あたしのせいじゃない
むふふふ。やっぱりベッドはいいわね。無茶を言って町に寄ってもらったおまけとしては最高だわ。
勝手についてきている身としては、わがままなんて言う気はまったくなかったわよ。でも旅立ちが突然すぎて、旅用具以外はなにも用意できていなかったんだから仕方がないわよね。ここでしっかりと仕入れたからもう大丈夫よ。
気分がよくて歌でも歌いたくなるわね。あら、ちょうどいいタイミングでパーカッションの音が響いてきたわ。って、なによこれ。なにか、いや、大勢が走ってきているのかしら。ものすごい音だわ。
「なによこれ、襲撃? 逃げよ、逃げよ!」
どうしてふたりとも落ち着いてくつろいでいるのよ。こんな大勢が駆け寄ってくるような足音だなんてただ事じゃないわ。しかも声を殺してだなんて変よね。きっと賊が大挙して襲ってきたのよ。
「なんだろね~」
少しは考えなさいよ。というか、それ以前に少しは慌ててよね。切羽詰まっているのよ。
「我らが目当てでなければよいのだが」
つまり目当てかもしれないのですよね。わかっておられるのならシャンとしてくださいよ。もう足音が宿屋の近くまできているわ。
「だからまず逃げようって!」
あ~、もう遅いかもしれないわ。足音が宿屋の正面にまできている感じよ。一体どうしたら…… あら? 足音が遠ざかっていくわね。宿屋の前を駆け抜けただけみたいだわ。
「我らが目的ではなかったか」
「よ、よかった~」
まったく何事よ。人騒がせにもほどが――
―― 勢いよく部屋の扉が開かれた。
ひっ?
……あら、ひとりだけみたいだわ。あの格好は警備兵よね。息をきらしてどうしたのかしら。部屋の扉をノックもせずに、突然開けるほどに慌てているなんてね。よっぽどのことなんだわ。きっと、さっき駆け抜けた人たちのことを聞きにきたのよね。でもなにも知らないわよ。
こちらから声をかけるべきなのかしら。こんな状況は初めてだからわからないわ。あ、やっと顔を上げ―― ひっ! なんて怖い顔をしているのよ。息苦しいだけじゃ、あんな怖い顔はしないわよね。
「逃げろ! 化け物が町に入りこんだ!」
はぁ? そんな小さい声じゃ聞こえにくいで…… 化・け・物ですって?
「い、いやぁああああ!」
逃げなきゃ。やっぱり逃げなきゃ。すぐに逃げなきゃ。荷物を集めて、布団をたたんで、それから、えーと……
「……化け物?」
なにをのんびりと、つぶやいているのよアルフったら。警備兵の様子を見れば大体の状況はわかるわよね。警備兵は獣や魔物の迎撃にはなれているはずなのよ。それなのに町に侵入されちゃっただなんて、よっぽどの化け物だわ。
って、アルフもガルマさんもまだ座ったままじゃないのよ。
「ちょ、ちょっと、見つめ合っている場合じゃないわよ。早く逃げましょ!」
ふたりとも落ち着いてうなずきあっていたみたいだわね。状況はわかっているということなのかしら。既に対策を練ってある、なんてことはないわよね。だってあたしはなにも聞いていないもの。
「なんで? 新鮮な肉、食い放題だぞ。食えるかは知らんけれども」
く。だからその底抜けの能天気はどうにかしなさいよね。逆に食われ放題になっちゃうわよ。一番非力なクセにその根拠のない自信はどこから湧いてくるのかしらね。
「うむ。町を襲う化け物となれば、倒して食っても文句は言われぬはず」
かはぁ…… ガルマさんまで同調されるなんてね。
そりゃお強いのは重々承知しておりますよ。化け物なんて屁でもないのでしょうね。でもガルマさんは町なかでなんて戦わないはずですよ。というか、戦わせるわけにはいきませんね。もしやるとしたら、あたしとアルフだけでやるしかないのよ。そんなの無理無理無理。
あ~んもう、ガルマさんを説得するなんて無理よ。でも、あたしたちに同行してくださっているんだから、アルフさえ説得できればついてきてくれるわよね。
「なに言ってんのよ。警備兵すら逃げ出しているのよ! あたしたちで倒せるわけないわ!」
獣や魔物ではなく化け物と言っているのよ。未知のやばいやつよね。それじゃぁ対策の検討すらもできないわよ。
「罠アイテムがあるじゃん。ここに仕かけて仕留めようぜ」
罠アイテムで仕留められるという根拠はなによ。警備兵ですら逃げ出しているということを理解できていないのかしらね。罠アイテムが強力とはいえ無敵でも万能でもないのよ。あくまでも個人の護身や狩猟用だわ。そもそもここは宿屋なのよ。化け物なんて誘いこんでいいわけがないわ。
「だが町の警備兵が逃げるほどのやつだ。捕らえても力ずくで、すぐに逃げられてしまいそうだな」
そうですよ。やっぱりガルマさんはわかっておられますね。どんどんおっしゃってやってくださいよ。アルフったら、あたしが言ってもまったくわかってくれないんだものね。
「逆にそれほどやばいやつだったら、この宿ごと燃やしても文句言われないんじゃね?」
だーかーらー、言われたらどうするのよ。あんたに弁償なんてできないわよね。さぁ、ガルマさん、ここでビシっと一言お願いしますよ。
「おぉ妙案。バーベキューにする手間も省けるな」
あぁああん。こんなのうそよ。ガルマさん、アルフに調子をあわせないでくださいね。そいつは先のことをなにも考えていないのよ。
まさか、人の世界を滅ぼされてきたガルマさんであれば、宿屋の焼失なんて気にされないのかしら。……んーん、そんなことはないわよね。町を壊さないように罠アイテムを使っておられるんだもの。導きとやらがこないかぎりはお優しいままのはずよ。
って、本当に罠アイテムを設置しはじめちゃったわ。化け物が襲ってきているのに、なにを楽しそうにしているのよアルフったら。
「バカ言ってないでよ! そもそもこんな狭い部屋に、どうやって誘導するのよ。それに逃げ道は?」
早く逃げないと、逃げ場すらなくなっちゃうわよ。ここはふたりとも担ぎ上げて強行突破をするべきなのかしら。
「逃げるのは瞬間帰還器でいいだろ。誘導は今お前がやっているじゃん?」
え。あ、そうか。逃げるのは慌てなくても大丈夫だったわね。取り乱しちゃったわ。まさか宿屋の中で使うなんて思ってもみなかったもの。だって町へ飛ぶためのものなのよ。それを町なかで使うはめになろうとはね。よし、しっかりと瞬間帰還器を握っておいたわ。これでいつ化け物が現れても大丈夫よ。
でも、誘導はあたしがやっていると言っていたわよね。なんのことかしら。ちょっと、どうして、ふたりしてあたしを見つめているのよ。誘導なんてしてはいないわ。でもガルマさんまで同調しているってことは、なにかがあるわよね。
「え? あたし? 今やっている?」
とはいえ、化け物なんて今どこにいるのかも知らないのよ。誘導なんてできるわけがないわ。なにか勘違いを――
「みんな避難して、声をひそめているんだろ。だったら大声出していれば寄ってくるんじゃね?」
ひっ。そ、そういえば大声で怒鳴りまくっていたわ。みんな避難したから、声を出しているのはあたしたちだけなのね。でもまだ気づかれてはいない可能性だ――
ってぇ! なによこの音は。建物がきしんでいるわよ。やばいやばいやばい。確実にここを襲ってきているわ。宿屋を壊しかねないほどにやばいやつよ。
「いぃやぁあああああ~、どうしてこうなるの~」
町は安全なのよね? わざわざ町に泊まって化け物に襲われるなんてないわ。野宿ですらいまだに襲われたことはないのよ。
「どうしてって…… 化け物も肉を食いたいんじゃね?」
今はそんなボケを――
――天井が崩れ落ちてきた。とっさに瞬間帰還器を使った。
こ、こわ。思わず飛んで逃げたわ。ふたりとも大丈夫かしら。うん、しっかりと脱出しているわ。
化け物は追っかけてきていないわよね。宿屋のほうかしら…… ひっ。なによあれ。宿屋にへばりついているやつよね。化け物というよりも怪獣といいたくなる外見だわ。あんなのをどうにかできるわけがないわよ。むっちゃくちゃ強そうだわ。
あたしたちのいた部屋に前足を突っ込んでいるわね。足一本で叩き壊したのかしら。まさに化け物ね。でもいまだに、へばりついたままだなんて妙だわ。そっか、きっとあたしたちが宿屋に隠れていると思って探しているのね。
「でっけー、いやでかすぎ。宿屋よりでかくね? ありゃ部屋に入らんわ」
だから少しは考えてよね。そもそも罠アイテムじゃ厳しいであろうことは事前に話したわよ。
「罠アイテムがムダになってしまったな」
そんなのどうでもいいじゃないですかー。ガルマさんがボケをかますだなんて、調子が狂っちゃうわね。意図的にアルフの思考レベルに合わせている感じだわ。どういうおつもりかしら。こんなときだというのに困っちゃうわね。ガルマさんを頼れないとなると、やっぱりここはアルフを問いただすべきかしら。
「って、どうすんのよあんなの、ほかに手はあるの?」
罠アイテムが強力とはいえ、大型獣にまでは対応していないわ。ふつうなら個人で相手にはしないもの。しかもあれは大型獣よりやばいわよ。あたしたちに打てる手は……
「どうするって、町出ようぜ」
「へ?」
化け物を倒すのよね? 町を出る気ならさっさと逃げればよかったもの。あれだけあたしが逃げようと言ったのを無視していたのに、いまさらどういうことよ。
「うむ、倒して食うのがむずかしいのであれば、見なかったことにするしかなかろう」
そういうことですね。でも、もう手を出しちゃったあとなんですわ。見なかったことになんてなりませんよ。
なんてガルマさんには言うだけムダよね。アルフの良心に訴えてみようかしら。
「えー、これだけ騒ぎを起こして、しらんぷりする気?」
宿屋の被害だけでも、とんでもないわよ。弁償をしなくちゃいけないわよね。でもそんなのすぐには無理よ。下手したら一生ただ働きかしら。
「いや、アレが狙ったのは俺たちじゃなくて、この町だろ」
あ。そうだったわ。あたしたちが起こした騒ぎじゃなかったわね。ハァ。余計な心配をして損しちゃった気分だわ。
「それはそうね。でも、宿屋に誘導して壊しちゃったわよ。気にしなくてもいいの?」
まさかアルフのほうが落ち着いているなんてね。物事に動じないのは能天気の長所なのかしら。あたしも落ち着いてきたわ。もう大丈夫よ。
「俺は誘導してないぞ」
ぐ。珍しくしっかり言い訳を考えていると思いきや、あたしのことは放置なのね。みんなあたしのせいにする気なんだわ。いいわよいいわよ。
「あやつ動かぬな。部屋に設置した、捕縛罠に足が引っかかっておるのか」
そんなことはどうでもいいですよね。動きだす前にあたしたちも避難しておきましょうよ。だって部屋を壊してしまうほどの力があるのですよね。なら捕縛罠が破壊されるのも時間の問題ですよ。
「だったら、火炎罠も起動してバーベキューにしちまおうか?」
だからぁ、あんなのに罠アイテムはムダなのよ。いい加減に学んで欲しいわ。
「火耐性がなければ倒せるやもしれぬな。いかにも火に強そうな外見ではあるが」
ガルマさんたら本当にどうされたのですかね。今日はおかしいですよ。仮に火耐性がなかったとしても、前足の先っちょを焼いた程度で倒せはしないですよね。そんなことすらわからないなんてありえないわ。
「見掛け倒しかもしれねぇ。あれじゃ罠アイテムは回収できねぇから、一応やってみようぜ」
もしもーし。黙って聞いていれば物騒な話になっていませんかね。
「一応って…… それ、倒せなかったらどうなるのよ?」
ふたりとも、かもしれないと言っているのだから、当然考えてはいるわよね。かもしれないどころか、奇跡でも起きないかぎりはどう考えても無理としか思えないのよ。
「そりゃ暴れるんじゃね?」
「怒り狂って大技を繰り出しそうであるな」
ハァ。話にもならないわね。騒ぎを放置するのは気が引けるわ。でもこのままじゃ騒ぎを大きくしかねないのよ。ふたりとも町の外へ引きずり出すしかないわ。
よもやガルマさんの手を引くことになろうとはね…… お願いですから抵抗はしないでくださいよ~。
「どした? 騒ぎを沈めないのか?」
「しらんぷりでよいのか?」
うるさいわね。今ならまだ言い訳できると思うわ。幸い化け物はまだ動けないみたいなのよね。だから罠アイテムで抑えておきました、と言い張れるかもしれないのよ。
もちろん償いをしようとは思うわ。でもあたしたちだって被害者なんだもの。町に侵入された責任までを押し付けられたら溜まったもんじゃないのよね。宿屋へ誘導してしまったことに責任を限定しなきゃ償いようもないわ。
それなのに、暴れる可能性があることを前提に火炎罠を使うってなによ。あんなのが暴れたら町中破壊しつくされちゃうわ。そんなのをどうやって弁償するのよ。一生かけても無理だわ。
とにかく話はあとよ。ここでもたもたしていたら、ふたりともなにをしでかすかわからないわ。ほら、キリキリと歩いてよね。さもないと娘に担ぎだされるなんて醜態を町なかでさらすことになるわよ。
「警備兵で対処できないってことは、あの化け物は珍しいのかな」
そりゃそうよ。なにかが化けた物なんだから、そうそういたらこまるわ。
「想定外という雰囲気だな」
想定していながら入り込まれたのであれば、それこそバカですものね。いつどこでなにがどう化けるかだなんて想定できるわけがないわ。
「俺たちがこの町に寄ったのも想定外だったな」
まったくだわ。酷い偶然があったものね。あたしにとっては、安全なはずの町なかで襲われたことが想定外だわ。
「我らの場合は予定外だな。そういえば、突然この町へ向うことにしたゆえ、獣の多い地を抜けてきたな」
「あぁ~、俺たちのにおいを追ってきたのかな」
え。まさか。……町が狙われたのもあたしのせいなの?
だって、突然アレが始まっちゃったのよ。なにも準備していなかったんだから、町に寄るのは仕方がないわよね。でもそんなことは言えるわけがないわ。だからベッドで寝たいと言ってごまかしたのよ。
こんなの不可抗力だわ。どうすればよかったっていうのよ。それでもあたしのせいだっていうの? 違う、そんなの違うわよ。
「あたしのせいじゃない」
意図的になったんじゃないわよ。生理現象なんだから仕方がないわ。我慢できるようなものじゃないのよ。突然、勝手に――
「へ? あぁベルタのせいだと言っているわけじゃねぇぞ」
言っているようにしか聞こえなかったわよ。
「うむ。近かったゆえ、瞬間帰還器を使わぬ判断をしたのは我であるしな」
「そうそう。俺も途中で獣を捕らえて食えるかな~、と思って歩こうって言ったんだ」
そ、そうよね。あたしは瞬間帰還器でさっさと飛ぼうとしていたのよ。あたしのせいだけじゃないわ。でも、ありがと。少しだけ気が楽になったわ。
とはいうものの、あたしたちが原因である可能性は高いのよね。どうにかするべきなんだわ。でも、あんな化け物はどうしようもないわよね。
ガルマさんならその気になれば簡単であることはわかっているわ。でも簡単にみんなが消えちゃう可能性もあるのよね。この町だけの被害で済むかどうかすらも怪しいわ。後悔してもしきれない大惨事になることだけは絶対に避けなきゃいけないのよ。
ほかの攻撃手段となると…… 気が進まないとはいえ、あたしの腕力が一番効果的よね、きっと。……怖い…… なんて…… 今は言える立場じゃないのよ。
でもガルマさんから加護を頂いているとはいえ、あの化け物にあたしの攻撃が通用するとは思えないわ。動かせないのは前足一本だけみたいだから反撃はされるわよね。そもそもあの大きさじゃ動かなくても、かかとしか殴れないわ。
しがみついて登ることはできるかもしれないわよ。でもそれで有効打を放てるとまでは思えないのよね。見るからに頑丈そうな皮だし、あの大きさじゃ到底急所までは届きそうにないわ。ガルマさんの加護を頂く前のあたしの力なんて落石を砕ける程度だったものね。弾力のある皮や肉が分厚いんじゃ効果を期待できないわ。
しいて言えば耳の穴から入り込んで内側から攻撃するのが効果的よね。でも有効打になるかはわからないうえに、おそらくは酸欠になっちゃうわ。入り口付近なら呼吸は大丈夫としても効果を期待できないのよね。それに、下手をしたら首を振るだけで放り出されちゃうわ。
ハァ。あたしがこれだけ悩んでいるのにアルフったらヘラヘラと笑っているだけだなんて…… あ。そうね、これだわ。
「軍隊に救援要請しているはずよね。みんな避難済みだし。うん大丈夫、大丈夫よきっと」
どうしようもないのに悩んでいてもムダだわ。ここはアルフを見習って能天気にいくわよ。ちょうど軍隊も到着したみたいだわ。
――数時間の間に、化け物は軍隊に処理された。
ふぅ。軍隊が化け物を片付けてくれてよかったわ。でも町にとっては無事といえないのよね。被害は甚大だわ。あたしの旅もここまでかしらね。まだ子どもなのに借金漬けになっちゃうわ。やっぱり旅に出たのは早まったかしら。でもこんなことは予想できるわけがないわよね。……人生は諦めが肝心なのよ。ハァ。
みんな集まってきたわ。今回の件を説明するのね。こんな大勢の前で首謀者としてさらされるのはつらいわ。いや首謀者というのは違うわよね。あたしが企てたわけじゃないもの。事件じゃなくて事故なのよ。おっと、説明が始まったわ。まずは聞くしかないわね。
そう、宿屋さんの修理には保険がおりるのね。本来は警備が万全な町だから、化け物に侵入されたら町の責任として補償してもらえるんだわ。よかったわぁ。すぐには弁償なんてできないもの。おわびをしてもしきれないところだったわよ。
え。化け物が襲来した原因については調査しないのね。偶然にありえることだから素直に諦めますよと。そうよね、あたしたちが原因の可能性もあるとはいえ確定じゃないわ。ほかの理由で襲ってきた可能性だって十分にあるわよ。
……ということは、あたしたちが責められることもないのね。うわぁ、助かったぁ~。本当にもう終わりかと思ったわよ。
あら。なにやら偉そうな人たちがこっちに来たわ。あたしたちになにか用があるのかしら。原因は調べないと言われたではありませんか……
へ、感謝? 怒られはしても感謝される筋合いはないと思いますよ。なになに。罠アイテムで化け物を抑えていたから被害も抑えられた? 本来は警備兵の仕事だが、突然かつ想定外の化け物であったため、町人の避難に手いっぱいだったところで代行してくれた? いやいや、そんなつもりはまったくありませんよ。ふたりともおもしろ半分で、って余計なことは言わなくてもいいわね。
「町から謝礼金を支給したいと言ってきておるぞ」
ぶ。それをもらったら当たり屋みたいなものですよ。
「そんなの受けとれませんよ。あたしたちのせいで襲われた可能性だってあるのですし」
でも本当に謝礼金なのかしら。ガルマさんに話しかけていた人はすごく怯えているように見えたわ。ガルマさんの滞在中に騒ぎを起こしてしまったので迷惑料を払いたい、なんてアフレコをいれたらしっくりくる雰囲気なのよね。まぁ、仮にそうだとしても受け取れないことに変わりはないわ。
「あの肉は食えないのかな。こんがり焼けて、いいにおいしているぞ」
あら、本当だわ。寝ているはずの時間に起きていたせいで、おなかも空いているわね。あたしも食べたくなってきたわ。
「肉は分けてもらってもいいかもね? 食べられるとしたらすごい量だし、町で配っても余るはずだわ」
まぁ倒したときに妙な薬品とかを使っていなければよね。劇薬を含んだ肉じゃさすがに食べられないわ。化けているだけに肉自体も危険かしら。毒とか遺伝子変異とかありそうよね。
「では謝礼金の代わりに肉を食わせてもらえぬか聞いてみよう」
聞いてみようって。ガルマさんからの要請を断れる人はいないと思いますよ。
……まぁ食用に適さないなら教えてくれるわよね。
――化け物の肉の調理と配布が始まった。
結局誰でも食べていいことになったわ。住人の皆さんが手分けして調理したものを配ってくださるから助かるわね。
うん、なかなかおいしいわ。これならモリモリ食べられるわね。余計な心配で神経をすり減らし続けたせいで、おなかがペコペコなのよ。思い切り食べるわよ。
なにを呆けた目であたしを見ているのよアルフったら。あんたが散々食べたいと言っていた肉なんだから遠慮なく食べなさいよ。ん? なんだかほかの人たちまでが、あたしを見ているような気もするわね。でもあたしはみんなと同じように食べているだけよ。……うん、気のせいよね。あら、これでちょうど50皿だわ。前菜としてはこんなものよね。そろそろペースを上げようかしら。やっぱりメインは骨付きよね~。
さて。宿屋は燃えちゃったし、目はさえちゃったし、おなかもいっぱいだわ。とくれば、今日は眠らなくてもいいかしらね。旅を再開するわよ。眠くなったらお昼寝をすればいいものね。
それにしても、とんでもない夜になっちゃったわ。化け物の襲来はともかく、ガルマさんよ。アルフに合わせるだなんてありえないわ。どうしてそんなことを……
そっか、おそらくはあたしたちを和ませるために気を使ってくださったのよね。今までの言動から考えれば、今日の言動を地でなされたとは思えないわよ。
お気持ちは嬉しいわ。でもアルフに合わせるのだけは駄目よ。アルフの2人前だなんて、あたしには対処しきれないわ。これだけはしっかりとお願いしておかなきゃね。