旅の始まり
アルフとふたりで、のんびり歩く旅が始まったわ。旅といってもこの辺りはまだ見慣れたところね。でもなんだか新鮮に感じちゃうわ。親父と町へ出るときはいつも荷馬車に乗っていたからかしら。
でも浮かれていちゃダメよね。日暮れが近いわ。夜が一番危険なのよ。でも町はまだ遠いわね。
「とりあえずは今晩の宿を決めないとね。隣町への瞬間帰還器を持ってきたからそこにしよっか」
ふっふっふ。旅の必須アイテム瞬間帰還器よ。
道中で力尽きようが迷子になろうが心配無用。
使用者を町へ飛ばしてくれるという、まさに魔法のアイテムと呼ぶべき発明品なんだから。
仕組みを知らなくてもボタンを押すだけで使えちゃうのよね。3種類の飛び先に対応した3つのボタンがあるだけなのよ。だから子どもでも覚えられるし簡単に扱えるわ。
しかも瞬時発動だから、賊に遭遇しても簡単に逃げることができちゃう優れものなのよ。
子どもだけの旅でもどうにかなるかもしれないと思えたのは、ひとえにこれのおかげなのよね。
さぁアルフ、準備することの大切さを思い知りなさーい。
「そっちは逆方向かな」
「え、目的地なんて決めているの?」
予想外の返答ね。左にある町の方角じゃなくて、右へ曲がるということなのかしら。でも、そっちにはなにも見えないわよ。まさか夜通し歩き続ける気なの?
記憶がないなら目的地も決めようがないはずよね。
そういえば呼ばれているとは言っていたわ。でも、結局相手は曖昧なままよ。しかもいまだに姿を見せてはいないわよね。
具体的な場所に呼ばれているってことなの?
暗くなる前に到着できそうな施設なんてあるのかしら。
「いや。ただ、あっちから呼ばれている気がする」
またあっち? って、やっぱりなにもない空だわ。
「なによそれ! 空が呼ぶわけないわ! それにどこに泊まる気よ」
もうすぐ夜になるのよ。わかっているのかしら。月が雲に隠れたら、それこそ真っ暗になっちゃうわよ。
闇に乗じてなにかが襲ってくるかもしれないわ。そうしたら瞬間帰還器を使う間もなくやられちゃうわよ、きっと。暗くなる前に町へ入らないと危険すぎるわ。ここは強く言ってわからせなきゃ。
「その辺?」
くっ。思わず転びかけたわ。当然のように言わないでよ。だから、小ばかにした目であたしを見ないで。その発想は絶対に間違っているんだから。
「野宿をする気? 襲ってくださいと言っているようなものだわ。こっちは子どもふたりなのよ」
能天気にもほどがあるわよ。現状で野宿なんて夜通し歩くよりもさらに酷いわ。
こんな人里から離れたところで寝こみを襲われたら一溜まりもないわよ。助けてと叫んだところで誰の耳にも届かないわ。
街道沿いとはいえ、人通りがなくなる深夜には夜行性の獣がうろつくはずよ。賊も人目を避けて深夜に移動するわよね。ここで野宿なんて論外よ論外。
「そうは言っても毎日泊まれるほど路銀はないし、宿屋だって都合よく現れたりはしないぜ」
ハァ。毎日泊まれる路銀ってなによ。今晩が危ないって言っているのにね。今晩を無事に乗り越えないと明日なんて来ないのよ。普段は目先のことしか考えていないのに、今は未来のことだけを心配をするってどういうことなの。
それに都合よく宿屋が現れないってなによ。だからこそ計画性が必要なのにね。それらをじっくりと練るためにも今晩は宿屋で危険を回避するべきだわ。
当然そのあたりまでしっかり考えてから反論したのよね。具体的に聞かせてもらうわ。
「じゃぁどうすんのよ」
「だからその辺」
人の話を聞いていないー!
それじゃ襲われると言っているのよ。なのに解決策をなにも提示していないわ。どう説得すればいいのかしら。
おっと、無限ループをしている場合じゃないわね。日が暮れてきたわ。
「泊まるところがなかったら隣町に飛ぶわよ!」
解決策なんてあるわけがないわ。でも日が落ちるまでは付き合ってあげるわよ。あんたの旅だものね。
でも見つからなかったときには殴り倒してでも飛ぶわよ。加減を間違えないようにウォームアップをしておくべきかしら。簡単に折れちゃいそうな首なのよね。
「なんかそこにでかい木がある。あのうえだったら獣は防げるんじゃね?」
ふむ。木の上かぁ。物語では誰かのつくった小屋があったり、幹をくり貫いた部屋が出てくるわよね。ステキだと思うわ。でも、そんなものは見当たらないわよ。となると……
「枝で寝るってこと? 寝ている間に落ちるわよ」
物語では武芸の達人とか森の住人が枝の上で寝ている描写があったわ。だから、あたしたちにもできると思っちゃったのかな。でも到底真似できるもんじゃないわよ。眠れたとしても、寝ている間に頭から落ちたりしたら怪我じゃすまないわ。
「先客いるみたいじゃん。経験者が一緒だったら安心じゃね」
あら、本当だわ。木の近くで焚き火をしている人がいるわね。たしかに野宿をしそうに見えるわ。
でもどうして野宿をするのかしら。おそらくは町を避ける理由があるからよね。
「町に泊まらずに野宿なんて、怪しさ満点よね。盗賊かもしれないわよ」
ちょ! 日が落ちて真っ暗になっちゃった。月が出ていないのね。
やばいやばいやばい。アルフを殴り倒して飛ぶべきかな?
でも泊まるところの候補は見つかっているのよね。だから今ここで飛んだら約束反故になっちゃうわ。
……仕方がないわね。まずは焚き火の人に話しかけざるを得ないかしら。それでもし襲ってきたら、即座に瞬間帰還器で避難するしかないわね。
アルフにも瞬間帰還器を持たせておいてと。あたしが飛んだらちゃんと飛びなさいよ。誘拐対策とやらが入っているから、連れて飛ぶことはできないんだからね。
さ~て、どう話しかけたものかしら。先方から見ればこちらが不審者よね。
かといって、いきなり無害さをアピールするのはよくないと思うわ。かえって怪しまれそうだもの。
アルフになにか考えが――
「おーい、盗賊の人じゃないですよね?」
あるわけがなかったー!
「なに言ってんのよ!」
いきなり大声でなんて失礼なことを叫んでいるのよ。盗賊だとしても素直に肯定するわけがないわ。
これじゃかなり心証を悪くしちゃったわよね。本当に頼む気があるのかしら。
「ん? ……子どもがふたり? 旅の途中で親と、はぐれでもしたのか」
フードを被っているのかな。少し近づかないと顔がわからないわね……
あ、見え――な?
「きゃぁああああああ」
どどど、どうして化け物が焚き火をしているのよ?
見るからに賊や獣よりも格段にやばいわ!
し、瞬間帰還器! ど、どこだっけ。あー、すぐに使えるように出しておいたんだったわ。はやく使わないといけないのに手が震えてつかめない!
って、アルフ! どうしてあたしの腕にしがみついているのよ。幾ら怖いからって、ありえないわ。は・な・れ・な・さーい!
いや、それどころじゃないわ。まずは瞬間帰還器よ。あー! アルフが邪魔! は・な・れ・な――
「落ち着けー! 気持ちはわかるが、この人は襲ってきたわけじゃない。いや人かどうかもしらんけれども」
落ち着いている場合じゃないわよ!
あからさまに肉食の爬虫類の顔をしているわよ。
いきなり食べられることだけは回避しなきゃ。
「あ、あたしはおいしくないです!」
「それはわかっている」
「あ?」
アルフ? それはどういう意味かしら。聞き捨てならないわよ。この木をあんたの墓標にしたいわけ?
って! そんな場合じゃなかったわ。化け物の様子は…… あら。動いてはいないわね。襲ってくる気はないのかしら。
「竜人を見るのは初めてか? まぁ直接見る機会はほとんどないか」
しゃ、しゃべったわ! 言葉を話せるのかしら。化け物なのに。
いや、そういえばアルフが声をかけたときにも話しかけてきていたわよね。
いけない、いけない。丁寧に答えてくれている方に対して化け物呼ばわりはないわ。竜人と言ったわよね。
……竜人? 物語には出てきたわ。人には決して抗えない最強無比の脅威としてね。でも本当にいたの?
いやいや。伝説の竜人様がこんな片田舎で焚き火なんてしているわけがないわよね。脅威と呼ばれる存在のとる行動じゃないわ。現実の竜人はきっと物語とは別物なのね。それとも、竜人にも武人と庶民とかの区別があるのかしら。
いずれにしても用心はしておかないとね。種によって身体能力が全然違うのに加えて、仮にも竜人を名乗っているんだもの。
「はじめまして、お騒がせして申しわけありません。俺はアルフ、こいつはベルタです」
へ。あんた誰? アルフ? アルフがまともな挨拶をしているの?
「ちょ、どうしてあんたにまともな挨拶ができるのよ?」
挨拶の仕方なんて教えてはいないわ。なにが起こっているのよ。
竜人に遭遇して記憶が戻ったのかしら?
たしかに精神ショックは、あたしもかなり大きかったわ。でも――
「お前が読んでくれた本の中に挨拶もあったんで参考にしてみたぜ」
違ったか。でもマナーの本なんてなかったわよ?
あ。今の言い回しには聞き覚えがあるわね。物語の中で主人公が使っているシーンがあったわ。
「あんな物語でマナーを勉強していたっていうの?」
教えようとしていた以上のことを学び取っていたというの? 普段からなにも考えていないとしか思えないアルフが? 想定外の学習能力だわ。
「あんなとは言うが俺にとってはそれが得られる常識のすべてだったからな」
すべてって…… おちゃらけてはいても真剣に勉強に取りくんでいたのね。
物覚えがよかったのも当然だったんだわ。
「へぇ、ちょ~~~~っとは見なおしたわよ」
あんまりおだてると調子に乗るから言わないわ。でも、すごいわよアルフ。
おつむが弱く見えるのは記憶を失っているせいであって、資質は高いのかもね。今までそう思えなかったのは能天気な性格のせいだわ、きっと。
知識も体力も人並み以下とはいえ、半年程度の成長としては目を見張るものがあるわよね。この旅でさらに急成長することも期待できそうだわ。
おっといけない。竜人がいるのを忘れていたわ。用心しなきゃって思っていたのに忘れるなんてね。アルフが突然にまともな挨拶なんてするからよ。タイミングが悪かったわね。
それはさておき、押しかけておいて無視していたらあまりにも失礼だわ。え~と、名乗りまでを済ませたところだったかしら。
「我はガルマ。旅の途中だ。なにか用件があるなら聞こう」
いきなり本題きたー! って当然よね。
ん? ガルマ…… さん? なにか聞き覚えがある気はするわね。でも竜人に知り合いはいないわ。実在するとすら思ってはいなかったもの。気のせいね。
野宿ならお世話になりたかったところだわ。でも、さすがに人でもない方には頼めないわね。
ここは適当にごまかして町へ――
「実は初めての旅に出たところなんだけれども、野宿のやり方がわかんなくて、今晩世話になりたいなーって」
だー! アルフー!
そうじゃないわよね。この方は普通の旅人じゃないのよ。見ればわかるわよね。
頼んじゃったら、もうごまかしがきかないわ。
それにさっきの挨拶で見せたマナーはどこへ行ったのよ。内心ではさんざん褒め称えていたのに。あたしの感心を返して欲しいわ。
「どうしていきなりずうずうしい口調になるのよ」
参ったわぁ。先方から断ってくれないかしら。
あぁ、そうよ。余計な心配をしなくても門前払いされるにきまっているわよね。異種の子どもの面倒なんて、対価もなしに引き受けたりは――
「なるほど。子どもふたりで旅とはわけありそうだな。その辺りを聞きながら旅のレクチャーをしようか」
ぐ。御好意はとてもありがたいですー。でも空気を読んでくださいー。
そもそも好意とは限らないのよね。現状じゃ信用する根拠がどこにもないわ。
でもこちらから頼んじゃった後なのよね。信用がないなんて言える立場じゃないわ。どうすればいいのよ。
「やったー、下手したらケンカしながら一晩を過ごすところだったぜ」
能天気すぎるわ! アルフったら本気で言っているわね。
あたしとのケンカなんかよりも遥かに危険かもしれないのよ。そんなことすら、わからないのかしら。
これは小声で注意しておかないとダメだわ。
「そんなわけないわよ! そもそも初対面の人を、そう簡単に信じていいの? 見るからに怖いわよ」
竜人と言うだけあって本当に絵本の竜の顔みたいだわ。竜って最強の種なのよ。竜神様の遣いって話もあるわ。獰猛なんて言葉が可愛く見えるほどにやばいのよ。物語にでてきた竜人様なんて軍事大国をいともたやすく単独で滅ぼしているわ。さすがにこちらの方は物語にでてくるような常識外れの竜人ではないと思うわよ。それでも――
「そうか? 俺の友達のトカゲと似ている気がして安心できるぜ」
あたしが小声で話しているのにどうして普通に答えるのよ!
なにを話していたのかがばれちゃったかもしれないわ!
いや、それよりもあんたの発言のほうが遥かにやばいわよ。
「ちょっとあんた、なんて失礼な言い方――」
どうしよ、どうしよ、どうしよ。無茶苦茶すぎて取り繕いようがないわ。
友達と似ていると言うのはセーフかもしれないわよ? でもトカゲはないわよトカゲは!
やっぱりここは瞬間帰還器で逃げるべきかしら。でも侮辱しておいて逃げたりしたら、それこそ怒るわよね。挑発行為そのものだもの。下手したら町、いやこの国ごとを滅ぼそうとするのかもしれないわ。ダメよね、今は絶対に逃げちゃいけないのよ。
あたし死ぬの? 今ここで死ぬの? 親父、わがままばかり言ってきてごめんね。おかあさん、あたしもすぐにそっちへ――
「気にするな。むしろ友人と似ているなどと言われるのは初めてで嬉しいぞ」
……え、怒らないのですか? ハァ~…… 助かったぁ……
でも全然嬉しそうには見えないですよ?
いや、表情があるのかすらもわからないです。
怒りださなくて本当によかったわ。寿命が縮む思いって、こういう感じなのね。
とりあえず、できるだけ弁解をしておくべきかしら。
「いえ、こいつは記憶がなくてですね。昆虫や爬虫類も覚えていなかったのか喜んで追いかけまわしていて……」
げ。下手に弁解すると、爬虫類扱いしていましたって解説することになっちゃうわ。
まずいわね。どう説明すればいいのかしら。
「ふむ、その辺りの境遇についても聞こうではないか」
ホーッ。よかった、話を逸らしてくれたわ。
今度こそ当たり障りがないように、慎重に言葉を選んで――
「えーと、旅をしたらいろいろ思いだす夢を見たんだ。それで今日呼ばれた気がして出発したんだ」
またー! アルフは黙っていてよー!
お願いだからこれ以上は地雷を踏み抜かないで欲しいわ。見ているだけで寿命が尽きそうよ。
それにまともに説明をするならともかく、説明にすらなっていないわ。
「はしょりすぎでわかるわけがないわよ!」
「えぇ~? う~ん、旅に関係することってほかにあったっけ」
旅に出た動機はたしかにそれだけね。
でも聞かれているのは境遇だわ。
あんたの言う友達を追いかけ回していたときのことよ。
「あたしと出会う前のことはほとんど覚えていないのよね。ならその後のことを話しなさいよ」
う~、あたしから説明すべきだったかしら。
でもアルフのことを聞かれているわけだし、しかもアルフ自身が説明しようとしていたのよ。下手にあたしがでしゃばって説明を始めたら不自然になっちゃうわよね。隠し事があってアルフを黙らせようとしたかのように思われかねないわ。どうにかして――
「そか、んじゃベルタ任せた」
「どうしてそうなるのよ!」
よし、自然に説明の主導権を得たわ。ナイスアルフ。でもまぁ偶然よね。
――ガルマにアルフの境遇を説明した。
「記憶がない、か……」
あら? 表情は読めないままよね。でもどうしてなのか、すごく優しい目でアルフを見ているような気がするわ。アルフになにか――
「な!」
な、なに? 驚いたような声をだしていてもやっぱり表情が変わったようには見えないわね。
でもたしかに驚いているような感じはするわ。嬉しいと言われたときには何も感じなかったのに不思議ね。
「どした?」
聞くなら少しは敬語を使ってよねー! 一晩お世話になる方なのよ。
あら? えーと、ガルマさんだっけ。驚いた様子のままで硬直しているわね。
それほど驚くような要素がアルフの顔にあったのかしら。
でもこれ以上はないくらいに平凡で特徴のない顔よね。驚くほうがむずかしいと思うわ。
それにガルマさんからは不安そうな感じも受けるわね。この不安は…… 哀れみ? 哀れむほど酷くもないわよねぇ。やっぱり気のせいかしら。それとも、
ん? アルフ、何を――
「ガールーマーさーん!」
ちょ、ちょっとアルフ。下手にガルマさんを揺さぶっちゃダメよ。竜人がどんな存在だかわかっているの?
いや、わかってはいないわよね、記憶喪失なんだから。竜人の物語は仕事や生活に必要ないから少ししか読んであげていないし。これは止めなきゃ危――
あ。ガルマさんも正気に戻ったのかしら。
「すまぬ、少々お主の状態が気になって考えこんでおった」
アルフの状態? ……見た目は何ともないわよね。挙動におかしなことがあったということなのかしら。
でも状態が気になるというのであれば、アルフよりもガルマさんのほうよね。
「よかったです。硬直したまま微動だになさらず、不安そうに見えたので心配していました」
「え、不安? ベルタはガルマさんの表情を読めるのか」
「読めないわよ。でも、なんて言うか…… 雰囲気? がそう感じたのよ」
あたしにも説明はできないのよね。表情はまったく変わっていないように見えていたわ。それなのにどうして不安に感じたのかが自分でもわからないのよね。
あら、またガルマさんがアルフを見つめているわね。まさか…… 一目惚れってやつかしら?
違うわよね。そういう雰囲気ではないわ。
「村からこちらへ向ってきた理由は空に呼ばれた、だったか?」
あぁアルフの境遇とか旅の目的について考えていたのかしら。そりゃそうよね。さっきのあたしの説明じゃ納得しがたいはずだもの。あれでもかなり分かりやすく説明をしたつもりなのよ。でもアルフの言動自体が理解しがたいのよね。あれ以上は説明をしても余計に意味不明になっちゃうわ。
「空っていうか、星とか雲とか鳥? なんかそういうのひっくるめて、あっちに呼んでいる気がしたんだ」
ほらね。これだもの。わかるように説明しろといわれても無理よ。
それにしても、なにから呼ばれているのかについては、アルフ自身にも本当にわかっていないということなのかしら。それでも呼ばれているとは感じているのね。
とはいえ漠然としすぎなのよ。そんな説明でわかるわけがないわ。例えば声が聞こえたとか、サインが見えたなんて具体性があればまだわかるわよ。気がしたというなら、どうしてそんな気がしたのかという根拠を説明しないと――
「なるほど」
くっ。わからないのはあたしだけなの?
「わかるんですか?」
「いや」
なによ! ガルマさんもアルフと同じなのですか? 会話が成立していませんよ。
なるほどって言いましたよね。なのにどうして否定するんですか――
「ははは、ただなんとなく想像はつくなと思っただけだ」
あら笑われちゃった。思ったことが顔にでていたのかな。内心怒っていたものねぇ。
「想像?」
「鳥は移動するし雲も流れる。それが方向を示しているように感じさせることがある」
なるほどね。風になびく草花がおいでおいでをしているように見えるのと同じかしら。
でも……
「星は止まっていますよねぇ」
「厳密には動いているが止まって見えるな。だがよく見ると瞬いているのがわかるだろ?」
星ならいつも見ているわ。でも瞬くってなにかしら。よく見ればわかるの?……
「え? えー、本当だチカチカしているわ」
いつも見ていたのに気づかなかったなんて。まぁひとつの星を凝視することなんて今まではなかったかしら。
「そういうのを呼んでるように感じたのではないかな、と想像しただけだ」
うーん。理屈としてはわかるわ。
でもいくらアルフが能天気とはいえ、そんな理由でなんて、まさかね。
……まさか? いや、でも、んー、念のために一応は確認するべきかな。
「アルフそうなの?」
「よくわかんねーけれども、そうかも!」
……そーなのねー。お空が呼んでいるから死を覚悟して無謀な旅に出たのねー。
……本気? あたしがあれだけ懸命に説得して止めようとしていたのに、強引に旅立った理由がそんなことなの?
「そんな理由で慌てて旅に出る危険を冒して野宿する羽目になったのね……」
「おかげでガルマさんに会えたし、結果オーライじゃね」
旅に出なきゃ会う必要自体がなかったわよ。全然結果オーライじゃないわ。
「行き当たりばったりすぎるのよ!」
今晩は徹底的に説教をしなくちゃね…… む。ガルマさんに助けを求める気かしら?
「ガルマさんは、どこへ行くの?」
「アテはないな。気の向くままにあっちへぶらぶらこっちへぶらぶら」
やっぱり竜人といっても物語とは全然違うのね。人と変わらないみたいだわ。ちょっと安心したかもね。
「じゃぁ俺と一緒だ!」
「あんたねぇ、それじゃ命がいくつあっても……」
ふ。そう。そんなに命を粗末にしたいの。無力な子どものあんたが大人のガルマさんと一緒なわけないじゃない。だから今も助けを求めているというのに……
いいわよ。命の価値すらわからないというのなら教えてあげるわ。その身体に直接叩き込んであげるわよ。
「わ、わかった、考える、まじめに考えるから」
ムダよ、あんたの足であたしから逃げられるわけがないわ。
ほら捕まえたわよ。幾ら言ってもわからないのなら仕方がないわよね。無謀な旅を続ければきっとすぐ死ぬことになるのよ。そうなる前にしっかりと身体で覚えさせるしかないわ。
さぁ覚悟しなさいよ。賊や獣に襲われたら、この程度の痛みじゃすまないんだからね。武器や牙で生身の部分を攻撃してくるわよ。
もう! 下手に逃げようとしないでよ。プロテクターの外に当たったら本当に死ぬわよあんた。手加減できる気分じゃないんだからね。
「思いついた、いいことを考えたから、もう殴るのやめろって、ぐぁ」
「ハァハァハァ。いいこと?」
ど、どうせつまらないことよね。でも、疲れたし一応は聞いてあげるわよ。
少しは気も晴れたしね。
「ガルマさん! アテがないんだったら一緒に行こうぜ。そしたら俺たち助かるし!」
……いいことって、自分だけに都合のいいことって意味なの? ガルマさんにメリットはないわよね? よくもそこまで恥ずかしいセリフを吐けるものだわ。
「あぁんたってやつはぁ! 一晩お世話になるだけでも御迷惑をおかけしているのにどこまでずうずうしいのよ」
あ~、あらためて気合が入ったわ。この程度じゃあんたには効かないということなのよね。いいわよ、足の一本もへし折れば旅をする気が失せるかしら。
今ごろ青ざめてごまかそうとしてもダメよ。
「いや、ちょうど旅立った日に出会うとか、運命感じね?」
うんうん、運命よね。なんだ、アルフにもわかっていたんだわ。でもガルマさんとの出会いの話じゃないのよ。これからの話だわ。
「そうね、今日ここであなたが果てる運命なら感じるわ」
まさに運命ね。逃れられない運命なのよ。潔くあきらめて往生…… じゃなくて村へ帰りましょうね。
ここはまだ村の近くだわ。比較的安全な最初の夜なのよ。それでもこの調子なんだから、先を楽観なんてできるわけがないわ。連れ戻しただけじゃ、またすぐに旅立っちゃうわよね。ならやっぱり足を封じるしかないのかしら。
あたしだって本当はこんな真似をしたくないわ。日常生活に支障をきたすような怪我だけはさせまいと今まで配慮していたのよ。それがみんなムダになっちゃったわ。でもこの先ですぐに死なせちゃうよりはマシよね。
「おちつけって、そこまで怒ることもねぇだろ?」
散々怒らせておいてよくも言えるものだわ。
「怒るわよ! まじめに考えた結果が他人頼みってありえないわ! 旅は命がけなのよ!」
さぁ覚悟――
え。ガルマさん? まさか……
「嬉しい話だ。我も一人旅には飽きてきておったのだ。しばらくお主に付き合ってみるか」
「やったー! ほらほら」
ぐ。見た目の怖さと違って優しい人なのかしら。いや人ではないのよね。それにやっぱり嬉しさは感じないわ。やっぱり御好意よねぇ、きっと。
でもお礼になるような金品は持っていないし、あたしたちじゃ一方的に助けてもらうことしかできないわ。それなのに同行を頼むなんて物乞いと同じよね……
でもこの先もアルフとふたりだけで旅を続けるのは、たしかに無理があるわ。野宿は危険すぎるし、アルフの行き先には町があるかどうかすらわからないのよ。恥を忍んででも命を大切にするべきよね……
「……御協力いただけるなら、ものすごく助かります。本当に申しわけないのですが、どうか宜しくお願いします」
――ガルマさんが頷いて、あたしたちに加護を与えたと言った。
え。なに? 急に身体が軽くなったような気がするわ。ちょっと立って動いてみようかしら。
うわ、重力がなくなったみたいに身体が軽いわ。軽く飛んでもアルフの頭を飛び越せるわよ。もしかして筋力が上がっているのかしら。試しに荷物を、よいしょ、とっと。軽! 勢いがあまって転びそうになっちゃったわよ。足跡の深さは…… 変わっていないわ。やっぱり荷物が軽くなったわけじゃないのね。あたしの筋力が上がっているんだわ。
竜人って、すっご~い。物語で最強と持ち上げられるだけのことはあるわ。ぶらぶら旅をしているという庶民的な感じのガルマさんですら、これほどの力を使えるなんてね。加護と言っていたかしら。護りを加えるってことかしらね。ステキな力だわ。
あたしたちを騙して襲う気なら加護なんてくれないわよね。そうよ、これほどまでにすごい力を持っているのよ。襲う気ならとっくに襲っているわよね。あたしもガルマさんを信じる、信じられるわ。
この無謀な旅にも、どうにか希望を持てたわね。ガルマさんが同行してくれている間に急いで旅のノウハウを身につけなきゃ。大人とはいえ一人旅じゃ寝ている間は無防備のはずよ。それなのに野宿をしておられるということは身を護る方法があるにちがいないわ。それがあたしたちにも使える方法なら喫緊の課題はクリアよ。