旅のレクチャー
ガルマさんのおかげで最初の野宿は無事に成功ね。本当によかったわ。一時はどうなることかと思ったわよ。無論、旅に出る時点で危険を覚悟はしていたわ。でも初日から死を覚悟するなんてことまでは思ってもみなかったわよ。
今日からはガルマさんも一緒だから大船に乗った気でいられるわね。歩いている間に旅の基礎知識をレクチャーしてくださるそうなのよ。呆れられないようにしっかりと覚えなきゃね。
「まずお主たちにできることを確認しておこう。なにか職業訓練は受けておるのか?」
「俺はなにもしてねー」
「あたしもです。職業としては農家手伝いだったので、旅で役立つような技能はないですね」
いつか旅をしてみたいとは、ずっと思っていたのよ。でも準備は全然していなかったのよね。ちょっと後悔しちゃうわ。旅なんて憧れだけだったのよ。現実感が皆無だったものね。
そういう意味ではやっぱりアルフに感謝するべきなのかしら。旅をするという前提であれば、ガルマさんに巡り会えたことはとても大きいわ。
「怪力は役立つと思うぞ」
あいかわらず、内心で感謝していた気持ちを見事にぶち壊してくれるわね。
乙女に向かって怪力とはなによ。あんたが非力すぎるだけだわ。お望み通りにこの力を役立たせてあげようかしら。
「あんたを簀巻きにするときには使えるわね」
おっと、あぶなかったわね。加護のおかげで力が出過ぎちゃうから気を付けないといけないわ。慣れるまでは行動を抑えないと危険ね。
旅を続けられる身体でいたいのなら、反射的に手が出るようなことは言わないでよぉ~。
「では瞬間帰還器などのアイテムを使ったことはあるか?」
待っていましたよ、旅用具のレクチャーですね。今度こそ準備の意義をアピールするわよ。準備といっても倉庫の旅用具を全部持ってきただけだから内容は不明なのよね。荷物を漁って確認しないと……
「それならありますね。今も持っていますよ。あとは携帯食料とか携帯テントとか……」
品揃えだけは十分なはずよ。
ん~、ほとんどは知らないアイテムばかりね。何があるのかは説明できないわ。ん? 何があるのかじゃなくて、使ったことのあるアイテムの話だったかしらね。なら持ち物の説明ができなくても問題はないわ。これから説明していただくんだものね。
これらのアイテムを全部使いこなせるようになれば旅も楽になるはずだわ。
旅に慣れていそうなガルマさんならすべて知っておられるはずよ。しっかりと教えていただかなきゃね。
「おい」
「え?」
なにか不機嫌そうね? アルフの気に障るようなものなんてあったかしら。
倉庫にアルフのものなんてなかったはずよ。だから持ってきてはいないわよね。
アルフが嫌うようなものにも覚えがないわ。どうしたのかしら。
「携帯テントってなんだよ」
「携帯できるテントよ。軽いし手のひらサイズで運べるわ。すっごいわよねぇ」
わざわざ聞かなくても名前でわかるわよね、ふつう。
というか、どうして携帯テントで不機嫌になるのよ。アルフは使ったことすらないはずだわ。
「野宿するためのアイテムじゃねぇのかよ」
「そうよ」
どうして当たり前のことばかりを聞いてくるのかしらね。
そりゃ屋内でも使えなくはないわよ。でも雨漏りでもしてなきゃふつうは考えもしないわよね。
なにを言いたいのかがわからないわ。はっきりと言えないのかしら。
「なんで昨日使わなかったんだよ」
あぁ、そういうことね。回りくどいったらありゃしないわ。
「今聞かれるまでは忘れていたのよ。だって旅なんて親任せだったもの。気がつかなくても仕方がないわ」
そもそも昨晩の手順はガルマさんに任せたんだから、あたしの出る幕なんてなかったわ。あんたが野宿のやり方を教えろと言っていたのよ。それなのに、あたしがテントを出すからこっちで寝てくださいなんて言えるわけがないわ。
「何時間、野宿か宿屋かで議論していたと思ってんだよ」
ん? ガルマさんを見つける前の話なのかしら。なら、簡易テントを使わなかったことじゃなくて、使えると言わなかったことを問題にしているのよね。意訳難度が高すぎるわ。
議論中に簡易テントのことを言わなかったのは思いつかなかったからよ。どうして思いつかなかったのかといえば…… そうよ、あんたが駄々をこねていたからよね。
「それで頭に血が昇って考えが回らなくなったんだから、アルフのせいよ」
そもそも自分はおもちゃばかりを準備しておいて、あたしの持ち物を当てにすることが間違っているわ。
「旅ではアイテムを切らすと致命的になりかねない。在庫確認は怠るな」
「そうだそうだ」
ガルマさんがおっしゃるのはごもっともよ。でもアルフの同調はむかつくわね。
そもそもあたしは在庫を切らしていないわ。あんたは持ってきてすらいないわよね。
「アルフこそ念入りに準備していたわよね。なにもってきたのよ」
「俺は完璧だぜ。釣竿と網、それに狩猟弓とナイフにバーベキューセット!」
やっぱりあんたの部屋に散らかしていたおもちゃだけよね。
それでどうやって野宿する気だったのよ。よくもガルマさんに同調できたものだわ。
「キャンプに行くんじゃないのよ」
「え? 旅って毎日キャンプするようなもんだろ」
野宿をキャンプとも呼ぶわよ。でもここであたしのいうキャンプは娯楽って意味だわ。あんたの持ち物が娯楽用品だけだってことよ。
「遊びじゃないってことよ。そもそも弓なんて、あんた使ったこともないわよね」
まともに使えるのなら村でも活躍できていたわよね。農業の村だったから狩猟ができる人なんていなかったもの。畑を荒らす害獣を射止めてくれていたならば英雄扱いだったわよ。
「いや~狩人の話が格好よくて、やってみたくてさ。それにこれ、そんなにむずかしいのか?」
むずかしいとかいう以前に、あんたは基本とか原理すら知らないわよね。
弦の中央でつがえなきゃまっすぐに飛ぶわけがないわよ。おまけにまともに引けてすらいないわ。ガルマさんから加護を頂いていてもその程度の筋力しかないのね。
「うぉ、どこに飛んでくんだよ。たしかにまず訓練しないとあぶねぇな」
ハァ。今までに試したことすらなかったのね。
あんたの場合は弓の訓練以前に筋力を上げなきゃダメだわ。せめてまともに弓を引ける程度には鍛えないと獲物を射貫く威力が出ないわよ。
とはいえ既に旅を始めているし筋力アップには時間がかかるわね。手っ取り早く使える道具はたしかに欲しいわ。でもねぇ。
「ナイフだって単純に見えても安易には使えないわ。下手に使うと反動で自分や周囲を傷つけちゃうわよ」
あたしだって気を付けないとね。加護で強化されていたのは筋力だけじゃないみたいなのよ。反射や俊敏性とかの身体能力が全般に上がっている感じなのよね。いつもの調子で使ったらすぐに折れちゃいそうだわ。
「ナイフの基礎的な使い方はすぐに習得できよう。だが弓は旅を終えてからの修練がよかろう」
ですよねー。あたしにも弓なんて使えないもの。一朝一夕でどうにかなるとは思えないわ。
「二日目にして憧れの狩人は絶望的かよ。そんな気はしていたけれどもなー」
なら勉強くらいはしておきなさいよ、とは言えないか。アルフ自身も昨日までは旅のことを忘れていたと言っていたものね。弓以前に覚えなきゃいけないことが山積みだったわ。
「まずは日常的に重要かつ便利なアイテムの使用方法を習得しておくべきだな」
おっしゃるとおりですね。いよいよ本題なんだわ。
あたしたちが旅を続けられるかどうかは、このレクチャーにかかっているといっても過言じゃないはずよ。
「瞬間帰還器とかですよねー。これ、危険なときにも一瞬で逃げられるから絶対に手放せないですよ」
ほかにもいろいろとあるのは知っているわ。でも親父任せだったから具体的にどんな用途で使えるのかまでは知らないのよね。
親父にも戦闘経験なんてないはずよ。それでもあたしを連れて旅に出られていたんだものね。持ってきた旅用具があれば身を護ることができるのよ、きっと。
「そういえばガルマさんに最初に話しかけたときも、それで逃げようとしていたな」
やーめーてー!
「そんなこと、本人の前で言わないでよ」
肝心なことは漠然としか言えないのに余計なことだけははっきりと言うんだから困っちゃうわ。
そんなことを暴露して誰が喜ぶっていうのよ。みんな不快になるだけってことがわからないのかしら。
きっと馬鹿正直ってやつね。思ったことがすぐ口にでちゃうんだわ。アルフになんでも教えちゃうのはまずいかしらね。
「常に警戒するのは重要なこと。我もいつでも使えるように備えておったぞ」
え。それは思いもよりませんでしたよ。加護なんてものを与えられるほどにすごい方なんですもの。
「あたしたち、子ども相手に警戒ですか?」
……まぁ、あたしの筋力だけは村の大人以上よね。そういう警戒かしら。
でも、なんていうか…… 筋力アップをしている今のあたしですら、ガルマさんを殴ってもまったく効かないような気がするのよね。ガルマさんには触れたことすらないし、巨躯というわけでもないわ。だから判断材料なんてなにもないわよ。でも威圧感ていうのかしら。相手にもならないって雰囲気があるのよね。物語の竜人の先入観とか加護に驚いたせいかしら。あたしが無意識に委縮しているのかもしれないわね。
「お主らは状況の一部にすぎぬ。いつなにが起こるかわからぬから常に備えるのだ」
なるほどね。あたしたちの相手で油断をした隙に狙われるかもしれないってことかしら。
やっぱり旅に慣れておられる感じね。とっても頼もしいわ。
「こわ。最初にガルマさんに出会えたのは、すげーラッキーだったんだな」
こわって、いまさらなのね。旅は危険だと散々口をすっぱくして言ってきたのよ。いや昨晩は拳でも教えてあげたわよね。あれでもわかっていなかっただなんて、どう教えればわかるのかしら。
「まったくよ。ラッキーなんて続かないんだから今後はしっかりと考えてよね」
本当に怖いと思ったのならば、これで少しは考えてくれるのかしら。
「ガルマさんが一緒だったら大丈夫じゃね?」
ハァ。やっぱりそうよね。能天気なんてそう簡単に治るようなものじゃないわ。
「いつまで頼る気なのよあんたは」
ガルマさんが付き合ってくださるのはしばらくの間だけなのよ。お願いしたときにきちんとおっしゃっているわ。忘れたんじゃないわよね。
「いざというときに自分を守れるのは自分だけだ。ではアイテムの使い方を順に教えるぞ」
うんうん、そうですよね。何事も自分でどうにかしなくちゃいけないのですよ。
そのためにもレクチャーをよろしくお願いしますね。
――ガルマさんから重要なアイテムの使い方を教わった。
あぁ~ためになったわ。ガルマさんてば教え方がとてもお上手だし、教職でもしていらしたのかしら。疑問に思ったところから順にわかりやすく説明してくださるのよね。まるであたしの心を読めているみたいよ。
役立つアイテムをたくさん教えていただけたし早速活用しなきゃね。
お世話になっている身として料理くらいは頑張らなきゃ。落ちている枝と石で即席のかまどをつくって、鍋をセットすれば準備は万端よ。ここで教えていただいた着火アイテムを…… あら、どこにしまったかしらね。
「火はいれておいたぞ」
あら。レクチャーのときにガルマさんは着火アイテムを持っておられなかったわ。となれば魔法を使われたってことかしら。
「え? もしかして着火魔法ですか」
魔法を使える方なんて見たことがないわ。でも加護なんてものを与えられるガルマさんであればもしかして……
「あぁ、着火アイテムを使ってみたかったか?」
きゃー。やっぱりそうなのね。
これまでに散々厚かましいお願いを続けてきたことだし、厚かましついでに思い切ってお願いしちゃおっかな。
「いえ、魔法って便利ですよね。あたしでも覚えられますか?」
ドキドキ。
「む、着火魔法程度ならすぐにでも覚えられる。だが基礎を知らぬであろうお主には教えられぬ」
うぅ、やっぱりダメね。さすがに厚かましすぎたわ。
でも、基礎を知らないからダメとおっしゃっているわよね。それなら基礎を学べば教えていただけるのかしら。……ここはきちんと理由を聞いておくべきよね。
「え? すぐに覚えられるのに基礎が必要なのですか」
そもそも、着火魔法自体が基礎魔法みたいな気がするのよね。なにか誤解がありそうな気がするわ。
「うむ、とても危険なのだ」
魔法が危険なことはわかるわ。でも、今教わろうとしているのは着火魔法なのよね。着火アイテムで同等のことができちゃうのよ。それを魔法に置き換えただけで危険になるとは…… やっぱり思えないわよね。具体的に聞くしかないわ。
「着火魔法だけなら大火力は出せないと思うのですが」
どうか、しつこいとは思わないでくださいね。魔法を覚えたいだけではないのですよ。なにが危険なのか、とても気になってしまったのです。
「たとえばだ、寝ている間、夢の中で着火魔法を使ったらどうなると思う」
へ。夢の中で何をしたって夢の中で完結しますよね。あ、でも魔法の使い方は知らないから夢の中で使ったこともないわ。
「え…… まさか」
「寝返りや寝言と同じだ。夢の中の行動は現実に反映される。それは魔法でも変わらぬ」
ちょ! 夢の中でかまどに火を入れたらベッドに火をつけちゃうってことよね?
冗談じゃないわよ! そんなのを覚えたら安心して寝ることもできなくなっちゃうわ。
「や、やっぱり魔法は結構です」
こわ! ガルマさんが良識のある方でよかったわ。興味本位で教えられたりしていたらどうなっていたことか…… 想像しただけで身震いがするわね。
「うむ、まずは正常な精神状態においてのみ魔法を発動させる基礎が必要。それは一朝一夕ではかなわぬ」
あ~、なるほどね。そういう基礎でしたら納得ですわ。たしかに文句なしに必須ですよねぇ。
しかも旅をしながら学べるような甘いものではなさそうだわ。
「火をつけるだけでも先に勉強や修練が必要なのですね……」
利便性と危険性が比例するとは聞いていたわ。でも魔法は危険のほうが大き過ぎるわね。
「そもそも人に魔法は向いておらぬからな。だからこそアイテム類を発展させてきたのであろう」
そうよね。四大元素精霊様方が使われるから魔法の存在を知られてはいるわ。でもガルマさん以外には使える方を見たこともないのよね。これだけ危険じゃ人には……
ん? 人にっていうことは、向いている種もいるということよね。危険性はどの種でも変わらないはずだわ。つまりは危険性以外にも、人には向いていない要素があるのかしら。
「向いていないのですか? 人以外に魔法が向いている種がいるのですか」
まさかとは思いますが、魔物に向いているなどとおっしゃりはしませんよね……
「向いておらぬ要素はいろいろある。まず第一に寿命だな。高位の魔法であればひとつ習得するのに100年ほどか」
魔法に寿命が関係するのですか。って、100年? 聞き間違いじゃないわよね。
「魔法ひとつで100年ですか?」
ひとつ覚える前に寿命が尽きちゃうわよ。向き不向き以前に不可能だわ。
「着火魔法の話と同じだ。先に制御手段を万全にせねばならぬ。それは高位の魔法になるほどむずかしい」
魔法の習得そのものじゃなくて、習得前の準備に時間がかかるということなのね。
意図は理解できるわ。着火魔法ですらとても危険なんだもの。高位の魔法ともなれば万全を期すのも大変よね。
でも100年はないわ。誰がそんなの習得するのよ。
「では人には高位の魔法は使えないのですね」
いや、寿命があったとしても、ひとつの魔法の習得に100年も費やすなんてありえないわよね。神経がもたないわよ。ほかの種だって高位の魔法なんて――
「いや、真に魔法をきわめようとする者どもは、不死化、機械化などさまざまな秘術を駆使して体得しておる」
いるんだー。呆れるほかはないわね。
って、不死に機械化?
「……それって人であることをやめてはいませんかね」
そうまでするってことは、やっぱり人のままではムリってことだわ。
「人であることを維持した者どももおるぞ。転生や、記憶の移植や、コールドスリープ状態での睡眠学習や――」
いやいや、それみんな、ふつうの人としての生き方じゃないですから。
「向いていないのはよくわかりましたからもういいです」
残念ね。基礎を勉強すればいいというわけでもなさそうだわ。これじゃ旅の後で覚えることもないわね。
まぁ着火魔法だけなら人でも大丈夫であろうとは思うわ。でも覚えれば次もって話になるわよね。
そもそも着火アイテムで足りているのに労力を費やして危険を冒す理由がないわ。
「魔法が向いておるのは我ら竜に連なる者や、エルフのような寿命の長い種がおるな」
「ではガルマさんも寿命が長いのですね」
どれくらい長ければ向いているといえるのかしら。エルフは不老だって話すらあったわね。尺度にならないわ。
「竜に連なる者に寿命はない」
長いんじゃなくて、ないのですね。寿命がないのであれば最初から生きてはいないということになるような? まてまて。たしか寿命というのは生きていられる期間という意味よね。期間がないということで無限という意味なのかしら。
「え、不老不死なのですか」
たしかに、エルフの寿命が長いとおっしゃりながらも、御自身の寿命は含めておられなかったわね。不老とまでにいわれるほどのエルフを超えておられるのですか……
「ふむ、竜人を見たことがなかったようだが竜に関する知識もなかったか」
現実に存在するとは思ってすらいなかったのですよ。正しい知識なんて皆無ですわ。
「はい、竜や竜人の伝説はたくさん読みましたが」
ん~、加護に魔法に不老不死ときたわ。庶民的な雰囲気からどんどん乖離してきているわね。物語の竜人様に近づいてきているわ。でも、やっぱりないない。そんな大層な方がぶらぶらとあてのない旅なんてするわけがないわよ。おまけにあたしたちの面倒までみるなんてね。
「それでたやすく我に打ち解けたわけか。よかろう、竜に連なる者というのはな」
ぜひともお聞きしておきたいですね。一体どれほどの力をお持ちなのかと。知っておかないと、今後も驚いてばかりになりそうですもの。
竜に連なる者って竜人のことよね。というのは?――
「飯できたー?」
く。相変わらず間が悪いわね。絶妙すぎるわよ。
「今つくるわよ! せっかくおもしろいお話をしていただいていたのに……」
本当にもう。狙って邪魔しているわけじゃないわよね。違うとは思っていても邪推しちゃうほどに酷いタイミングだわ。
「ははは、まずは腹ごしらえだな」
はい、そうですよね。調理中は刃物を使うから驚くような話は聞けないもの。
おあずけされるのってこういう気分なのかしら。
「……ベルタに言われて焚き木を集めてきたのになんで怒られるんだよー」
そうよね。頼んだのはあたしだったわ。悪かったわよ。
だって重要なアイテムのレクチャーが終わった途端におなかが空いたと騒ぎ出すんだもの。焚き木集めくらいは当然よね。しっかりと感謝もしているわよ。
でも少しは場の空気を読んでから声をかけて欲しいわ。
――食事を済ませた。
「旅の基礎知識はこんなものか。次は長旅での護身や食料調達手段として罠アイテムについて教えよう」
そうね。竜人のお話は急がなくてもいいわ。アルフも戻ったことだし、まずはこの旅で必要な知識を教えていただかなきゃね。
「罠って動物捕まえたりするやつだろ。かかるまで待つのって暇そうだな」
あんたがそれを言うの。まったく自分が見えていないわよね。
「釣竿握り締めて言うことじゃないわよ。それだって罠だわ」
それにあんたが人並みに役立てることなんてほかにあるのかしら。あたしが知るかぎりは釣りだけよ。同系統の罠ならあんたでも活躍できるかもしれないわね。ありがたくお聞きするのよ。
「狩猟目的でも罠は使うが、旅における罠アイテムの主目的は別にある」
護身と言っておられたわよね。無防備な就寝時の護身手段は罠アイテムということなのかしら。よし、これぞ本命よ。
「もしかして昨晩の野宿で、ガルマさんがあたしたちにもごそごそしていたやつですかね」
レクチャーは明日という話だったから、そのときは聞かないようにしていたのよね。
「え、お前寝るときにガルマさんとごそごそしていたのか」
その誤解を招くような言い方はどうにかならないの! というか、あんたにもしていたわよ。
「ややこしくなるから黙ってろやゴルァ」
おっと、思わず変な口調になっちゃったわ。
アルフがおとなしくなったみたいね。ならよしとしようかしら。
ここが一番大切な話なんだからね。余計なちゃちゃを入れて邪魔しないでほしいのよ。
「あれは夜盗や獣避けの罠アイテムだな。寝るときだけではなく、今もお主たちの身体に施しておるぞ」
的中~! 思ったとおりね。これで護身も……
ってぇ! 今も身体に施してあるですって? 罠アイテムって罠よね。そんなの発動したら危ないわよ。
どこよ? どこに付けたのかしら。昨晩付けていただいたところはたしか……
いや、下手に触ったら危ないわよね。先に確認をしなくちゃだわ。
「あ、あぶなくないんですか」
もちろん、危ないなら事前に教えてくださると思ってはいるわよ。それでも、なんの説明もないんじゃ怖すぎるわ。
「うむ、どのような状況においても保護対象には害をなさぬようにフェールセーフが考慮されておる」
へぇ。どのような状況においてもっていうのはすごいわ。よほど完璧な対策が施されているってことよね。
魔法の危険性を説いてくださったガルマさんがおっしゃるのであれば安心できるわ。
「ベルタは何度も親と町へ行っていたんだろ。なんで瞬間帰還器は知っているのに罠アイテムは知らないんだ」
あたしよりも無知なあんたにだけは言われたくないわよ。
「知らないわよ、そんなのあることすら知らなかったし」
親父から説明されたのは瞬間帰還器だけなのよね。
親父と一緒なら安心だし、護身が必要だなんて考えもしなかったもの。
「瞬間帰還器は緊急時に自分で使う必要がある。罠アイテムは旅立つ前に親が設置すればすむからな」
さすがはガルマさんね。ナイスフォローですよ。
「それでかぁ。みんな親父がやってくれていたのね」
たしかに旅に出るときは親父があたしにごそごそしていたわね。よそ行きの身だしなみを気にしているのかと思っていたわ。護身のためだったのね。
「罠アイテムと一口に言っても静的・動的、設置型・追尾型・拡散型、護身用に狩猟用など、多岐に渡る」
うわ。いきなりややこしい話になりそうね。でもしっかり聞いておかないといけないわ。子どもだけでも身を護れるであろう唯一の手段だものね。
「げ、それの使い方全部覚えないといけないの?」
アルフの気持ちはよくわかるわ。でも全部というのはどうかしらね。護身用以外は必要に応じて覚えればよさそうにも思えるわ。
「いや、使い方は形状でわかるように統一されておる。いくつか主流な形状を覚えておけば十分であろう」
よかったわ。あたしも種類を聞いたときには多すぎて抵抗があったもの。ある程度は統一されているということであれば護身用以外も楽に覚えられそうね。それでまとめて教えようとしてくださっているんだわ。
「お、おぉ……」
なによ、統一されているという話なのに情けない反応ね。
「しっかりしなさいよ。記憶がないなら覚えるところはいっぱい空いているはずだわ」
実際この半年の覚えはよかったしね。覚えることが苦手という様子もなかったわ。罠アイテムは見た目で分ければ数種類しかないみたいなのよね。アルフなら苦にならない程度に思えるわ。
「忘れるのは得意なんだけれどもなぁ~」
あんたが忘れたのって記憶喪失のことくらいしか知らないわよ。
記憶喪失になるのが得意ってことかしら。そんなわけがないわよね。
得意だというのなら、いつものうるさいやつを忘れてもらおうかしら。
「ごはんなら忘れてもいいわよ」
さっきも竜人についてのお話をこれで邪魔されたばかりなのよね。
「えぇ~、それはなんか違うと思うぞ」
まぁね、わかっているわよ。空腹がごはんを求めるから忘れようがないわよね。
ふむ。要は欲求があれば覚えられるのよ。興味をひけばいいのかしら。
「まずは覚えないと忘れようもないわよ。それにほら、こんな罠アイテムはおもしろくないかしら?」
実際にやってみせれば興味も湧くと思うのよね。こうやってから、こうかしら?
あら、思ったよりも簡単ね。覚えるというほどのものじゃないわ。見た目で使い方もわかる感じね。
「お、おぉ、かっけー。俺もやってみたい」
よし、釣れたわ。釣竿を握りしめながら釣られているんじゃないわよ。ちょろいわね。
さて、あたしもしっかり覚えておかなきゃね。使い方が統一されているとはいえ、実際に動作を確認しておかないと不安だわ。いざというときに戸惑いそうだものね。
まずはやっぱり護身用よ。えーと、護身にもいろいろあるのね。これは襲ってきた獣を網で捕縛するわよと。いいわねこれ。こっちは電撃で気絶させるわよと。ふむふむ。痛そうだしちょっと可哀そうだわ。とはいえ、針や毒液を飛ばしてくるような獣を網で捕縛しても不十分なのよね。だからやむを得ないのよ。で、これが溶解液で…… って、いやー! これは封印だわ。グロすぎるわよ。
「どれも最初はおもしろく感じるかもしれぬな。仮にも罠だから注意は怠らぬようにな」
そうですよね。フェールセーフがあるとはいっても、発動してしまえば危険性に変わりはないはずだもの。護身用ですら獰猛な獣や武装した賊から護ってくれるというのだから効果は甚大よ。それが狩猟用ともなれば人に向けたりしたら命にかかわりかねないわ。十分に気を付けて――
「3・2・1・ファイアぁああああああ」
「遊ぶなっちゅうの!」
まったくもう。人の話を聞かないことにかけては天下一品よね。
旅のレクチャーはこれで終わるのね。思っていたよりは簡単で有意義だったわ。ガルマさんの教え方が良かったのも大きいわね。
これでアルフとふたりに戻っても旅を続けることはできそうよ。もちろん、今となってはガルマさんにもずっと一緒にいて欲しいわ。でもそんなわがままは言えないわよね。