竜に連なる者
罠アイテムのレクチャーもこれで終わりっと。あっという間のレクチャーだったわね。内容は十分に濃くて満足したわ。
アルフもしっかりと覚えられたのかしら。
「ねぇ、ガルマさんは、罠アイテムなんて不要じゃないの?」
あぁ。それはあたしも同感だわ。仮に襲われたとしても、ダメージをお受けしない気がするのよ。頂いた加護に類する力を、ほかにも持っておられるでしょうしね。いや、それ以前に――
「ぬ? 人のごとく振る舞ううえで重宝しておるぞ」
身を護るためじゃなくて、人のごとく振る舞うためなのね。それならわかる…… かしら? でもそういうことでしたら変装でもなされたほうが…… いや、頭部の形状が違いすぎて、ごまかしようがないわね。それでフードだけは被っておられるのかしら。正面から意識して見ないかぎりは気づかれないでしょうしね。
「竜人て無茶苦茶強いんでしょ。ガルマさんは戦わないの?」
やっぱりそう思うわよね。物語ではまさに最強無敵の存在だったもの。ぶらぶらと旅をしておられるような方とはいえ、竜人という時点で、常人じゃ相手にならないような強さがありそうだわ。
「うむ。我が戦うのは、基本的には導きが示されたときのみだな」
あら。ガルマさんも戦われることがあるのね。強そうな雰囲気は半端ないほどに常に漂わせておられるわ。でも戦う意志をまったく感じさせないのよね。出会ったときに怯えてしまったことが不思議なくらいによ。戦うとおっしゃられてもピンとこないわ。これほどまでに穏やかなガルマさんを戦わせるような導きって、一体なにかしら。
「導き? があればガルマさんも戦うんだ!」
そうよ、ここまできたら遠慮することもないわよね。その実力についてずばり聞いちゃおうかしら。
「伝説のような強さなのですか? たとえば世界を脅かす帝国をひとりで滅ぼした竜人ガル…… マ? あれ?」
え? え? たしかに聞き覚えのある名前だとは思っていたわよ。でも物語の竜人様と一緒だったなんてね。なんとも怖い偶然だわ。
「そういや、伝説の竜人と同じ名前だ。聞き覚えあるなとは思っていたんだ」
あんたもなのね。そうよ、知っていても物語の存在を連想したりはしないわ。大昔のお話なんだしね。そもそもあれは作り話のはずよ。
「そうか、あの粛清は伝記になっておったか。伝える者が残らぬほどに滅ぼしたつもりであったが」
……は? まるで物語の竜人様御本人のような発言に聞こえますよ。でも、そんなことはありえないですよね。
「え? 500年以上前のお話ですよ。ガルマさんとは別の方ですよね」
やだ。なによこの汗は。ないない。ありえるわけがないのに冷や汗が止まらないわ。あたしったら、なにをおそれているのかしら。
「もうそんなになるか。あれ以来、人の道が矯正されて、滅ぼす必要もなくなっておったな」
……ガルマさんて、こんな冗談を口にされる方ではなかったわよね。ということはつまり……
「……そういえば前に寿命がないとかおっしゃっていましたね」
いやいや。慌てちゃいけないわ。でもどんどん外堀を埋められていくような焦燥感がたまらないわね。寿命がないとおっしゃってはいたわ。でもいつ誕生されたのかは聞いていないのよね。壮健そうだし、500年以上も生きてこられたようには見えないのよ。いくら長命とはいえ――
「うむ。我は若輩ゆえ、生を受けてからまだ2億年ほどだがな」
ほらね、若輩って…… は? おく? 億? 200,000,000年?
いやいやいや。落ち着けあたし。えーと。人と呼べる先祖が現れたのはたしか数万年前と教わったわよね。1万は10,000よ。2億というのは…… 1万が2万回よね。人の歴史が10万年としても2千回分よ?
「億…… ですか? あたしが学んだ人の歴史よりも遥かに前ですよ。人が生まれる前から生きておられたのでしょうか」
いまさらガルマさんを疑う気はないわ。でもこれはさすがに理解しがたいわよ。
「いや? 我は母なる竜神と人の間に生まれた。ゆえに我より先に人はいた」
あら? なら2億年以上前から人がいたということよね。教わった歴史が間違っていたのかしら。
「人の世界は何度か滅ぼしておる。滅び以前の歴史は、人の記録としては残っておらぬのであろうな」
人の…… 世界を…… 滅ぼした? 何度か?
な・ん・で・す・か・そ・れ・は!
人を滅ぼしたとおっしゃるのであれば、あたしたちは一体なんなのですか。
まてまてまて。冷静になれあたし。いままでのお話をまとめるのよ……
人が生まれたのは2億年以上前だとおっしゃっているのよね。そのあとでガルマさんがお生まれになったと。うん、ここまでは問題ないわ。歴史認識の誤りなんてよく見つかっているものね。桁が違い過ぎることはまぁ横に置いて。
それからは人が数万年かけて繁栄するたびに滅ぼしてきましたよってことなのかしら。何度か滅ぼしたとおっしゃっているのだから、きっとそうよね。
それで、滅ぼす前の記録を残してはいないから、人が知っているのは最後の滅びの後の歴史だけですよっていうことなの?
それって何度かの滅びじゃなくて数千回ですよね? 2億年もあったのですから。
うーん…… 整理したあとのほうが余計に意味不明だわ。でも、そうおっしゃっているわよね。もう一度発言を思い返して…… うん、間違いないはずよ。
どうしてそんなことをされているのかはわからないわ。でも、物語の竜人様が、今目の前にいるガルマさんだってことはたしかみたいね……
「な! なんでそんなすごい人が俺らと旅しているの?」
あら。アルフもまともに状況を認識できたみたいね。
それよ。ガルマさんを過小評価していた最大の原因はそれなんだわ。
「誘ったのはお主ではないか」
くっ。おっしゃるとおりですね。でも論点はそこではないのですよガルマさん。
誘われれば必ずついていくというわけではありませんよね。その答えはおかしいと思いますよ。
「いや、だから、そうじゃなくて! 旅人じゃなく王様とかになっていそうだぞ」
そうですよ。そもそも、ぶらぶらと旅をしておられるというのがおかしすぎですわ。世界を滅ぼせるほどの力をお持ちなら、世界を統べればよいのではありませんかね。そうすれば滅ぼさずにすむと思うのですよ。
「我は導きで動く。人の王は人がやればよい」
その導き? とやらがくるまではぶらぶらしておられるということですかね。なんという力の持ち腐れでしょう。いやもちろん滅ぼされるよりはいいですよ。でもそうなると……
「人の世界を何度かって、また滅ぼすことになるのでしょうか?」
この世界も滅ぼされちゃうのかしら。まさか滅ぼす前の下見の旅をしておられたわけじゃないわよね。もしそのおつもりであれば、なんとしても回避策をお聞きしないといけないわ。
「導きが示されればそうするであろう。だがまた人が道を違えぬかぎりは示されぬであろう」
導きというのがやっぱりよくわからないわ。でも滅ぼすかどうかは未定ってことなのよね。そして導きとやらが示されるのは人が道を違えたときですよと。うん、結局なんのことだかわからないわ。
「道を違えるとは、滅ぼされたときに人はなにをしたのでしょうか?」
具体的になにを避ければいいのかがわかれば、滅ぼされずに済むはずよね。
「基礎なしに着火魔法を覚えるようなものだ。己が身すら護れぬ破壊の術ばかりを磨いておったわ」
ちょ! あたしのせいなの? いやいや、あたしが生まれる前の話だったわね。
破壊の術って、攻撃魔法や破壊兵器のことかしら。
要はあたしみたいに危険な魔法を使おうとしていたからってことなのよね? 大勢の人がそうしていたってことなのかしら。
「えー、あたしみたいな大人が多かったってことでしょうか?」
魔法にあこがれている人なんてあたしだけじゃないはずよ。このままじゃ今の世界も滅ぼされちゃうってことよね。とてもまずい状況だと思うわ。
「お主は壊れておらぬ。危険性を説けば即座に理解して習得を諦めた。やつらは諦めずに暴走しておった」
え。危険性を理解して諦めればいいのですか? って、諦めるのは当たり前よね。下手をしたら自分がケガするだけじゃすまないのよ。
それなのに諦めずに暴走をしていたですって? つまりは基礎を覚えずに着火魔法を覚えるような真似をしていたってことよね。それも、より危険な攻撃魔法や破壊兵器でということなのかしら。
いやいや。それじゃ、ただのバカよね。滅ぼされなくても、いずれ勝手に滅びるわよ。ん、まてよ? ……バカ、ね。
たしかに、法に背くリスクを認識しながらも、意図的に罪を犯すほどのバカな人が大勢いるわ。そのような、危険でも諦めずに愚行を冒す者のことを指しておられるのですよね。実在することは認めざるを得ないわ。もっとも、あたしには理解しがたい存在なのよね。根拠もなしに自分だけは大丈夫だとでも思っているのかしら。とはいえ、いくらなんでも……
でも人の世界ごと滅ぼされたってことは、そんな人だらけになっていたってことなのよね。
「……わからない、自分が危なくなる力を求めつづけていただなんて」
どう考えても正気じゃないわよね。狂人が世界を支配してしまっていたということなのかしら。
でも何度もって、いや、恐らくは数千回もそうなっているということなのよね。
どうして? 数千回もみんながおかしくなっちゃうなんて考えられないわ。
「死したのちに土に還ることすらも拒んでおったわ。種として狂っておったのであろうな。それゆえの導きだ」
食物連鎖からも外れようとしていたのですか。それはたしかに狂っているとしかいいようがないですよね。自然を壊してしまっては自らの首を絞めるだけですもの。種として狂う、ね…… 本当にみんながおかしくなっちゃったんだわ。
「また狂うかもしれないのですね」
今までに何千回も狂い続けてきたのならば、今回は大丈夫だなんて根拠はなにもないわ。なにか狂いだす切っ掛けがあるのかしら。今の人たちがそんな風に狂うだなんてどうしても思えないわ。
「今の人は護りを第一にしておる。この世界のあり様を護る、その思想が崩れぬかぎりは大丈夫であろう」
え。今の人は大丈夫なのですか? 滅ぼされた人たちとは違うのですね。
護りを第一にって…… 聞き覚えがないわ。あたしは学んでいないわよ。
「護りなんて教えられた覚えはないですよ?」
そんなに大切なことなら忘れないようにしっかりと教えられるはずよね。
知らないのはあたしだけじゃないと思うわ。
「魔法は秘匿されておるし、瞬間帰還器にせよ罠アイテムにせよ護りを前提に設計されているであろう」
魔法を秘匿? 使える人が見当たらないのは、危険だからとか向いていないからというだけじゃなくて、使い方が隠されているからってことなのかしら。
瞬間帰還器や罠アイテムに護りとおっしゃっても、そんな話は…… あ、罠アイテムについてはさっき説明されていたわ。
「罠アイテムについてはフェールセーフでしたよね。瞬間帰還器にも護りなんてあるのでしょうか」
瞬間帰還器は何度も使っているわ。でも護りってなんのことかしら。設計がとおっしゃっているから、緊急避難用にも使えるって意味ではないわよね。
「転移ならどこにでも飛べたほうが便利だ。だが悪用を防ぐために、警備の厳しい拠点に制限するとかだな」
あら、制限された結果だったのですね。てっきり拠点にしか移動できない機能であろうと思っていましたわ。つまり村に拠点を置けないのは、警備兵すら常駐していないからということみたいね。
護りの意味がなんとなくわかったわ。人を連れては飛べない制限を生み出している、誘拐対策あたりも護りに該当するわけよね。要は本来の機能を制限してでも、危険を排除しようとする試みってことかしら。
「そうだったのですね。それで村には飛べないのですか。今の世界は何度もやりなおした結果だったのですね」
ハァ。少しは落ち着いたわ。今の世界が滅ぼされる心配は当面ないってことよね。大人はきちんと道を違えぬように気を付けているんだわ。よかったぁ~。
それにしてもガルマさんが伝説の竜人様だったなんてね。いまだに信じがたいわ。おまけに人の世界を何度も滅ぼしてきただなんてね。物語よりも遥かにとんでもないわよ。
あぁ~、考えれば考えるほどにわからないわ。世界を滅ぼせるような方が、どうしてあたしたちの面倒を見ながらぶらぶらと旅をしているのよ。そりゃこちらから頼んだのはたしかですよ。でもだからって引き受けたりはしないわよね、ふつう。
「ねぇねぇ、その導きって誰が示すの? 竜人の王様とかいるの?」
ちょ。ここまで聞いておきながらもその口調なの? ガルマさんが伝説の竜人様だって、あんたにもわかっていたわよね。
「導きを示すのは竜神だ。王でもある」
……ガルマさんも全然気にされてはいないみたいね。どうしてよ。現実的には王様よりもずっと上の立場の方よね。
ん? 竜神様が王であるとおっしゃったわよね。竜人様が竜神様の遣いだという話も本当だったということなのかしら。もしそうだとすれば、導きとはすなわち竜神様からの命令ということになるんだわ。それは逆らえないですよね……
「竜の神様かぁ。見たり話したりできる神様ってことなのか。なんかよくわかんねー」
いや、竜神様を直接見た人なんていないと思うわよ。伝聞と恩恵で知られているだけだわ。まぁガルマさんはお会いしているってことみたいよね。
「竜に連なる者はすべて、母であり王である竜神より生まれる。父が人であれば竜人となる」
竜神様の遣いである以前に実子であられるのですか。
って、父が人とおっしゃったわよね。竜神様が人と交わるのですか。
「人が竜の神に選ばれるの? すげぇ人なんだろうな」
そうよ、一体どんな人なのかしらね。とはいえ、ガルマさんの御父上は2億年以上前の人ということになるわ。今の人とは全然違いそうな気がするわね。
「父となる者に特別な力があるわけではない。種の因子を受けつぐための依代だな」
……人なら誰でも一緒みたいな言い草ですね。やっぱり人の親子とは関係が違うのかしら。うん、考えてみれば当然だわ。だって妻が竜神様で子どもが竜人様なのよ。どんなにすごい人であるとしても、父としての威厳を保ちようがないものね。
「竜と竜人でなにかが違うのでしょうか」
わざわざ人の因子を受けついで竜人にする意義がわからないわ。よもや、あたしたちの相手をするためというわけじゃあるまいしね。
「保持する因子が異なるだけで実質的には変わらぬ。人の因子を判断するときには竜人にある因子を診る」
はい。なにをおっしゃっているのやら、さっぱりわからないですよ。
ただ流れから推察すると、人が狂ってしまったかどうかはガルマさんを診ればわかるってことかしら。人の状態が常にガルマさんに反映されているってことよね?
「じゃぁせっかく強いのに、導きが示されないと戦わずに逃げなきゃいけないのかぁ」
そうね。導きが示されたときにのみ戦うとおっしゃっていたものね。アルフの言うとおりに逃げるしかないのかしら。それであたしたちと会ったときにも瞬間帰還器を準備しておられたのね。
「いや戦うのは自由だが…… 人や獣を相手にして町や自然を壊すのもな」
うーん? むずかしい言葉を使っておられなくても、理解しがたいことをおっしゃるときがあるわね。あたしの解釈がおかしいのかしら。
「へ? 人を殴っても町は壊れないぞ」
やっぱりそう聞こえたわよね。まるで壊れるような言い方だったわ。
「壊れるぞ」
断言されるのですか。
……アルフ、どう思う? さすがになにをおっしゃっているのかがわからないわよね。どうして人を殴ったら町が壊れるのよ。
「やってみせるのが早いか」
え。なに? 突然足元をすくわれたような感覚がしたわよ。って、見えない壁があるわ。こんなものさっきまではなかったわよ。あるのかないのか、触らないとわからないわね。この形状は…… あたしとアルフが透明な玉に閉じ込められているんだわ。いつの間にこんなものができたのかしら。こんな不思議なことができるとしたらガルマさんだけよね。
ん? なにか遠くの岩とかが不自然にカットされているように見えるわ。前後左右、うん、全方向ね。カット面がちょうどあたしたちのほうを向いているみたいだわ。 ……これ、もしかして大きな環状の透明な壁をつくられたのかしら。この玉のように。それにしても音も立てずに一瞬で広範囲の岩を削っちゃったということよね? すごいわ。でも一体どうしてそんなことを?
……ガルマさんはやってみせるとおっしゃっていたわね。この玉とか壁のことかしら。いや、きっとちがうわよね。人を殴ったら町が壊れるという話だったもの。これからなにかをするってことかしらね。
「よく見ておけ」
あれは…… 小石? その小石を見ていればいいのですか。
指で弾い――
――世界が一瞬ひずんで見えた。
ひぃ。なに? なにが起こったの。今、視界がおかしくなったわよ。目を開けるのが怖いわ。
「な?」
へ? なにがですかガルマさん。小石を見ていようとはしていたのですが、突然視界がおかしく――
「な!」
どうしたのよアルフ、驚かさないでよ……
ってぇ! こ、ここはどこ? 地面が無いわ! なによこの底の見えない巨大な穴は。
「な! な?」
地面だけじゃないわ。空の雲もないわよ。あんなに曇っていたのに。ものすごく遠くへ転移されたのかしら。
……いや、場所は変わっていないんだわ。地面が消されちゃったのよ。カットされた岩は残っているもの。
この透明な玉のおかげで落ちずに浮いていられるのね。消えたのは透明な壁の内側だけみたいだわ。きっと影響範囲を抑えるための壁だったのね。
「加減がむずかしいのだ。力が大きすぎて、少し制御し損ねただけでも人の町くらいは簡単に消し飛ぶ」
ガルマさんが指先で軽く小石を弾いただけに見えたわ。その結果がこれなの? 壁で影響範囲を抑えているから本当の威力はさらに……
いや、小石にどんなすごい力を込めたところで、上も下も消滅させちゃうなんてありえないわ。でも、じゃぁ、えー、一体今なにが起きたのよ。
「小石が分解されたら止める、という方法で適当に力を抑制したのだが…… 適当すぎたな」
分解? 分解したの? いや、されたとおっしゃっているから、弾いた結果として分解されたってことなのかしら。
いやいや。問題はそこじゃないわ。ガルマさんが狙ったのは小石だけということよね。それも指先で弾いただけよ。それでもこの結果になったってことよね。
人を殴っても町が壊れるってこういうことなんだわ。そりゃ指先でこの威力なのに殴ったりしたら町くらいは跡形もなく消えちゃうわよね。
でもやっぱりおかしいわよ。指先であの威力なら、歩いているだけでも大地が消されていっちゃうはずだわ。歩くときに注意しているとしても…… そう、さっきのレクチャーで罠アイテムを使っておられたわ。
「で、でもそれじゃどうして、アイテムを壊さずに使えたりするのでしょうか」
レクチャーのときにも指で弾くような動作があったのよ。でもそのときには何事も起きなかったわ。
「固定の力量で動かせるものや、時間をかけて調整可能な状況なら加減も容易だ」
あぁ、なるほど。アイテムを使ったり歩いたりするのに必要な力はほぼ一定ね。
小石を弾くときには破壊しようとして適当に力を注いだということかしら。
「そっか、とっさの加減がむずかしいというのはあたしにもわかりますね」
あたしも親父やアルフを殴る加減には気を使っているものね。それがガルマさんの場合はとんでもなく、けた違いなんだわ。
「うむ、破壊や戦闘となると、とっさに対象や状況に合わせて調整せねばならぬのがむずかしいのだ」
これは…… うん、ダメね。
いざというときはガルマさんに護っていただこうと思っていたのは甘かったわ。
なにがあってもガルマさんにだけは戦わせちゃダメね。あたしたちが罠アイテムでなんとかするか、攻撃以外の方法をお願いしなきゃ本当に世界が危ないわ。
「ガルマさんの腕の太さってベルタと大差ねぇよな。もしかしてベルタもやれるようになるのか」
バカを言っているんじゃないわよ。
「あたしが何人いてもこんなの無理よ。どんな力で小石を殴ってもこんなことにはならないわ」
そうよ。単に力が強いんじゃないわ。質が違うのよ。筋力で小石をどうしたところでこんな結果にはなりえないもの。
「腕から力を出すわけではない。我は竜力であり、竜に連なる者の力が集っているのだ」
さっきの小石のときも指先しか使っておられなかったみたいなのよね。だから腕力が無関係であることは想定していたわ。でも竜力? が集う?
「集っている? 見えない竜が近くにいっぱいいるのでしょうか」
おひとりの力ではないとおっしゃるのであれば、まだ少しは納得がいくかしら。いや、やっぱりそれでも無理だわ。
「いや…… 我はお主ら動物のように筋力で動いておるわけではない。竜力を行使しておるのだ」
筋力じゃないことはわかるのよね。でも竜力ってなによ。
「筋力が筋肉の力だから、竜の肉で出すのが竜力? いや集うって話だから竜の方たちが肉に入ってくる?」
考えるほどに謎よね。筋肉の代わりに竜肉があるってことかしら。竜の方たちが集って竜肉になっているとか――
「肉から離れよ。我は竜神を核とする竜力そのものなのだ。竜に連なる者は一体なのだ」
肉ですらないのですね。肉なしに出せる力が竜力ですよと。いや、ガルマさん御自身が竜力だとおっしゃっているのよね。ん~…… 力があたしと会話しているとでもおっしゃっているのかしら。理解不能だわ。そもそも力なんて見えないはずよね。おそろしいほどに立派なお顔がしっかりと見えておりますよ。
いやそれよりも、竜神様を核とする竜力そのもの? ガルマさんが? それってつまり……
「ガルマさんが竜神様でもあるってことでしょうか?」
竜神様の遣いどころか竜神様そのものってことよね? でも実子だともおっしゃっていたわ。人のようには親子が独立しないってことかしら。
「力の行使においては実質的にそのとおりだ。だが我は竜神ではない。我と竜神の意思は独立している」
竜神様の御身体にガルマさんの意思が宿っておられるということみたいよね? 腕の一本がガルマさんとか、そういうイメージなのかしら。……なにか変なものを想像しちゃったわね。
とにかく竜神様の力を使えるってことなのよね。この世界のすべてを創造なされた竜神様の力って…… 想像を絶するわよ。そんな力を持ちながら、人並みにぶらぶらしておられるというのですか。
「神の力がありながらも、実質的には使えないということでしょうか…… なにかストレスが溜まりそうですね」
寝返りを打っただけで周囲が消滅してしまいそうですしね。あれ。そういえば昨晩はガルマさんが寝ているところを見ていないわ。あたしが寝るときにも起きたときにも同じ姿勢で座って…… 眠る必要すらないのね、きっと。
「ストレスを感じるのはお主たち、個の器が小さいからであろう。我には使いたいという欲望すらない」
そうはおっしゃいますが、使う必要が生じることもありますよね。
「力の調整がむずかしすぎてストレスが溜まりません?」
あたし程度の筋力ですら、殴るときには加減にかなり気を使いますよ。
「ふむ。基本的になにかあったら逃げておるし、時間をかければ調整もむずかしくないからな」
ふむふむ。言われてみればたしかにそうかしらね。殴る機会が生じないように思えるわ。とっさに対応が必要で、なおかつ瞬間帰還器で逃げられない状況というのが実質的に思いつかないものね。
殴る機会がなければ、加減でストレスが溜まることもないのよ。あたしだって親父やアルフ以外の人を殴ったことなんてないものね。一人旅をしておられたガルマさんであれば、誰も殴る必要なんてなかったんだわ。
「町で生活せずに旅しておられるのは、うっかり壊したりするからかしらと思っちゃいました」
調整がむずかしくないのであれば、野宿なさらずとも町に泊まれば歓迎されそうなものよね。いや、おそれられちゃうのかしら。
「旅はゆえあって続けておる。普段はお主たちのような個の存在には関わらぬゆえ、町に住む理由もない」
そうですよね。ふつうに考えればあたしたちの面倒をみるなんて、やっぱりありえないですよ。よかった、考え方は間違っていなかったわ。
「そうですか…… ストレスでいきなり暴れだすようなことはないのですね。ちょっと安心しました」
まぁそんなことがあるとするならば、とっくに大騒ぎになっているわよね。
「ははははは、その心配はない。仮に我がそのようなことになればすべて消えるゆえ、案ずることもない」
そこは笑えるところではないですよー。あたしたちの存亡がかかっているのですからねー。
それにしても、どうにもガルマさんの笑いにだけは違和感があるわ。笑っているフリをされているだけみたいな感じなのよね。そもそもあたしたちの相手が楽しいとは思えないわ。もしかしたらあたしたちに気を使ってくれているのかしらね。
「すべて、ですか。そうですね、小石であんな穴が空くなら大地が全部消えちゃいそうです」
いくら四大元素精霊様方が支えてくださっているとはいえ、竜神様の力で暴れられたらおさえられるわけがないわよね。
「大地も含めたすべてだな」
「は?」
すべて? まさか空の星もってことかしら。
「並列世界を含めたすべてだ。原初の位相から、あらゆる歴史が消滅するであろう」
なにをおっしゃっているのか、まったくわかりません。
「ベルタすげぇな、俺はお前たちがなにを話しているのかさっぱりわからん」
それで正常だと思うわよ。
「あたしにわかったのは、説明されてもわからないってことだけよ」
まぁ神の力を行使するとおっしゃっているわけだしね。あたしには想像もできないほどのことになっちゃうってことはわかるわ。
「要は戦闘においては期待に応えられぬ。人のつくりしアイテムで対処しきれねば逃げればよいこと」
そこだけはとてもよくわかりました。瞬間帰還器はガルマさんにこそ必須ですね。
あら? いつの間にか地面に空いていた穴が埋まっているわ。幻を見ていたわけじゃないわよね。うん、雲は消えたままだわ。きっとガルマさんが埋めたのね。
なんだかんだいってもガルマさんはとてもお優しいのよ。ガルマさんが伝説の竜人様だというのであれば、あたしごときが心配することはなにもないのかしら。
いやいや、それは甘いわ。今はあたしたちが御一緒させていただいているのよ。思っていたよりもかなりまずい状況だわ。あたしたちがあんまり変なことをしたら、この世界が滅ぼされかねないのね。特にアルフには要注意だわ。
そういえばガルマさん、どうかしたのかしら。空を見上げたまま硬直されているように見えるわ。消えた雲も戻そうとしておられるのかしら。でも、それにしては妙な雰囲気よね。
「ねぇ、ガルマさんがなにか神妙になっていない?」
「また雰囲気てやつか? 俺には全然わかんねーよ」
ん~、気になるわね。アルフを見つめていたときの硬直とは雰囲気が違うわ。優しい目には見えないし、驚いた様子もないもの。でもなにか大切なことを――
「ちょ、あ、あっち」
もう、考え事をしているのになによ。ん? 怯えているみたいね。ガルマさんがおられるのに怯える要素なんてありえないわよ。まぁ一応は相手をしてあげるわ。
「なによ、またあっちが呼んでいるの?」
あんたのあっちはもう聞き飽きたのよ。今度はなにが空に見えるっていうのよ。
「あ、あっちがこっちを見ている!」
ハァ。説明の大切さはかなり教えたつもりなのよ。なのにどうしてそんな説明しかできないのかしら。呼ばれたの次は見られたって、その系統はもうおなかがいっぱいだわ。仮に本当に空から見られたとしても、どうしてそんなことを意識できるのよ。
「あんたねぇ、そんなことばかりを言っていると誰も相手に……」
一体あっちになにがあるって――
「きゃぁあああああああああああああああ! し、瞬間帰還器!」
眼! そ、空に眼が生えているわ。ガラスでできているかのように透き通った巨大な眼よ。眼があれだけ大きいんじゃ、あたしたちなんて一口よ。逃げなきゃ。とにかく逃げなきゃ。あ~もう、瞬間帰還器はどこよ! 昨日から出したりしまったりでどこに置いたやら――
「すまぬな、少し話しこんでおった」
ようやくガルマさんが動いたわー!
「眼、眼、眼」
とにかく早くガルマさんに空の眼のことを報せなきゃ。
あっちです、指さすほうを見てください、って舌がまわらないわ。というかガルマさんも硬直中に眼のほうを見ておられた気がするわね。
あら? 空の眼がなくなっているわ。
「落ち着いてよい。あれも竜に連なる者だ」
「あれが竜? 空にも眼があるのかと思ったぜ」
今の眼が竜に連なる者? ガルマさんと同じ? 竜?
「え、え? 見えない竜もいたのね。集ってお肉じゃなくて空だったのね?」
って、なにを言っているのよあたしは!
あぁ恥ずかしいわ。よりにもよってアルフの前で混乱しちゃうなんてね。
おちつけ、おちつくのよ。スー、ハー。
要はさっきの空の眼はガルマさんのお知り合いの竜だったということよね。ガルマさんが硬直しているように見えていたのは、きっとお話をされていたんだわ。
つまりなにも心配はしなくていいのよね。ふぅ。
それにしてもアルフの言うあっちに、本当に竜がいただなんてね。あっちから呼ばれているというのも、あたしにはわからないだけで、アルフには明確に認識できているのかしら。
記憶喪失になったときのショックで、バカになっているのかとも疑っていたわ。だって空に呼ばれただなんて、ふつうは真面目に聞いていられないわよ。でもふつうじゃないことが実際に起こっているんだわ。悪かったわね。今後はあんたのいうことを信じてみるわ。
「あやつもこの世界にいたのでな。さっきの小石に気づいて様子をみにきたのだ」
あの小石を弾くときから集っておられたわけではないのですね。まぁ今は集う件は理解できなくてもいいかしら。理解しがたいことだらけなのよね。
「この世界? ほかにも世界があるのでしょうか。そういえばさっき並列世界とかおっしゃっていましたね」
ガルマさんのおっしゃる世界とはなにを指しておられるのかしら。ストレスで暴れたらどうなるかのお話から察すると、星も含めて目に見えるものすべてが世界に含まれていそうよね。それがほかにもあるということかしら。でもどこによ? 星よりも遠くって意味ではなさそうよね。
「ひとつですめばよいのだがな。綻びが出るたびに破壊・分離・改変・創造を繰り返して無数に存在する」
はい、お手上げですわ。こんな世界が無数にあると言われていることはわかりますよ。でもどこにあって、この世界とどう違うのか、あたしたちとどう関係するのかがさっぱりわかりませんね。
「またわからないことを言い出したぞ」
アルフが相手であったならば、わかるように説明してと言うところよ。でもこれは明らかにこちらの知識不足でわからないぽいわよね。説明を求めるほうが無理かしら。
「大丈夫よ、あたしにもわからないわ。あんたがバカというわけじゃないと思うわよ」
そうよ。もうあんたをバカにしたりはしないわ。あたしにはわからないことだらけなのよ。
「そっか、俺が可愛くないってことか。だからベルタはすぐ怒るんだな」
……なにを言っているのよこいつ? やっぱり会話が成立しないわ。
バカじゃないと言ったら可愛くないって意味なの? どうしてそうなるのよ。やっぱりバカなのかしら。
ハァ。レクチャーも終わって本格的に旅を開始よ! って気分にはなれないわね。ガルマさんの正体がはっきりしたことはよかったわ。でも頼りになるどころか、究極の不安の種じゃないのよ。
ガルマさんに同行していただくことは怖いわ。でも見えないところへ行かれることはもっと怖いわ。知らないほうが幸せというのは、こういうことなのね。
だ、大丈夫よきっと。ガルマさんはお優しいもの。あたしたちさえ、おいたをしなければ…… アルフったら、わかっているわよね!