゃないわ。
アルフのところまで20メートルというところかしら。舞台からの段差もあることだし、今の跳躍力ならほかの観客を飛び越えてアルフのところまで届くはずだわ。
いっくわよ~。助走をつけて…… 大ジャーンプ! よし。ここで全身に全力をみなぎらせて――
――高く跳んだ身体が吹き飛ばされるような感覚を覚えた。それほどまでに、すさまじく大きな歓声が響き渡った。
ひぃ。な、なに。なにが起こったの。
みんなが…… あたしに向かって叫んでいるの? なによこれ、怖い。怖すぎるわ。誰か助けて。
「最っ高っ得点だ~~~!」
……お、おさまったかしら。
は? 優勝? あたしが? コンテスト? なによそれ。
賞品の大地の肉1年分? あ、こりゃどうも。ありがたく頂戴…… って、なによこれ。
わけがわからないわね。アルフにあげるつもりだった怒りが飛んじゃったわよ。命拾いしたわね。
大地の肉1年分は嬉しいわ。でもさすがに旅で持ち歩くには邪魔過ぎるわね。売るのももったいないわ。村に戻ればゆっくり食べられるのにね。
あら、配送してくれるんだわ。そりゃふつうはこんなの持ち歩かないわよね。なら親父にプレゼントってことでいいわ。売り物で鮮度が落ちるとはいえ最高級品だし食べるわよね。それに品質改良のヒントを見つけられるかもしれないわよ。
送るのならついでに手紙も入れられるわ。村を飛び出したまま、なんの連絡もしていなかったのよね。親父も心配していそうだわ。
え~と…… いざ書こうとするとなにを書けばいいのか迷うわね。竜人のガルマさんが一緒に来てくれたから安心してねっと。よし完璧。
「しっかし、すげぇ声だったな」
まったくだわ。あの声がなかったら、あんた今頃は無事じゃいられなかったわよ。
まぁ、あたしが自分からコンテストへ参加したように見えていたのなら仕方がないわ。あのときは説明もせずに荷物を降ろして舞台へ向かったものね。とはいえ、なんの確証もなしにそう思い込むような能天気さはやっぱり大問題よ。
「うむ。あの瞬間皆には、ベルタが美の化身にでも見えたのであろうな」
きゃ。ガルマさんったらお上手過ぎるわ。赤面しちゃいますよ。
「美? 美しさってやつか。そうか、美しさってのは、鬼が降ってくるような見た目を意味するんだな」
フンっ!
誰が鬼よ。あんたは一体どういう目であたしを見ているのかしら。バカの次は鬼って、死にたいわけじゃないわよね。少しはガルマさんを見習いなさいよ。ちょっと、わかっているのアルフ? あら白目をむいているわ。
まったく懲りないわね。どうして天罰を受けるようなことを口にするのかしら。よりにもよって、乙女に向かって鬼呼ばわりなんてありえないわよ。
あんたの晩御飯は抜きね。そのまま明日まで寝ていればいいわ。